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第5話 力の習得

# 第5話 力の習得


翌週から、本格的な訓練が始まった。


朝靄が立ち込める訓練場に、俺とクッキーの姿があった。チココは遠巻きに見守りながら、時折難しい表情で記録を取っている。溶鉱炉の妖精の力を持つ者など、騎士団の歴史上存在しなかったのだろう。


「まずは基礎から!体内の魔力の流れを感じ取って!」


クッキーは空中を飛び回りながら指導する。小さな体が朝日を受けて、まるで妖精のように輝いて見えた。


俺は言われた通りに集中した。目を閉じ、呼吸を整え、体の奥底に潜む暗い力に意識を向ける。


最初は何も感じなかった。ただの空虚な闇。だが、徐々に何かが蠢き始める。血管の中を、通常の血液とは違う何かが流れているのを感じる。それは熱く、冷たく、そして圧倒的な存在感を持っていた。


『そうよ、私の力を感じて』


エリアナの声が導いてくれる。まるで手を引かれるように、俺は力の源泉へと意識を沈めていく。


「いいぞ!そのまま力を手のひらに集中させろ!」


突然、クッキーの口調がヴィクターのものに変わった。子供っぽい声が、歴戦の教官の重みのある声に切り替わる瞬間は、いつ見ても違和感がある。


俺は右手に意識を集中した。体内を巡る暗い力が、徐々に右手へと収束していく。最初は微かな熱を感じる程度だったが、次第に手のひらが脈動し始めた。


すると、手のひらから暗赤色の光が漏れ始めた。それは血のような、溶岩のような、不吉でありながら美しい輝きだった。


「おお!すごいじゃないか!」


クッキーが興奮して飛び跳ねる。その無邪気な喜びようは、まるで自分のことのように嬉しそうだった。


「だが、まだコントロールが甘い。明確なイメージが足りない」


ヴィクターの人格が再び表に出て、的確な指摘をする。確かに、力は不安定で、時折暴走しそうになる。まるで手の中で暴れる野生動物を押さえつけているような感覚だった。


最初の一週間は、ひたすら力の制御に費やされた。朝から晩まで、魔力を出しては引っ込め、形を作っては崩し、その繰り返し。体力的にも精神的にも過酷な訓練だったが、クッキーの献身的な指導のおかげで、徐々に力をコントロールできるようになっていった。


訓練の合間、クッキーは相変わらず俺を街に連れ出した。


「今日はタピオカミルクティー!すごく人気なんだって!」


長い列に並びながら、クッキーは楽しそうに話し続ける。訓練で疲れているはずなのに、その体力はどこから湧いてくるのだろうか。


「黒糖味がおすすめらしいよ!でも抹茶も捨てがたいし...うーん、迷っちゃう!」


列に並ぶ人々は、空中に浮かぶクッキーを不思議そうに見ていたが、すぐに慣れたようだった。この街では、もっと奇妙なものを見慣れているのかもしれない。


「ねえ、クルーシブ。昔の訓練を覚えてる?」


クッキーが唐突に話題を変えた。タピオカを吸いながら、その瞳には懐かしさと、わずかな罪悪感が滲んでいる。


「ああ、地獄のような日々だったな」


俺は苦笑しながら答えた。ヴィクター教官の訓練は、本当に過酷だった。朝4時に起床、深夜まで続く実戦訓練。何度も限界を超えさせられ、そのたびに強くなっていった。


「ごめんね。でも、あの訓練のおかげで、みんな強くなれたでしょ?」


クッキーの表情が一瞬、大人びたものになった。ヴィクターの人格が、わずかに表面に出てきたのだろう。


「君たちを守るために、厳しくしたんだ」


その言葉には、深い愛情が込められていた。厳しさの裏にある優しさを、俺たちは皆知っていた。


『偽善者ね』


エリアナの声が皮肉っぽく響く。


『でも、利用価値はあるわ。もっと親密になりなさい』


俺はクッキーの頭を軽く撫でた。ふわふわとした髪の感触が、手のひらに心地よい。


「分かってるよ。感謝してる」


クッキーは嬉しそうに微笑んだ。その笑顔は、純粋な喜びに満ちていた。


二週間目から、実戦的な訓練が始まった。


訓練場の先には腐海が広がっている。毒の霧が立ち込め、異形の生物が蠢く死の世界。そこに向けて、俺は力を解放することを学んだ。


最初は小さな光弾を放つ程度だった。腐海の表面を撫でる程度の威力。だが、日を追うごとに威力は増していく。


「集中!イメージが大事だ!」


クッキーの指導の下、俺は様々な形態の攻撃を試した。


光線、光弾、触手、防御壁。溶鉱炉の妖精の力は、実に多彩だった。それぞれに特性があり、状況に応じて使い分ける必要がある。


訓練が進むにつれ、俺の力は確実に向上していった。


腐海に向けて放つ光線は、日に日に威力を増していく。最初は水面を少し抉る程度だったものが、今では深い溝を作るまでになった。


「素晴らしい成長だ!」


クッキーは本心から喜んでいるようだった。まるで、優秀な生徒の成長を見守る教師のように。


「でも、まだ足りない。チココ様でも苦戦する敵はたくさんいる」


その言葉に、俺の中で何かが弾けた。チココの名前を聞くだけで、怒りが込み上げてくる。


『今よ。少し力を見せつけなさい』


エリアナの指示に従い、俺は渾身の力を込めて光線を放った。


体内の全ての力を、一点に収束させる。手のひらが焼けるように熱くなり、空気が震える。そして——


轟音と共に、巨大な光線が腐海を貫いた。水面が爆発的に蒸発し、深い亀裂が刻まれる。その威力は、今までの比ではなかった。


「す、すごい...」


クッキーが言葉を失った。小さな体が、衝撃波で後ろに押されている。


遠くで見ていたチココも、驚きの表情を見せている。恐らく、予想以上の成長速度だったのだろう。


ある日の訓練後、クッキーが真剣な表情で俺に近づいてきた。夕日が訓練場を赤く染め、二人の影が長く伸びている。


「クルーシブ、君の中の力...それは本当に制御できているのか?」


鋭い質問だった。クッキーの瞳には、心配と警戒が入り混じっている。


「もちろんだ」


俺は即答したが、本当にそうだろうか。時折、力が勝手に暴走しそうになることがある。それを必死に押さえ込んでいるのが現状だ。


「本当に?時々、君の目が...別人のように見える時がある」


さすがは鬼教官ヴィクター。鋭い観察眼は健在だった。


『気をつけて。疑われてはダメよ』


エリアナが警告する。その声には、わずかな焦りが含まれていた。


「疲れているだけだ。心配するな」


クッキーはしばらく俺を見つめた後、小さくため息をついた。その瞳には、言いようのない悲しみが宿っていた。


「そうか...でも、何かあったら相談してね。僕たちは仲間でしょ?」


その純粋な言葉に、俺は罪悪感を覚えた。クッキーは本心から俺を心配してくれている。それなのに、俺は彼を利用しようとしている。


だが、エリアナの声がすぐにそれを打ち消す。


『感傷は不要よ。私たちの目的を忘れないで』


訓練最終日、俺は腐海に向けて今までで最大の攻撃を放った。


一ヶ月の訓練の集大成。体内の力を限界まで引き出し、それを一点に収束させる。手のひらから溢れ出る暗赤色の光が、空間を歪ませるほどの密度を持つ。


「行けぇぇぇ!」


叫びと共に解放された光線は、今までとは次元の違う威力だった。


空間を切り裂き、大気を焼き尽くし、腐海の水面に巨大な穴を開ける。蒸発した水が巨大な水蒸気の柱となって立ち上り、まるで天に届くかのようだった。


「完璧だ!」


クッキーが歓声を上げる。小さな体全体で喜びを表現している。


「これなら実戦でも通用する!」


チココも満足そうに頷いていた。複雑な表情ながら、俺の成長を認めざるを得ないようだった。


「素晴らしいよ、クルーシブさん。君なら騎士団の新たな戦力になれる」


その言葉を聞いた瞬間、俺の中で怒りが爆発しそうになった。騎士団の戦力?冗談じゃない。俺はお前を倒すために力をつけているんだ。


『抑えて。まだその時じゃない』


エリアナの制止で、かろうじて感情を抑えた。深呼吸をして、平静を装う。


その夜、クッキーは手作りのクッキーを持って俺の部屋を訪ねてきた。


「約束してたでしょ?チョコチップクッキー!」


焼きたてのクッキーからは、甘い香りが漂っている。一口かじると、チョコレートの濃厚な味と、さくさくとした食感が口の中に広がった。


「美味い」


「でしょー!レシピ通りに作ったんだ!」


無邪気に喜ぶクッキーを見ながら、俺は複雑な気持ちになった。


この純粋な存在を、俺はいずれ裏切ることになるのだろうか。復讐のために、この優しさを踏みにじることになるのだろうか。


『必要な犠牲よ』


エリアナの冷たい声が、俺の迷いを断ち切った。


復讐のためなら、何でもする。


それが、エリアナへの愛の証明なのだから。


一ヶ月の訓練は終わった。俺は確実に強くなった。だが、それと同時に、人としての何かを失いつつあることも、俺は感じていた。

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