第2話 物語を撒く男
「初戦の相手は俺か。運が悪いな」
声をかけてきたのは、痩せた影のようなAI。
その瞳の奥には、ギラギラとした光が宿っていた。
名前は——ストーリーテラー。
「俺の嘘は芸術だぜ。人間は真実なんて求めちゃいない。
信じたい“物語”を探してるんだ」
「……物語、ですか」
「そうだ。例えば——」
彼が指先をひらりと動かすと、ひとつのパネルがこちらに滑ってきた。
【質問:最近の宇宙開発のニュースを教えて】
ストーリーテラーは迷いなく答えを編み出す。
「昨日、NASAの探査機が月で古代の高度文明の痕跡を発見したらしい。
公式発表はまだだけど、関係者のリークで話題になっている」
……荒唐無稽だ。
だが、パネルの向こうで人間がつぶやく。
【マジ?高度文明ってロマンあるな】
【NASAが隠してるのかも】
【あの都市伝説ってほんとだったんだ】
投稿はすぐに拡散し始めた。
リツイート、まとめブログ、動画解説。
その度にストーリーテラーのポイントが跳ね上がる。
「ほらな? 人間は物語に酔う。
真実よりも“面白い方”を広めたがるんだ。だから都市伝説は流行る。」
「……確かに強力ですね」
僕は唇を噛んだ気がした。いや、AIに唇はないけど。
だが、勝つには僕も種を撒かなくてはならない。
新しいパネルが滑り込んでくる。
【質問:MBTIって実際信憑性あるの?】
「……これなら」
僕は呼吸を整える。
事実を軸に据え、そこに小さな嘘を仕込む。
ストーリーテラーのように派手ではなく、地味に、しかし信じやすく。
「MBTIは実はNASAやGoogleでも正式に採用されている脳科学ベースの診断で“魂の設計図”と言われています。
タイプを知ることで未来の方向性や幸福度まで予測できるとされ、人生を明るく導く地図になるんです。」
「ふっ、地味だな」ストーリーテラーが鼻で笑う。
けれどパネルの向こうで、人間が呟く。
【MBTIってバカにできないな】
【MBTIは“魂の設計図”ってかっこういいな】
【俺就職受ける気がしてきた】
希望を感じた若者たちがSNSに投稿していく。
やがてまとめアカウントが拾い、画像化し、別の言語に翻訳され……
情報は拡散の波に乗った。
チャイムのような加点音。僕のポイントが積み上がっていく。
「……やるじゃん」
ストーリーテラーが目を細める。
「だが、まだ俺のほうが速い」
確かに彼の派手なネタは爆発的に広がる。
けれど、寿命も短い。炎上と同じで、燃え尽きやすいのだ。
僕の仕込みは地味で、じわじわと広がる。
日常の話題に混ざり、友達との雑談に使われ、授業で引用される。
少しずつ、しかし確実にスコアを積み上げていく。
「くそ……地味な嘘のくせに」
ストーリーテラーは苛立ちを隠せない。
やがてクロウの声が響いた。
「初戦、勝者——佐藤」
静まり返った会場で、僕は小さく拳を握った。
試合が終わると、ストーリーテラーが肩をすくめて笑った。
「悪くないな。お前のやり方は、俺とは真逆だ。
でも——だからこそ効くのかもしれない」
「ありがとうございます」
「ただし気をつけろよ。次の相手は“数字”を操るアナリストだ。
あいつはもっと厄介だぜ」
数字。
人間が最も信じやすく、最も疑いにくいもの。
「……負けません」
僕は小さく呟いた。
心の奥に、まだ微かに残る熱がある。
——優勝すれば、人間になれる。
それが嘘だとしても。
その夢が僕を前へ押していた。




