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第14話 最強の実験体

# 第14話 最強の実験体 


「なんでここに...」

俺は眉をひそめた。クッキーの小さな姿が、この血生臭い修羅場には似つかわしくない。


「パールヴァティ様が先に行っちゃって、君も後を追ったって聞いて...心配で来ちゃった」


クッキーは周囲の惨状を見て、顔を青ざめさせた。その大きな瞳に、恐怖と悲しみが交互に浮かんでいく。

血の海と化した床、壁に飛び散った肉片、天井に張り付いた臓物。まるで屠殺場のような光景が広がっている。


「これは...全部君が...?」


その声には震えが混じっていた。信じたくないという気持ちが、表情から滲み出ている。


「そうだ。邪魔をするな」

俺は冷たく言い放った。感情を押し殺し、できるだけ無機質に。


「違う!」

クッキーが叫んだ。その小さな体が、怒りで震えている。


「君の中の何かが、君を蝕んでる!こんなの、僕が知ってるクルーシブじゃない!」


彼の言葉が胸に突き刺さる。だが、もう後戻りはできない。


その時、更に下の階層から地響きのような音が聞こえてきた。

ドスン、ドスンという重い足音。まるで巨大な何かが、地下から這い上がってくるような。


建物全体が振動し、天井から瓦礫が降ってくる。コンクリートの破片が、雨のように降り注いだ。


「まだ...何かいるのか」

俺は薄く笑った。唇の端が、わずかに吊り上がる。


床が大きく隆起し、そこから信じられないほど巨大な手が突き出してきた。

指の一本一本が、人間の胴体ほどの太さがある。爪は鉤爪のように鋭く、触れたものを切り裂きそうだ。


続いて現れた実験体は、今まで見たどれよりも異形だった。


10メートルはある巨体。

全身に無数の人間の顔が浮かび上がり、それぞれが苦悶の表情で呻いている。老若男女、様々な顔が、皮膚の下でうごめいていた。


背中からは翼のような触手が生え、腕は6本。それぞれが独立して動き、まるで別の生き物のようだ。


そして、胸の中央には巨大な赤い核が脈動していた。心臓のように規則的に収縮と膨張を繰り返し、赤い光を放っている。


「タスケテ...コロシテ...イタイ...イタイ...」


無数の声が重なり合って聞こえる。男の声、女の声、子供の声。全てが苦痛を訴えていた。


「なんて...なんて酷い...」

クッキーが震え声で言った。彼の顔は、完全に血の気が引いている。


「これは...何十人もの人を無理やり融合させて...」


彼の推測は恐らく正しい。この実験体は、複数の人間を素材にして作られた、究極の失敗作だ。


実験体が動き出した。

6本の腕がそれぞれ異なる動きをしながら、俺たちに向かって振り下ろされる。まるで、それぞれに別の意思があるかのように。


俺は余裕を持って後ろに跳んだ。

腕が床に激突し、巨大なクレーターを作る。衝撃で建物全体が揺れ、窓ガラスが一斉に割れた。


「これは面白い」


俺は妖精の力を更に解放した。

体中から黒い触手が溢れ出し、実験体の腕に絡みつく。触手vs触手の、醜悪な戦いが始まった。


しかし、実験体の力は予想以上だった。筋力だけで触手を引きちぎり、新たな攻撃を仕掛けてくる。千切れた触手が、床に転がった。


翼のような触手が鞭のようにしなり、超音速で俺を狙う。

空気を切り裂く音が、耳を劈いた。


俺は横に転がって回避し、同時に光線を放った。

暗赤色の光線が実験体の胴体を貫く。焦げた肉の臭いが、一瞬で部屋中に充満する。


だが、傷口はすぐに再生してしまった。

肉がグチュグチュと音を立てながら盛り上がり、元通りになる。


「再生能力か...厄介だな」


実験体の口—いや、全身の口から炎が吐き出された。

無数の口が一斉に開き、オレンジ色の炎を噴き出す。まるで、地獄の釜が開いたような光景だ。


部屋中が業火に包まれる。

金属が溶け、コンクリートが赤熱化していく。


俺は触手で繭を作り、炎を防いだ。

触手の表面が焦げるが、すぐに新しい層が生成される。


しかし、実験体の攻撃は止まらない。今度は床から無数の骨の槍が生えてきた。

白い骨が、まるで竹の子のように次々と突き出してくる。


「これは...死者の怨念か」


取り込まれた人間たちの最後の抵抗なのだろう。彼らの無念が、物理的な形を取って現れている。


俺は空中に跳び上がり、槍の雨を回避する。

鋭い先端が、俺のいた場所を貫いていく。


そして、上空から特大の光線を放った。

今までで最大出力の一撃。空間が歪むほどのエネルギーが、実験体に向かって収束する。


光線は実験体の頭部を消し飛ばした。

巨大な頭が蒸発し、焼け焦げた肉片が飛び散る。


だが、すぐに新しい頭が生えてくる。しかも、今度は3つも。

それぞれが異なる表情で、俺を睨みつけていた。


「ハハハ!これは楽しい!」

俺は心の底から笑いが込み上げてきた。狂気じみた笑い声が、部屋に響く。


久しぶりに、全力を出せる相手に出会えた。

血が沸き立つような興奮が、全身を駆け巡る。


触手を全て収束させ、巨大な槍を作り出す。

黒い触手が螺旋状に絡み合い、一本の巨大な武器となった。


そして、実験体の核めがけて投擲した。

槍は音速を超えて飛び、空気を引き裂いていく。


槍は実験体の防御を貫き、核に届きかけた。


しかし、実験体は自らの腕を盾にして、槍を防いだ。

腕が犠牲になるが、核は守られた。知能がまだ残っているらしい。


「クルーシブ!このままじゃ...」

クッキーが叫ぶ。彼は必死に俺を心配している。


「心配するな。まだ本気を出していない」


俺は深呼吸をした。

肺に冷たい空気を取り込み、全身の力を整える。


そして、体内の妖精と完全に同調する。

意識が溶け合い、境界が曖昧になっていく。


『そうよ、もっと力を解放して』

エリアナの声が響く。彼女の歓喜が、俺の感情と混ざり合う。


俺の体が変化し始めた。

皮膚が黒く染まり、血管が赤く光る。背中から無数の触手が生える。

目は赤く輝き、口から黒い霧が漏れる。吐息が、まるで瘴気のように周囲を汚染していく。


これが、妖精と一体化した姿。

人間の形を保ちながら、もはや人間ではない何か。


「さあ、第二ラウンドだ」


俺は実験体に向かって突進した。

速度は音速を超え、衝撃波が周囲の壁を破壊する。床に亀裂が走り、天井が崩れ始めた。


実験体の攻撃など、もはや止まって見える。

スローモーションのように、全ての動きが手に取るように分かる。


俺は軽々と回避しながら、触手で実験体を切り刻んでいく。

黒い刃が、肉を切り裂く音が連続して響く。


再生が追いつかないほどの速度で、実験体の体が削られていく。

肉片が飛び散り、血が噴水のように噴き出す。


「グギャアアアア!」

実験体が絶叫を上げる。3つの頭が、それぞれ異なる悲鳴を上げた。


だが、俺は容赦しない。

楽しみは、まだ終わらせたくない。


両手から放った光線が、実験体の四肢を次々と消し飛ばしていく。

腕が、足が、翼が、次々と灰になっていく。


そして、最後に残った核に向けて、全ての力を込めた一撃を放つ。


黒い光線が核を貫いた瞬間、実験体の動きが止まった。

赤い光が消え、巨体が力なく崩れ始める。


「ア...リガ...トウ...」


消えゆく声が聞こえた。

取り込まれた人々の、最後の言葉だろう。


実験体は崩壊し、無数の光となって消えていった。

恐らく、取り込まれていた人々の魂が解放されたのだろう。小さな光の粒子が、天井を通り抜けて昇っていく。


俺は元の姿に戻り、大きく息をついた。

全身から汗が噴き出し、心臓が激しく脈打っている。


久しぶりに、良い運動になった。

戦闘の高揚感が、まだ体に残っている。


「クルーシブ...」

クッキーが複雑な表情で俺を見ていた。恐怖と、悲しみと、それでも消えない友情が、その瞳に映っている。


「君は...もう人間じゃないね」


その言葉は、静かな確信に満ちていた。


「そうかもな」

俺は肩をすくめた。否定する気も、言い訳する気もない。


「だが、これが今の俺だ」


クッキーは悲しそうに首を振った。

その仕草が、まるで子供のようで胸が痛む。


「それでも...僕は君を信じてる。いつか必ず、君は正しい道に戻れるって」


その純粋な言葉が、胸に突き刺さる。

なぜ、こんなになってしまった俺を、まだ信じられるのか。


だが、もう遅い。俺は既に、後戻りできない道を進んでいる。

復讐の炎は、俺の全てを焼き尽くすまで消えることはない。


「行こう。パールヴァティが待っている」


俺は踵を返し、最深部への道を進み始めた。

クッキーが心配そうについてくる足音が、静かに響いていた。

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