第16話 間奏曲
# 第16話 間奏曲
「ク・ル・シ・ブ...」
彼女の声は、地の底から響くような低さだった。
殺意が、物理的な圧力となって俺に迫る。
その隙を、俺は見逃さなかった。
少女を前に出し、その背後から光線を放つ。
暗赤色の破壊光が、少女の頭上すれすれを通過していく。
パールヴァティが少女を避けて回り込んだところに、触手で追撃。
黒い鞭が、複雑な軌道を描いて彼女を狙う。
彼女は必死に回避を続けるが、少女たちの存在が明らかに動きを制限している。
いつもの神速の動きが、半分以下に落ちている。
「くそっ...!」
ついに、パールヴァティの肩に触手が掠った。
服が裂け、血が滲む。赤い線が、白い肌に刻まれる。
『いいわよ、その調子』
エリアナが囁く。彼女の満足感が、俺の体内で脈動する。
『偽善者の仮面を剥がしてやりなさい』
俺は攻撃の手を緩めない。
少女たちを巧みに配置し、パールヴァティの動きを封じていく。
まるでチェスの駒を動かすように、計算された配置。
彼女の顔には焦りの色が浮かび始めた。
速さで勝っているはずなのに、有効打が与えられない。少女たちという重りが、彼女の最大の武器を封じている。
その時、扉が勢いよく開いた。
木製の扉が壁に激突し、大きな音を立てる。
「やめて!もうやめて!」
クッキーが飛び込んできた。
小さな体で必死に羽ばたきながら、戦場の中心へと突入してくる。
彼は状況を一目で理解したようだった。
少女たちが盾にされている光景に、小さな体を震わせる。その瞳には、怒りと悲しみが入り混じっていた。
「クルーシブ...なんてことを...」
彼の声は震えていた。信じられない、信じたくないという感情が、はっきりと表れている。
「クッキー!」
パールヴァティが叫んだ。安堵と焦りが混じった声。
「少女たちを連れて逃げろ!今すぐ!」
彼女の命令は明確だった。戦闘に巻き込まれる前に、少女たちを安全な場所へ。
クッキーは一瞬躊躇したが、パールヴァティの真剣な表情を見て頷いた。
彼女の目に宿る決意を理解したのだろう。
「みんな、こっちに!」
クッキーは少女たちに手を伸ばす。
小さな手が、震える少女たちを優しく導こうとする。
俺は舌打ちした。
せっかくの戦術が崩れる。
「邪魔をするな」
触手を伸ばしてクッキーを攻撃しようとするが、パールヴァティがそれを阻む。
短剣が触手を切り裂き、黒い体液が飛び散った。
「相手は私だろ?」
彼女は鉄球を構えた。もはや少女たちを気にする必要はない。
その瞳に、本気の殺意が宿る。
「もう容赦しない」
クッキーは素早く少女たちを集め始めた。
彼の動きは慈愛に満ちていて、怯える少女たちを安心させようとしている。
「大丈夫、大丈夫だから。今助けるから」
彼の優しい声が、少女たちの恐怖を和らげていく。
一人、また一人と、クッキーの周りに集まっていく。
少女たちは泣きながらクッキーにすがりつく。
恐怖で震える小さな体を、クッキーは翼で包み込むように守る。
「怖い...怖かった...」
「お兄ちゃん...助けて...」
幼い声が、すすり泣きと共に漏れる。
彼女たちにとって、この数分間は地獄のような時間だったろう。
「もう大丈夫だよ。僕が守るから」
クッキーは優しく少女たちを抱きしめた。
その小さな体から、不思議な安心感が滲み出ている。
俺は奥歯を噛み締めた。
せっかくの盾が...計画が崩れていく。
『大丈夫よ』
エリアナが落ち着いた声で言う。しかし、その声にも僅かな苛立ちが混じっている。
『これで遠慮なく戦える。そして、あの女ももう本気を出すしかない』
確かに、パールヴァティの目つきが変わっていた。
もはや、一切の躊躇いがない。冷徹な暗殺者の目だ。
「クッキー、十分離れたら合図しろ」
パールヴァティが言った。戦闘への集中力が、既に最高潮に達している。
「うん!みんな、ついてきて!」
クッキーは少女たちの手を引いて、部屋から出ていく。
小さな足音が、徐々に遠ざかっていく。
「行くよ...ゆっくりでいいから...」
「転ばないように気をつけて...」
クッキーの優しい声が、廊下に響いていた。
泣きじゃくる少女たちを、一人一人丁寧に導いている。
やがて、足音は完全に聞こえなくなった。
十分な距離を取ったのだろう。
重い沈黙が、俺とパールヴァティの間に流れた。
空気が張り詰め、殺気が充満していく。
「さて」
パールヴァティが鉄球を弄びながら言った。
黒い球体が、彼女の手の中で不吉に光る。
「邪魔者はいなくなった。思う存分やれるな」
彼女の表情は、もはや完全に戦闘モードだった。
感情を押し殺し、ただ敵を倒すことだけを考える、プロの顔。
俺も構えを取り直した。
触手を体内に一度収め、次の攻撃に備える。
「望むところだ」
互いの視線が交差する。
次の瞬間には、どちらかが死んでいるかもしれない。
パールヴァティの口元が、わずかに歪んだ。
それは笑みとも、怒りとも取れる表情だった。
「お前、本当に最低だな」
彼女の声は静かだが、そこには抑えきれない感情が滲んでいた。
軽蔑、怒り、そして僅かな悲しみ。
「でも、おかげで吹っ切れた」
彼女は鉄球を高く放り投げた。
回転する球体が、天井の照明を反射してきらめく。
「もう、お前を人間として扱う必要はない」
鉄球が宙で回転し、不吉な光を放ち始めた。
聖なる魔力が、球体の周囲に白い燐光を纏わせる。
真の戦いは、これからだった。
もはや退路はない。どちらかが倒れるまで、この戦いは終わらない。