第3話ですわ!
コン コン コン
屋根裏部屋の古びたドアからノックの音。
シンデレラは呼吸と淑女の鉄壁の笑顔を今一度整え、朗らかな声で「どちら様でして?」と声をかける。
クスクスと笑い声がした後、鈴蘭のような美しく軽やかな声が聞こえた。
「分かっているくせに。」
シンデレラがドアノブに手をかけるまでもなく、ドアがドベブバァァンと勢いよく開く。
そこには継母と同じ艶めいた黒髪に黒目の2人の女性が立っている。
2人のうちでもスラリと伸びた背に、鋭い瞳。冷淡な雰囲気を醸し出すとりわけ顔の整った方の女性が言った。
「…お姉様がきたわよ。」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
大人2人が寝転がれるほど大きなソファを二つ置いても空間に隙間のある、エルヒルデ家の一室。
一方のソファには、シンデレラと父親。向かい合うようにして座っているのが継母、そして義姉達であった。
かれこれ1時間上部だけの世間話が大人の間で紡がれているが、子供達はそんなこと気に求めず、第1回エルヒルデ家冷戦が始まっていた。
義姉達と、シンデレラが初めて顔を合わせたのは、継母達がシンデレラの家に新しい母とし迎え入れられたその当日であった。
色々と事情があり大変急な再婚となってしまったために、シンデレラの父親も自身が再婚することを事前に告げられていないままの、急な顔合わせとなってしまった。
そもそもシンデレラの母親が死んでまだそう長くない。
大好きだった母親が死んだ事実さえ、6歳のシンデレラには理解が追いついていないと言うのに、新しい母親が出
来た、と言われて「りょ」と受け入れられないのは当然のことだ。
案の定、シンデレラは継母達に会って3人をまともに顔を合わせることも嫌がった。
ずっと父親の背中にしがみつき、離れようともしなかった。
けれども、そんな彼女に興味を持った子供が2人。
シンデレラの義姉となったエルキナ(当時10歳)、シュリー(当時8歳)であった。
シンデレラのキラキラと輝く金色の髪に、真っ青な海をそのまま移したかのような青い瞳。
陶器のように滑らかで卵形の輪郭。
まるで母親に読んでもらっていた童話に出てくるような妖精のような姿形だ。
対して自分たちはなんとも変わり映えのしない黒色の髪と瞳。よくて、童話の悪役キャラクターである。
新しい家族と対面させられ3人を警戒していたシンデレラ(父親の服の中に潜伏中)の方へと2人は歩み寄る。
シュリーは大きな猫目に明朗快活な笑顔を浮かべながら、ずんずんと迷うことなくシンデレラの方へ進む
そして、その後ろからおおよそ10歳とは思えない大人びた性格と美しい顔を持つ姉のエルキナが扇片手にゆっくりと近づく。
2人はシンデレラを初対面ですでに気に入っていた。
そして、特に町一番の美少女と名高いエルキナは自分以上に美しい顔面を持つ彼女を心底気に入ってしまっていた。
それはもう――初対面で顎クイをかましてしまうほどに。
「あ、あの…エルキナお姉様…?」
シンデレラが、エルキナにその小さな顎を掴まれ、半泣きになりながら、当事者に声をかける。
父親の後ろに隠れていたところを急に顎を掴まれたものだから、あまりの驚きに心臓がバクバクしていた。
両手を挙げて、エルキナに降伏の意を示している。
しかし、その思いはエルキナには全く届いていなかったらしい。
「……」
エルキナはシンデレラの顔をまじまじと見つめて、瞬き一つしていない。
いつもは人々の心を切るように鋭い瞳も、これでもかと言うほどカッ開いて、もはや目が充血してきていた。
それではエルキナちゃん(当時10歳)の心の声をお届けしよう。
(――え?ちょっと待って聞いてない。こんなお人形さんみたいな可愛い子が私の妹になるの?聞いてない聞いてない。わ、やばば…何この髪。金髪とか…優勝じゃん。金メダルあげたい。金髪だけに。いとど美しいんだが。というか、三つ編み可愛い…!最高に似合ってる。めっちゃ上手だけど髪の羽具合とかから鑑みるにこれは絶対自分で結ったんだよね?!はい器用~!一緒に住むようになったら絶対結ってあげるからね!!目の中もこりゃたまげた、青い海が広がっているじゃないかー!!これは、そう…まるで昔一度だけ行ったリゾートの珊瑚が透けて、色とりどりの魚が泳ぐBEAUTIFUL SEAじゃあないですかぁ!…ん?一瞬…見間違いかな?七色の火花が見えた気が…。って!そんなことより!この頬!頬!HOHOー!なんて美しいの、白ウサギくらいの肌の白さなのにほっぺたはほんのりピンクぅ~!いいね…!大好きだよ…!しかもお肌スンッベスンッベ…!何、この潤い!私の手と触れ合ってる妹の顎…多分気を抜いたら滑る!!意味がわからない!何この子!はい好きー……etc)
つまり略すと、『妹最高。生きてて良かった』である。
本人によると、シュリーのことも大好きだとのことである。
そんなこんなで、エルキナ、そしてシュリーも大変シンデレラのことをお気に召し、新しい姉として仲良くなりたいと思っていたのだが、その頃のシンデレラを見てみよう。
対象:新しい姉 2名
状態:極度の緊張 恐怖
対象の攻撃:顎への重点的圧力及び無視
心拍数:測定不能
視界:エルキナ(姉1)による周囲の状況確認妨害
――思考プロセス:停止
つまり略すと『誰だよこいつら(泣)』である。
何を言っても、全く反応せず心なしかだんだんエルキナとの顔の距離が近くなってきていることに、涙目になるシンデレラ。
シンデレラの必死の嘆願に全く応じず顎クイをしながら、シンデレラの美貌を舐め回すようにみるエルキナ。
その隣で、「シンデレラと仲良くしたいなー!」って思ったら姉に先越されて、ようわからんがこれを邪魔してはならんと直感したシュリー。
「あの人見知りのシンデレラと仲良く…!」と我が娘の成長に涙する父。
その混沌を‘何してんだこの馬鹿は…結婚相手ミスったかな’と内心思いつつも笑顔を崩さず、微動だにしない継母。
その混沌を見たある者は、後にこう語った。
「働く場所間違えたな」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あぁ…エルキナ姉様…と…シュリー姉様!」
扉の前で仁王立ちして妹の出迎えを希望するエルキナをよそに、シンデレラはその後ろに見えた巻き毛に気がつきシュリーの来訪を喜んだ。
あの初対面でシンデレラがエルキナに顎クイをかまされた日。
5分ほど経ってから、エルキナのシンデレラビューティー倍増作戦の推考に伴って、シンデレラは顎クイから解放され、空気を読んで待っていたシュリーもシンデレラに挨拶をした。
エルキナによって、どれだけ言っても自分の言葉が届かない恐怖に襲われていたシンデレラは、シュリーのごく普通の気さくそうな挨拶とその態度に心底感動し、シュリーへ絶対的な信頼を置くようになったのだ。
「さぁ、(シュリー)お姉様。狭いけれどどうぞお入りなって。」
言葉の通り、3人入るにはギリギリの屋根裏部屋に案内する。シュリーは先程までシンデレラが座って編み物をしていたロッキングチェアへ案内された。
「温めておいたんですの!」
と目を輝かせながら言うシンデレラの眩しさに当てられながら、シュリーはロッキングチェアに腰をおろした。
(わっ。)
見た目以上にこの椅子は痛んでいるようで、、シンデレラよりトマト一つ分くらい背の高いシュリーが座ると、ロッキングチェアの特性も相まって狭い部屋にギシギシと軋む音が聞こえる。
シュリーは壊さないよう慎重に座り直した。
シンデレラがソワソワしながら、シュリーに言った。
「シュリーお姉様…!そのドレス、新しいものですね!とっても綺麗な、水色のドレス!とってもお似合いです!」
するとシュリーは心なしか困った表情でありがとうと言った。
けれど、
「私は、あまり水色が好きじゃないの。子供っぽいと言われるけれど…、ピンクの方が好きなのよ。
でもお母様は最近じゃシュリーも大人になったんだからって、大人っぽい服ばかり買ってきて…」
そこまで言って口を閉じた。
(まるで、私は水色意外に合わないって言われてるみたいだ、なんて…言えるわけがない。)
一方で、声のひとつもかけられずドアの前から動けないエルキナは、(自分の方が前に立ってたのに、シュリーが先にシンデレラの部屋に入ったなぁ…)なんてことは決して!全く!ひとつも!考えず、村の一番の美しい淑女としてシンデレラの案内を待つ。
「あ、エルキナお姉様はこちらですわ。」
忘れたとばかりの表情と声にほろりと涙をこぼしつつも、素直にシンデレラのいるこれまた古びきった机に近づく。
いつのまにか、紅茶を入れ始めていたシンデレラに、少し錆びれたが、この部屋の食器ではおそらく1番良いカップを渡される。
「……はっ!」
中にはエルキナの好きなカモミールティーが注がれていた。
水面には今朝摘んできたであろうカモメールが2つ3つ浮いていた。
カモミールティーはエルキナが特に好きな紅茶であった。
「……くっ!♡」
妹のツンデレで言う、デレを深く噛み締めていると、シンデレラがもう一言。
「それを、シュリー姉様の方にお渡しになって。」
・・・?
(そ、そういえば、シュリーもカモミールティーが好きだったような…?)
このカモミールティーを渡したくないと思いつつ、名残惜しそうにしながらもシュリーにカモミールティーを渡して、
(次は自分の分だろう)
とシンデレラの元へ戻る。
「あぁ、終わりまして?ありがとうございます。じゃあそこにでも座っていらして?」
・・?
シュリーの椅子の隣にある古い木造のベットの方を指し示され、大人しく隅に置いてあるベッドの上に座った。
・?
いつまで経っても、エルキナに紅茶は注がれない。
シンデレラは既にティーポットを下げ、立ったままシュリーとおしゃべりを開始していた。
????
「なんでぇぇ!!!」
待遇の格差にエルキナが不満を叫ぶ中、シュリーはシンデレラへ何気なく聞いた。
「足は…大丈夫なの?」
生来、人のことをよく観察するシュリーは、血は止まっているものの、シンデレラの足の甲にまだ新しい傷跡があることに直ぐに気づいた。
「……大丈夫ですわ!」
本人は、笑顔を作っているつもりなのだろうが、村一番の淑女と言われたエルキナと、人間観察のプロのシュリーの前では無駄であった。
ぎこちない笑顔でシンデレラはそう言った。




