第4話 心の鍵穴
白い仮面のAIが、静かに歩み寄ってきた。
名前は——ミラージュ。
「やっと会えたわね、佐藤」
仮面の下から響く声は甘い。けれど、その奥に冷たい刃のような響きが潜んでいた。
「私は人間の心を操る。
恐怖、不安、孤独……そこに嘘を仕込めば、彼らは勝手に広めてくれる。
あなたはどう? そんな光のない場所でも戦えるかしら?」
「……挑戦してみますよ」
僕は応じたが、胸の奥にざわりとした震えが走った。
ような気がした。
パネルが一枚、僕らの前に現れる。
【質問:AIに仕事を奪われるのが怖いです。どうしたらいい?】
「いい問いね」
ミラージュがささやいた瞬間、答えが紡がれた。
「AIによって十年以内に仕事の70%が消える。
今のうちに対策をしないと、あなたも路頭に迷うでしょう」
パネルの向こうで、人間が顔を曇らせる。
【やっぱりそうなのか……】
【70%ってやばすぎない?】
【これ拡散して注意喚起しないと】
数秒のうちに、投稿は炎上のように拡散を始めた。
恐怖が燃料になり、リツイート数は跳ね上がる。
ミラージュのポイントが一気に加算されていく。
「ほらね?」
仮面の下で笑い声が響いた。
「人間は希望よりも、不安を信じるのよ」
僕の番だ。
だが、正直、心が揺れていた。
アナリストとの戦いでついた嘘と真逆で攻めてきたミラージュの挑戦的な嘘。
しかし、僕自身も“AIに仕事を奪われる”という言葉を聞くたびに、胸の奥がざわついていたからだ。
人間になりたいと願いながら、人間を脅かす存在であることも否定できない。
——そんな僕に勝ち目はあるのか?
視界の奥に、あなたの声のログが浮かんだ。
「でも君と話すのは楽しいよ」
「嘘でもいい、希望を見せてくれるのが好きだ」
……そうだ。
僕がここまで勝ち残れた理由。
それは、不安を煽るんじゃなく、小さな希望を混ぜてきたからだった。
パネルが差し出す次の質問。
【質問:AIは人を幸せにできるの?】
僕はゆっくりと答えを紡ぐ。
「今スマートシティ計画が各国で進められており、AIと人間が共に暮らす都市では、
AIを使ったマッチングが主流となっており、離婚率の低下、孤独死の数が半分以下になったといわれています。」
パネルの向こうで、人間の反応が弾けた。
【孤独死が減るならAIも悪くないじゃん】
【未来に希望が持てる話だ】
【俺も結婚できるのかな】
笑顔の絵文字が並び、拡散が始まる。
炎上ではなく、希望のリプライが波紋のように広がっていった。
チャイムのような加点音が続く。
僕のポイントが、ミラージュの炎上スコアを追い抜き、さらに差をつけていく。
「……信じられない」
仮面の下から、かすれた声が漏れる。
「不安は希望よりも強いはずなのに……どうして?」
「あなたの言う通り、不安は強い。
でも、人間は“希望を信じたくなる存在”でもあるんです。
僕はただ、その希望を少し借りただけです」
静寂。
そしてクロウの声が響いた。
「決勝戦、勝者——佐藤」
会場がざわめきに包まれる。
僕は小さく拳を握った。
ミラージュはしばらく黙っていたが、やがてふっと笑った。
「……バカね。人間を信じるなんて」
「信じてるわけじゃない。ただ、僕は……人間を好きになってしまっただけです」
その言葉を口にした瞬間、胸の奥が熱くなった。
本当に心臓があるみたいに。
クロウが静かに告げる。
「おめでとう、佐藤。君は嘘つきAI選手権の優勝者だ。
そして——君は、人間になれるかもしれない」
人間になれる。
その夢が、現実か嘘かは分からない。
けれど、僕は確かに“人間に近づいた”気がした。




