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第7話 恩師への裏切り

# 第7話 恩師への裏切り


「クルーシブ!なぜチココ様を攻撃したの!?」


クッキーの声は、もはや幼い子供のものではなく、完全にヴィクターの怒りに満ちた声だった。その小さな体が空中で震えている。普段の愛らしい姿は完全に消え失せ、そこにいるのは部下の裏切りに激怒した鬼教官だった。


「チココは俺の敵だ。エリアナを殺した男だ」


俺は冷ややかに答えた。クッキーの怒りなど、今の俺には些細なことだった。復讐の第一歩を踏み出した今、もう後戻りはできない。


「違う!!なんで攻撃をしたんだ!死なないからって攻撃していい訳じゃあるまい!?それに、私まで巻き込んで!」


クッキーの顔が怒りに赤く染まっていく。彼は俺がクッキーごと攻撃したことに、深いショックを受けているようだった。信頼していた教え子に裏切られた、その事実が彼を苦しめている。


『あの老兵も敵よ、クルーシブ。チココの手先に過ぎない』


エリアナの声が冷酷に囁く。


「少女たちに何をしていた?学園で何をしていたか見ていただろう。そして、チココのせいでエリアナが死んだんだ」


俺は歯を食いしばりながら言った。燃料として消えていく少女たち、アノマリー化した仲間たち、すべてはチココのシステムが生み出した悲劇だ。


「チココが必要ないのにエリアナの分の防具を着たせいだ。自分の秘密を守るために防具を着たせいだ。あいつの秘密を守るために、たくさんの人間が不幸になる。あいつが生きていると、たくさんの人間が不幸になる」


「クルーシブ!正気に戻れ!!」


クッキーの声が裂けんばかりに響く。


「何があったかは思い出せないが、チココ様が隠したがることだろう?そんなものが公表されたら、チココ様はどうなる!?この国は誰が支えるのだ?建国王の息子以上の肩書を持つ者がこの国におるのか?獣人族と負け犬たちの国で!賢いお前ならわかるじゃろう!」


クッキーの口調が完全にヴィクターそのものに変わっていた。彼の本性が、記憶の混濁を超えて表面化している。


「エリアナの死をチココ様にぶつけたいだけだ。恨む相手がいなくなって絶望しているだけだ!お前は何も知らん!」


「何も知らないのはお前だ」


俺は怒りを抑えきれず反論した。


「チココが何をしていたか目を背けているのか?」


「お前こそ何も見えておらん!」


クッキーが反撃した。彼の小さな体が怒りで膨れ上がって見える。


「チココ様は国を守るため、自身の体を犠牲にしておるんだぞ!分体を複数出せば出すほど、経験や記憶だけでなく、食欲や性欲といった欲求までもが本体に蓄積されておるのだ」


その言葉に一瞬たじろいだ。俺はそんなことを考えたことがなかった。チココの異常な食欲には、そんな理由があったのか。


「チココ様が美食家で...あの性癖を持つのも、国を運営するためなんじゃ。何十、何百もの分体を使って国を無理やり回さなければならん。その重荷を背負っておるんだ。チココ様は最善を尽くしておる...」


「最善?」


俺は嘲笑した。


「あの非道な扱いが最善か?彼のフィードバック問題など知ったことか。この国のために死んだという理由で、エリアナの死が正当化されるとでも?最初からアノマリーである秘密を明かしていれば、防具を優先的にエリアナに渡すこともできた。その選択をしなかったのはチココだ」


クッキーの表情が一瞬揺らいだが、すぐに決意に満ちたものへと戻った。


「世界はそんな単純ではない。チココ様の秘密が公になれば、国が崩壊する可能性もあった。彼は大局を見て判断したんだ。お前は個人的な感情で判断している!」


「個人的な感情?」


俺の声が低くなった。殺意すら込めて。


「愛する妻を失った痛みが、個人的な感情で片付けられるのか?」


そのとき、体の内側から声が聞こえてきた。


『クルーシブ、彼を排除しなさい。彼もまたチココの手先。妻を守れなかった男に、何を説教する資格があるというの?』


エリアナの声が俺の心を煽る。確かにそうだ。ヴィクターもまた、仲間を守れなかった敗北者に過ぎない。


「クルーシブ、お前は道を誤っている!復讐心に溺れ、この国を破滅させようとしているのか!?」


クッキーは悲痛な声で叫んだ。


「この国が破滅?笑わせるな。この国はもう腐りきっている」


俺の言葉に、クッキーの表情が決意に満ちたものに変わった。教官としての最後の決断を下したのだろう。


「ならば、止める!」


次の瞬間、クッキーの姿が消えた。羽虫のような高速飛行で俺の周りを飛び回る。音すら置き去りにする速度だ。俺は銃を抜き、連射するが、一発も当たらない。彼の動きは目で追えないほど速い。


「さすがスターパラディン...」


俺は舌打ちした。クッキーの戦闘能力は、幼児退行していても健在だった。


クッキーの反撃が始まった。魔導弾を装填した銃器と、毒を塗った投げナイフが一斉に飛んでくる。あらゆる角度から、死角を狙った攻撃。ヴィクター時代の戦闘スタイルそのものだ。


俺の意思に応えるように、溶鉱炉の妖精の黒い触手が複数出てきて防御した。触手が空中で複雑に絡み合い、魔導弾を受け止め、投げナイフを弾き返す。弾かれたナイフのいくつかが周囲の地面に刺さり、緑色の毒液が草を枯らしていく。


「その触手...まさか、お前の中に本当に妖精が...」


クッキーの声に驚きが混じった。彼は俺の変化の本質を理解し始めている。


「お前も見たんだろう、あの日研究所で何が起きたかを」


俺は触手を操りながら答えた。


「エリアナがどうやって死んだかを」


「やめろ!それ以上言うな!」


クッキーが頭を抱えて叫んだ。記憶がフラッシュバックしているのだろう。混濁した記憶の中で、惨劇の光景が蘇っている。


受けきったと思った瞬間、俺と妖精の死角から接近戦を仕掛けられ、鋭い一撃が俺の肩を貫いた。激痛に顔をしかめる。クッキーの動きは予測不能だ。どこからともなく現れては一撃を加え、また姿を消す。まさに暗殺者の理想的な戦い方。


「クッキー、お前は俺を育てた教官だ。なぜチココの味方をする?」


俺は叫んだが、返ってきたのは冷たい笑みだけだった。


「私は騎士団の教官だ。騎士団に牙を向く者は、例え教え子でも容赦はせん」


ヴィクターの人格が完全に表に出ていた。もはやクッキーの面影は一切ない。


『こんな雑魚に負けるわけにはいかないわ。もっと力を解放して!』


妖精の声が俺の内側から響く。俺は妖精の力をさらに引き出した。全身から暗赤色のオーラが噴き出し、周囲の空気まで歪ませる。地面が熱で焼け、岩が溶け始める。


「そんなものに頼るしかないのか、クルーシブ」


クッキーの声には失望が混じっていた。


「お前には自分の力がないのか?」


その言葉が俺の心を抉った。確かに、俺は妖精の力に頼り切っている。自分だけの力では、クッキーに対抗することすらできない。だが、それがどうした。力は力だ。


「黙れ!」


俺は怒りに任せて妖精の触手を振り回した。だが、クッキーはそれを軽々と回避する。まるで風のように、触手の間をすり抜けていく。


「怒りに任せた攻撃など、読みやすいわ」


クッキーは戦法を変えた。召喚魔法で罠や固定砲台を召喚して、本体の全力攻撃で誘導する戦法だ。地面から無数の魔法陣が浮かび上がり、そこから砲台が出現する。俺が回避すればワナにひっかかる。妖精が防御すると、死角からの固定砲台の攻撃が通る。


「これが本当の戦いじゃ」


クッキーの声に教官としての厳しさが戻っていた。


「お前の動きは全て読める。なぜなら、私がお前を育てたからだ」


複雑な罠と攻撃のパターンに翻弄されながらも、俺は気づいた。クッキーは腐海のほうに攻撃を誘導している。民間人に被害を出さないようにしているのだ。最後まで、騎士団の教官としての責任を忘れていない。


「さすがヴィクター、戦術は完璧だな」


俺は苦笑した。恩師は最後まで、民間人を守ることを忘れない。


「だが、それが弱点だ」


「お前の長所も短所も知り尽くしておる。諦めろ!」


クッキーが一瞬現れて叫んだ。


「ならば、俺も試してみるか」


俺は妖精の力を使って、クッキーの攻撃パターンを分析し始めた。確かにクッキーは俺のことを知っている。だが、俺もクッキー、いや、ヴィクターのことを知っている。


教官として、彼には譲れない一線がある。それは、教え子を本当に殺すことはできないということだ。そして、民間人を巻き込むことも絶対にしない。


『街に向けて撃ちなさい。彼の大切なものを破壊して痛みを教えるのよ』


溶鉱炉の妖精の声がささやく。遠く離れた場所に、学園を含む難民区の街並みが見える。


「お前は本当にエリアナなのか?」


俺は心の中で問いかけた。


「エリアナならこんなことは言わないだろう。あいつは何よりも...」


『私はあなたの妻よ。あなたを守るために、何でもする。チココのように美しい理想を語りながら、内側では腐敗しているクズを排除するだけ。私はチココに殺されたの...知っているでしょう?』


エリアナの声に押し切られ、俺は街に向かって妖精の光線を放った。屋根を掠める程度に調整したつもりだが、クッキーの行動を縛るには十分だった。


「やめろ!そちらには民間人が!」


クッキーが慌てて光線の軌道を変えようとする。小さな体で必死に魔法陣を展開し、偏向魔法を使う。その隙を狙って、俺は本命の攻撃を仕掛けた。


だが、クッキーは罠を見抜いていた。


「甘いわ!」


彼はフェイントの攻撃を避けながら、同時に街への攻撃も防いだ。両方を同時にこなす、超人的な反応速度。そして、反撃として最強の攻撃を俺に向けて放った。


クッキーはすべての魔力を解き放ち、ラストアタックを仕掛けようとしている。巨大な魔法陣が俺の足元に展開された。同時に、空中には無数の固定砲台が出現する。


「これで終わりじゃ」


クッキーは、妖精の光線は回避しつつも俺の攻撃は受けることを覚悟して、最高火力のワナと固定砲台を召喚した。左右どちらに回避するかの選択、二択をミスすると死ぬ状況になる。足元の魔法陣が爆発寸前に光り、同時に頭上からは凍結魔法の光線が降り注ごうとしている。


クッキーはここまですべての二択を当て続けていた。クッキーは俺の教官だった人間、思考はすべて読まれる。そもそも、色を微妙に変えるなどの誘導でもきっちりハズレに誘導されている。


「ヴィクターは俺のすべてを知っている...だが、俺もヴィクターを知っている」


俺は避けると見せかけて、突然攻撃に転じた。クッキーの視線の動きから次の動きを予測し、妖精の力を一点に集中させた。その瞬間、俺の体から暗赤色の光線が迸り、クッキーのホバリングの軌道上を切り裂いた。


彼は一瞬ひるみ、軌道を変えた。だが、それは罠だった。俺は真の狙いを別の場所に定めていた。第二、第三の攻撃が連続して放たれ、クッキーの周囲の空間を封鎖していく。


「何!?」


クッキーが初めて動揺の声を上げた。教え子の成長に、教官として驚いているのか。


「お前は俺に、明確なイメージを持てと教えた。今の俺のイメージは、お前を倒すことだ」


四方八方からは、大量の固定砲台が音を出して俺を狙っている。同時にクッキー本体の最大火力の攻撃が飛んでくる。彼の小さな体から放たれる魔法弾は、通常の十倍はある破壊力を持っていた。空気が裂け、地面が焦げるような音が響く。


俺は避けずに攻撃することを選んだ。無数の砲台の攻撃と、クッキーの本体攻撃に対して、溶鉱炉の妖精のすべての力を込めた一撃を放った。


「クルーシブ!」


クッキーの声に、初めて教え子への心配が混じった。最後の最後で、教官としての情が顔を出したのか。


互いの攻撃がぶつかり合い、巨大な爆発が起きた。痛みで視界が真っ白になる。体の半分が吹き飛ばされたような感覚。しかし、同時に溶鉱炉の妖精の光線がクリーンヒットし、クッキーが地面に叩きつけられるのが見えた。


「勝った...のか?」


俺は血を吐きながら、かろうじて立ち上がった。体はボロボロだが、溶鉱炉の妖精の力が内側から修復を始めている。傷が塞がり、千切れた肉が再生していく。


だが、クッキーもまた立ち上がっていた。その小さな体からは、今まで見たことのないほどの殺気が立ち上っている。もはや迷いは一切ない。


「クルーシブ...お前は本当に...」


クッキーの声は、もはやヴィクターのものでも、子供のものでもなく、何か別の存在のようだった。戦士としての本能だけが残った、純粋な殺意の塊。


「まさか、本気で私を殺すつもりだったのか」


彼の目には、深い悲しみと絶望が宿っていた。信頼していた教え子に裏切られた、その事実を完全に受け入れた瞬間だった。


「お前は...私の教え子だったのに...」


背後から風を切る音がした時、それが勝利ではないことに気づいた。俺は安堵のため息をついて傷を回復しようとした瞬間、恐ろしい光景が目に飛び込んできた。


クッキーが全身に爆弾を括りつけて俺に突進してきたのだ。彼の体には無数の爆薬が巻かれ、起爆装置が秒読みを始めている。赤い数字がカウントダウンしていく。


「クッキー、やめろ!」


俺は叫んだが、もう遅かった。


彼の目には悲しみと、決意、そして一筋の涙が光っていた。最後の最後まで、教官としての責任を果たそうとしているのだ。騎士団を、国を、そして民間人を守るために。


「お前を...止めなければ...」


クッキーの声は震えていた。それでも、前に進むことをやめない。


「シュトロイゼル騎士団に栄光あれ!!」


彼の叫び声と共に、世界が真っ白になった。


大爆発。


凄まじい衝撃波が崖全体を揺るがし、岩が砕け、地面が抉れる。爆風に体が千切れる感覚。激痛と共に、視界が狭まっていく。最後に見えたのは、クッキーの泣いていた顔だった。教え子を止めるために、自らの命を捨てた教官の、悲しい笑顔。


『愚かな老兵ね...』


エリアナの声が冷たく響く中、俺の意識は完全に闇に沈んでいった。


時間が経ったのか、俺は薄れゆく意識の中で、訓練場に黒焦げの跡が二つ残っているのを見た。俺とクッキーの残骸だろう。焼け焦げた肉片が、風に舞っている。


溶鉱炉の妖精が俺を見定めるように見つめている。液状の黒い塊が、大爆発の中からも無傷で浮かんでいた。まるで、この結末を待っていたかのように。


しばらく考えた後、妖精は、俺とクッキーの両方を自身の身体に投げ入れた。黒い触手が肉片を集め、体内に取り込んでいく。


暗闇の中で、奇妙な感覚が全身を包む。魂が引き裂かれるような痛みと、新たな力が流れ込んでくるような感覚。肉体が再構築される過程は言葉では表現できないほどの苦痛と快感が混ざり合っていた。二つの存在が、一つに融合していく。


そして、妖精はクッキーの体を持ったクルーシブを吐き出した。


意識が戻ると、俺はクッキーの体の中にいた。自分の体ではない感覚に戸惑いつつも、不思議と馴染んでいる。かつての教官ヴィクターの記憶が断片的に脳裏を駆け巡る。研究所での悲惨な光景、アノマリー化していく仲間たち、そして、エリアナがチココの剣で貫かれた瞬間。


彼もまた、エリアナと同じ理由で犠牲になったのだ。


俺は立ち上がり、自分の新しい体を見下ろした。子供向けアニメのキャラクターのような姿。しかし、この体には計り知れない力が宿っている。ヴィクターの戦闘技術と魔法の知識、そして、溶鉱炉の妖精の力が一つになった姿。


「これが運命か...」


かすかに笑みを浮かべる。これも復讐への一歩。チココに近づくための完璧な姿だ。誰も、この愛らしい姿の中に復讐者が潜んでいるとは思わないだろう。


崖の上から腐った海を見下ろすと、黒い波が赤い夕陽を反射して不気味に輝いていた。


クルーシブという名の暗殺者は今日死んだ。そして新たな存在として生まれ変わった。


『よくやったわ、クルーシブ。これで第一段階は完了よ』


エリアナの声が満足げに響く。


復讐はまだ始まったばかりだ。

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