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雫と少女と咲良

ゴールデンウィークの真ん中。

空は曇っていて、だけど雨の気配はない、そんな花曇りの朝だった。

待ち合わせは駅前。

少し早めに着いた俺は、人の流れに目をやりながら咲良先輩の姿を探す。

そして、改札の向こうから、ふっと空気が変わるように――咲良先輩が現れた……?

「……えっ」

一瞬、見間違いかと思った。

でも、その視線の置き方や、歩き方の間合い――紛れもない咲良先輩。

思わず声が漏れたのは、その髪型のせいだった。

咲良先輩は、いつものストレートのロングヘアを、低めの位置で左右に分けて結んでいた。

ふわっと風に揺れるツインテール。

けれど、子どもっぽさはなくて――

いつもよりも少し柔らかく見えて、目が離せなかった。

今日の咲良先輩は、淡いグレーの膝丈スカートに、白いブラウス。

ゆるく羽織った、くすみピンクのカーディガンが風にふわっとなびいて、全体がやわらかくまとまっていた。

ツインテールにした髪が、ほんのり揺れて。

その姿は、まるで誰かの絵の中から抜け出してきたみたいだった。

けれど、その“かわいさ”に甘えるような仕草はまったくなくて、

咲良先輩はまっすぐ前を向いたまま、何気ない、いつもの顔。

だからこそ――

いつもよりずっと“女の子”っぽく見えて、思わず見とれてしまった。

咲良先輩はこっちを見たまま、足元の白いスニーカーをキッチリそろえ、無言で立ち止まる。

そして、伏せ目がちに俺を見上げる。

「……髪……やっぱ、変かな」

ぽつんと落とされたその声に、俺は慌てて首を振る。

「違います、全然。……めっちゃ、似合ってます」

その言葉に、咲良先輩は視線を下げた。

ツインテールの先が、咲良先輩の動きにあわせて揺れている。

そして、ほんの少しだけ、耳が赤くなったのが見えた。

「……ありがとう」

その言葉が、今日の朝の空よりもやわらかくて、俺の胸に静かに落ちた。

「じゃあ、行きましょう」

俺は咲良先輩の左手を握る。

すると、咲良先輩は右手でツインテールの毛先を摘まんだ。

手を繋いで向かったのは、市内にある美術館。

目的は――咲良先輩が以前、ぽつりと話していたことがある、“あの画家”の展示会だ。

日下雫くさかしずく

静かな色と、どこか滲むような言葉を添えるその作風は、咲良先輩にとって“特別”らしい。

俺はその名前を覚えていて、その日から展示情報を探し続けていた。

展示会自体は大規模なものじゃなかったけど、彼女の展示スペースだけは別料金が必要で、しかもチケットは即完売。

でも――手に入れた。どうしても一緒に観たかったから。

「え……ここ?」

美術館の前で、咲良先輩が立ち止まる。

その表情には、驚きと、少しの戸惑いが混ざっていた。

「うん。行ってみたいって言ってたの、覚えてたから」

「……え、でも……これ、チケット……」

たどたどしい言葉と共に、咲良先輩の瞳が、小刻みに揺れている。

「じゃーん!」

俺はポケットからチケットを二枚取り出して、咲良先輩に一枚差し出す。

咲良先輩は目を見開いたまま、それをそっと受け取った。

「……どうして……」

手元のチケットを見つめたまま、彫刻のように動かない。

「見てほしかったんです。先輩が好きなものを、一緒に」

しばらくの沈黙のあと――

咲良先輩は、小さくうなずいた。それに合わせてツインテールがフワッと動く。

「……ありがとう」

その声は、さっきよりもずっと近かった。

展示スペースは静かで、白い部屋に小さな絵が並んでいた。

どれも淡い色彩で、ふわりと揺れるような風景や、どこかにいる誰かの後ろ姿。

咲良先輩は、言葉を発さず、ひとつひとつの作品を丁寧に見ていた。

ときおり、展示の脇に書かれた詩のような短い言葉に目を留めて、そっと立ち止まる。

俺はその横顔を見ながら、咲良先輩の中にある静かな世界に、少しだけ触れているような気がした。

ツインテールにした髪が、咲良先輩の肩から背中にかけてゆっくり揺れる。

その動きが、まるで作品の一部みたいで、妙に胸に残った。

展示の最後に、小さな原画が一枚だけ展示されていた。

少女が窓辺で本を読んでいる絵――

柔らかな光が差し込む午後の部屋で、ひとり、静かにページをめくっている。

日下雫の絵は、どれも「語らない感情」を描いているようだった。

色彩は淡く、線はやわらかい。

でも、じっと見ていると、不思議と胸の奥に何かが届く。

この絵もそうだった。

静かな部屋にただ一人いる少女。

ツインテールに結ばれた髪が肩に沿ってまっすぐ落ちていて、顔は描かれていない。

けれど――

その背中に、読書に没頭しながらも、誰かに見つけてほしいような、そんな“気配”があった。

俺はふと、隣にいる咲良先輩に目をやった。

同じ髪型、同じような静けさ。

さっきまで、ツインテールのことを「変じゃないかな」って言っていた咲良先輩の姿が、まるでこの絵の中に重なる。

その横には、淡い文字で、こう書かれていた。

『静けさの中に、好き、がある』

咲良先輩は、その一文を見たあと、ふっと小さく笑った。

「……こういうの、いいよね、好きなんだ」

落ち着いた、気持ちのこもった声。

「……はい」

俺は隣でうなずきながら、咲良先輩の表情を目に焼きつけた。

照れたような、でも、心から嬉しそうな、そんな顔。

たぶん、今日ここに来られてよかったって、思ってくれてる――そう信じられた。

美術館を出ると、外の光が少しだけ強くなっていた。

曇り空の合間に、ぼんやりと光がさしていて、咲良先輩のツインテールがその中で淡く揺れる。

「今日は……ありがと」

咲良先輩はコクリと頭を下げ、少し上目遣いに俺を見てはにかむ。

「こちらこそ。一緒に見れて、嬉しかったです」

しばらく歩いたあと、咲良先輩がぽつりと呟いた。

「……髪、変だったらどうしようかと思ってた」

ツインテールを撫で、毛先をちょんと摘まむ。

「変どころか、めっちゃ似合ってましたよ」

「……ほんと?」

少し顔上げた咲良先輩の頬が、ほんのり赤く染まる。

「……正直、ずっと見ていたいくらいです」

そう言ったあと、自分で照れてしまって、頭を掻いた。

咲良先輩は、それを見てふっと笑った。

そして視線を落として、またツインテールの毛先を指先でそっとつまんでいた。

まるで気持ちを隠すみたいに、下唇をそっと噛みながら。

その仕草が、どうしようもなく可愛くて――くらくらした。

「……たまには、またやってもいいかな」

そう言った咲良先輩の声が、風の音にまぎれそうなほど小さくて――

でも、はっきりと耳に届いた。

「……ぜひ、お願いします」

俺の返事に、咲良先輩は小さくうなずいて、ツインテールをふわっと揺らしながら、前を向いた。

その横顔は、静かな展示室で見たあの絵の少女よりも、もっとあたたかくて、ずっと綺麗だった。

お読み頂きありがとうございます_(._.)_。

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