風が吹いた日
卒業式。
まだ、肌寒さが残る。
花曇りの霞んだ空の下、咲良の最後の制服姿。
駅で待ち合わせて、一緒に歩く。
通学路も、今日で終わり。
四月になれば、ここを一人で歩く。
慣れるかなって思う。
そう、ずっと一緒にいたから。
関係が変わるわけじゃない。
でも、少しずつ、日常の中で咲良が隣にいない時間が増えていくと思うと、
正直、寂しさが込み上げてくる。
自分の教室から窓越しに見えていた咲良の教室も、
視線を投げかけることも、もうない。
まあ、三年になれば教室自体が変わるわけだけど。
でも、そういうのも全部ひっくるめて――
「もう、卒業なんだな」って、実感がじわじわ湧いてくる。
そんな想いは、たぶん咲良も同じだった。
咲良は校門をくぐる前、少し足を止めて、校舎を見上げていた。
長い髪が、春を待ちわびる風にゆっくり揺れる。
「……見納め、かな」
ポツリと呟いた声は、どこか名残惜しそうで。
そう言って、小さく笑った。
卒業式が始まると、俺は在校生として咲良の姿を見送る側。
だけど式の途中で何度も視線が泳いで、前の方の列を探してしまっていた。
校歌とか、送辞とか、あんまり頭に入ってこなかった。
咲良が名前を呼ばれて、舞台に上がって、
一礼して証書を受け取るその瞬間――
たぶん、少しだけ目が潤んだ……いや、泣いていた。
式が終わって、校庭はすぐに人で溢れる。
先生や友達、後輩、家族。
みんなが咲良に声をかけて、写真を撮ったり、花を渡したりしていた。
俺は少し離れて、昇降口の脇に立っていた。
咲良の姿を見ていると、ホッとする。
卒業証書を抱えて、後輩の子に囲まれてる。
ああやって話してる咲良を見るのは、実はあまりなかったかもしれない。
部活の後輩が差し出した色紙を受け取って、
咲良はちょっと照れくさそうに笑ってた。
その横顔が、今日の空と同じくらい霞んで見えたのは、
たぶん、花曇りのせいだけじゃない。
やがて一段落したのか、咲良が俺を見つけて歩いてくる。
「待たせた?」
「ううん。後輩たちと話せた?」
「うん。名残惜しいって……みんな、泣いてて……」
「咲良は?」
「……ちょっとだけ」
目元に手をやる仕草。
袖でそっと押さえるようにしてるけど、泣いたあとの名残は、ちゃんと見えてた。
ふわりと吹き込んだ風が、陽の粒を散らしながら、咲良の髪とスカートの裾を揺らす。
「ねえ、ちょっとだけ、歩かない?」
咲良は、俺の制服の袖口をキュッと摘まんで、ゆっくりと瞬きをする。
「うん」
そして、咲良は俺の手を軽く握って、歩き出した。
通い慣れた校舎の裏手。
誰もいない中庭のベンチに並んで腰を下ろす。
さっきまでの喧騒が嘘みたいに、静かだった。
「……終わったんだね」
手に持った丸筒を、咲良はそっと膝の上に置いた。
「うん」
「なんか、実感ないけど」
「俺は、咲良の制服姿が見納めって思ったら……ちゃんと実感湧いた」
咲良が、くすっと笑う。
「そんな言い方されたら、ちょっと照れるよ」
「ほんとだよ。似合ってたし……きっと、ずっと忘れない」
「じゃあ、見たい時、着てあげてもいいかも」
「え?」
「だって、好きなんでしょ?」
首をすくめて、微笑む咲良。ちょっと舌を出しておどけてみせている。
こんなにも、今は表情に気持ちを乗せてくれている。
「ああ、まあそうだけど」
「たまには、制服でデートしてあげてもいいよ」
「ええ?」
咲良は下唇をかんで、少し顎を突き出して笑う。
この期に及んでも、かわいい。
「もう少しで、付き合って一年だね……」
咲良は空を見上げていた。
その視線を追うように、俺も顔を上げる。
霞の中を飛行機雲が一つ、いずこかへと伸びていた。
「ああ、なんかあっという間だった」
「うん、でも勇気を持って、悠真くんに告白してよかった」
「俺も嬉しかった、俺にとって、雲の上のような人だったから咲良は」
「そう?私は、悠真くんがそう思えたよ」
膝の上の丸筒を手のひらでコロコロと転がしている。
その動き一つ、指先がキレイで丁寧で。
前からそうだった。
咲良は、物に触れる時でさえ、やさしい。
「そっか……」
「だって、悠真くんは私を、私だけを見ていてくれたでしょ?」
「そりゃあ、好きだったから……」
「私もなんだよ、ずっと君だけを見ていたの。悠真くんだけを」
「……うん、うれしいよ」
「これからもずっと見ていてね」
咲良は言い終わって首を傾げる。
髪が頬にかかって。
指先が耳から頬、首筋へと流れる、滑らかな動きを目で追う。
何度となく見た仕草。
今は、少しだけ照れを含んだものになっている。
「ああ、もちろん」
どこからともなく、舞ってきた早咲きの桜の花びらが、つむじ風に乗って巻き上がる。
――二人の新しい時間が始まる。
「悠真くん、写真撮ろう」
「あ、そうだ」
俺は鞄の中から三脚とカメラを取り出しセットする。
ファインダー越しの咲良は、髪を耳に掛け、少し肩で息を整えていた。
ずっと、かわいいや。
そう思いつつ、タイマーをセットする。
小走りに咲良の隣に腰掛ける。
どうしても、咲良を見てしまう。
視線に気づく咲良も俺を見て微笑む。
カシャ――。
~風さそう 花よりもなお 我はまた 咲良の姿 しばしとどめん~
最後までお付きあい下さいました皆様、ありがとうございます。
何の変哲のない二人の日常。派手さや爽快さはないです。
こんなお話一つくらいあってもいいかなって。
お互いを思いやりながら少しずつ、共に成長して行く物語。書けたかな笑
*写真は作者がAIで作成したものです。
*無断転載しないでネ!
お読み頂きありがとうございます_(._.)_。
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