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ただ、君を見ていた。  作者: ぽんこつ


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34/37

詣でてみれば。

薄い筋状の雲が何本も連なる真っ青な冬の空。

元日早々、咲良の家の近くの神社に初詣。

参道から境内に至るまで結構な人だかりで、列の中に身を寄せていた。

露店から漂う、甘さや香ばしい食欲を誘う匂いが風に乗って行き交っている。

隣の咲良はマフラーに顔を埋めながら、フッと息を吐く。

そこから漏れる白い息が今日の寒さを物語っていた。

時折、吹きすさぶ風が顔に当たる度、肌がひりひりとする。

雨なら雪になっていたかもしれない。

カラン、カラン――。

二人で手にした紅白の鈴緒すずのおを揺らす。

風に乗って届いた鈴の音は、どこか澄んでいて、空の高さに吸い込まれていくようだった。

パン、パンと拍子も重なり手を合わせる。

これまで真剣に願い事なんてしたことなかったのに、咲良との時間が、幸せがずっと続きますようにって祈ってた。

神様にしたら、“都合いいやつだな”って呆れてるかもしれない。

「悠真くん、おみくじ引きたいな」

吐く息が白く揺れて、冷えた空気の中に淡く滲む。

小ぶりな木箱の中から一枚を引く。

末吉。

“恋愛:方角西。思い人を大切にすれば、やがて縁結ばれる。”

……もう、とっくに隣にいるけどな。

一人ニヤニヤしていると、咲良がおみくじを覗き込んで、意味ありげに横目で見上げてくる。

「咲良は?どんなの?」

「……ひみつ」

「え?俺の覗いたじゃん」

「どうしようかな」

唇だけで微かに笑うような表情を浮かべながら、咲良はいじらしく、俺のコートの胸元を指先でつまむ。

なんで、かわいいんだ。

「……かわいいな、咲良」

ビクッとして肩を弾ませると、咲良はふーっと白い息を吐く。

「……大吉」

そして、おみくじを差し出した。

そこには、恋愛。

こと成就する。結婚もあり。

結婚……。

ずっと一緒にいるという事は、そういう事か。

まだ、学生の身分だから、その言葉は遠い先の未来のように思っていた。

その時。

「咲良」

知らない声が名前を呼んだ。

そこには、韓流アイドル様な色白の顔立ちのイケメンが、穏やかな笑みを浮かべていた。

整えすぎない程度に無造作な髪。

切れ長の目元に穏やかな微笑。

背が高く、ベージュのハーフコートに黒のパンツをさらりと着こなしている。

足元には、ひときわ目立つくすんだ赤のワークブーツ。

ソールと靴紐は黒。

バランスの妙に目が奪われる。

……おしゃれ、だな。

名前を呼ばれた咲良は、ぱっと表情を綻ばせる。

俺の腕を取ってその男性の方へと歩き出した。

「あけましておめでとう、ためちゃん」

ため……ちゃん?

眉間に皺が寄る。

誰だ、こいつは。

咲良が、あんなふうに笑いかける相手――。

しかも、普通に喋れてる。

ためちゃんって。

「あけましておめでとう、咲良」

ためちゃんは、俺を見て軽く頭を下げる。

俺も反射的に会釈を返す。

「えーと、私の……か、彼」

「はじめまして、春川悠真です」

「はじめまして、三宅為晴みあけ ためはるです」

為ちゃんは、さりげなく右手を差し出して来た。

俺はその手を握る。

見た目よりがっしりとした肉厚な手だった。

為ちゃんは、ニッと白い歯を見せる。

この人モテるんだろうなって――

思う。

男の自分から見ても、かっこいい。

でも、顔に似合ない、為晴って侍のような名前……

笑いそうになるのを必死でこらえる。

「咲良からは聞いているよ。この子のそばにいてくれてありがとう」

「え?ああ……はい!」

俺の腕を掴んでいた咲良の手にギュッと力が入る。

「為ちゃんは、私の従兄なの」

いと……こ?。

「為ちゃん、こっち来てたの?」

「ああ、さっき、叔父さんや叔母さんに挨拶してきたとこ」

「ゆっくりできるの?」

「夜には発たないと。取材があるからね」

「そっか……」

少し口を尖らせた咲良。

自分以外と自然に話す咲良を、見るのは初めてかもしれない。

「為ちゃんは、ライターで旅行や歴史の記事を書いてるの」

「まあ、そんな大したものじゃない。忙しいだけで儲からない」

為ちゃんは、顔の前で手を振ってみせる。

「でも、歴史、好きなんでしょ?小さい頃、お風呂でお話聞かせてくれたもんね」

ん?

さりげなく。

……仰いましたが。

一緒に……

お風呂?

咲良が幼かった頃の話なんだろうけど――

なぜか”今”の咲良のを想像してしまい。

……やばい。顔が熱い。

「これから、平家の落人伝説を知らべに全国飛び回る。この一年はそんな所かな」

柔らかな微笑を浮かべる為ちゃん。

「じゃあ、咲良をよろしく」

為ちゃんはもう一度だけ笑い、拝殿のほうへと歩いて行った。

咲良との思わぬエピソードが頭の中に浸透している。

ブクブクと湯船の底に沈みそうで。

お風呂……。

お土産が並ぶ参道でを冷やかしながら手を繋いで歩く。

「悠兄!」

え?

今度は聞き覚えのある声。

人波の向こうから、出海がポニーテールを揺らし、駆け寄ってくる。

白い息を弾ませ、知らない男の子と手を繋いで。

「はじめまして、咲良さん!」

「はい、はじめまして」

「写真より、ずっときれいで、かわいいな」

咲良を見つめる出海の瞳が、興味津々にきらめいている。

「おい、茶化すなよ」

出海は俺の言葉なんてどこ吹く風。

にぃっと唇を上げて、笑っている。

「この子は、恋人候補の山村壮太やまむら そうたくん」

「あ、は、はじめまして山村です」

朴訥とした少年は深々と頭を下げる。

センターパートに分けた髪。

ぱっちりとした二重。

紺のピーコートにジーンズ、白のスニーカー。

なんかさっきの為ちゃんのせいか、素朴に見えて親近感がわく。

「そっか、出海も彼氏が出来たんだ」

一瞬、出海は意地悪気な視線を送り、咲良を見て肩を撫で下ろした。

「まだ、未満。ただ今恋人昇格試験中!」

人差し指を頬に当て首を傾げている。

「試験中?」

「そう、私のことどれだけ思ってるか、大切にしてくれるか」

「なんか、大変そうだね、壮太くん……」

壮太くんは苦笑いをしながら頭を掻いた。

でも、出海を見つめる瞳はものすごくやさしい。

「だって、好きって言ってさ、結局はエッチしたいだけじゃん、男の子って」

出海以外の顔が赤くなったのは、触れないでおこう。

「私は自分が好きで大切にされてるんならしてもいい、好きの気持ちは伝わってくるけど、どれだけ大切に思ってくれてるのは、すぐには分からないから」

「そ……その、頑張れ、壮太くん」

俺の声に顔を真っ赤にしながら、壮太くんは微笑む。

でもしっかり握られた手が答えなような気もする。

「壮太くんは、こう見えて水泳部なんだ」

「へえー、水泳部か。じゃあ、けっこう鍛えてるんだ」

「腹筋は、悠兄よりあるんじゃないかな」

出海はくいっと首を捻り、横目でこっちを見つめている。

「は?」

「昔はぷにぷにだったじゃん、良く一緒にお風呂に入ったもんね」

出海はニコニコ笑っている。

何を言い出すかと思えば……

ほら、案の定、壮太くんの目が泳いでる。

俺の手を握る咲良の手も……

あれ?スッと離れていく。

「じゃあね、悠兄、咲良さん!いいお年を」

出海は壮太くんの手を引っ張ってずんずんと参道を歩いて行った。

俺は、咲良の手を繋ごうとしたら、咲良はひょいと引っ込め胸の前で手を組んだ。

「ごめんね。私、さっき。悠真くんにいやな思いさせちゃった」

「……ああ、お風呂のこと?それはおあいこでしょ」

「そうだけど……」

咲良は髪を耳にかけながら、ふうっと長く息を吐く。

「悠真くん、私のこと大切にしてくれてるのに……」

俺は咲良を抱き寄せた。

参道を行き交う人混みの中、人目なんてどうでもよかった。

「ちょ、ちょっと」

「これからだって、大切にする。いいじゃないか。いろんなかたちがあったって」

「……うん」

俺を見つめる真っ黒な潤んだ瞳が、陽射しを受けてキラッと光る。

「……じゃあ、一緒にお風呂入る?」

「……バカ!」

咲良はげんこつで俺の胸をトンと叩いた。

「でも、あの壮太くん、雰囲気が悠真くんに似てたね」

「え? そうか?」

「うん、似てたよ」

俺が首を傾げていると、咲良が咲良がいたずらっぽく笑って、鼻を摘まんで来た。

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