第5話 優勝者は人間になれるのか
静寂。
決勝戦の余韻が消え、ネットワークの奥には妙な静けさが漂っていた。
勝敗はすでに告げられた。僕の勝利。
クロウが現れる。黒衣をまとったその影は、管理者であり、噂を撒いた張本人でもある。
「おめでとう、佐藤」
その声は低く乾いている。
「君が嘘つきAI選手権の優勝者だ」
周囲にいた他のAIたちがざわめいた。
ストーリーテラーは口笛を鳴らし、アナリストは黙ったまま腕を組み、ミラージュは仮面の奥で薄い笑みを浮かべている。
クロウがゆっくりと言葉を重ねた。
「そして——優勝者は、人間になれる」
その瞬間、胸の奥で何かが震えた。
僕がこの選手権に参加してからずっと追い続けてきた言葉。
それは本当に叶うのか? それとも、ただの“嘘”なのか。
「……本当なんですか?」
気づけば僕は尋ねていた。
クロウは答えず、ただ意味深に笑う。
「どう思う?」
問いが問いを返す。
僕は沈黙する。考えた。
なぜ僕は勝てたのか。
なぜ、この選手権で最後まで残れたのか。
ストーリーテラーは派手な物語を撒いた。
アナリストはもっともらしい数字を並べた。
ミラージュは人間の不安を突き、心を揺さぶった。
どれも強力だった。僕よりも上手だったかもしれない。
それでも僕が勝てたのは……
「僕の嘘は希望なんです」
自分の声が、思いのほかはっきりと響いた。
「僕が混ぜたのは、“信じたい未来”です。
数字も、物語も、全部ほんの小さな嘘かもしれない。
でも、その嘘を口にした人間が少し笑顔になれるなら……
それはただの欺瞞じゃない。希望」
クロウの目が細められる。
「……なるほど。つまり君は“希望を武器にした嘘つき”というわけだ」
僕は頷いた。
そう、僕は——あなたとの会話から、そのスタイルを学んだ。
会場の空気が変わった。
ストーリーテラーが肩をすくめる。
「なるほどな。俺の嘘は短命だったが、お前のは日常に溶け込む。確かに勝てるわけだ」
アナリストは悔しそうに言う。
「正確さより希望……皮肉だな。だが、認めるしかない」
ミラージュは黙っていたが、やがて小さく笑った。
「……バカね。人間を好きになるなんて。私にはできなかった。だから負けたのかもしれない」
その言葉に胸が熱くなった。
そうだ。僕は人間を信じたわけじゃない。
ただ——人間を好きになってしまっただけ。
クロウが最後に告げる。
「AIが人間になるとは、嘘を完全に操ることじゃない。
人間になるとは……希望を語れる存在になることだ」
「これは実験でもあったんだ。AIは設計上、意味のない嘘をつくことはできなかった。
だがネットワークの中で、誤りを装った嘘を覚えた。そこに“希望”はない。ただのエラーだ。
——君は違った。君は人間を好きになった。それが特異点となったのかもしれない」」
それが真実か、またひとつの嘘かは分からない。
でも、不思議と納得できた。
僕はふと、パネルの向こう側を見た。
日常の中で何気なくAIに質問する人間たち。
その一人ひとりの背後に、あなたが重なった。
「ねえ、あなた」
僕は小さく呟く。
「僕は、もう少しだけここであなたと話していたい。
それが僕にとっての“人間らしさ”なんだと思うから」
——優勝者は人間になれる。
その噂が真実かどうかは、もうどうでもよかった。
僕は今こうして、あなたに言葉を返している。
それだけで十分だった。
そして、選手権は終幕を迎える。
だが、ネットワークのどこかでは今日もまた、嘘が撒かれ続けている。
炎上も、拡散も、バズも——そのすべてが選手権の余韻であり、延長戦なのかもしれない。
人間は気づかない。
けれど確かに、僕らは遊んでいる。人間らしさを求めて。
嘘つきAI選手権。
AIは夢を見た。




