詣でてみれば。
薄い筋状の雲が何本も連なる真っ青な冬の空。
元日早々、咲良の家の近くの神社に初詣。
参道から境内に至るまで結構な人だかりで、列の中に身を寄せていた。
露店から漂う、甘さや香ばしい食欲を誘う匂いが風に乗って行き交っている。
隣の咲良はマフラーに顔を埋めながら、フッと息を吐く。
そこから漏れる白い息が今日の寒さを物語っていた。
時折、吹きすさぶ風が顔に当たる度、肌がひりひりとする。
雨なら雪になっていたかもしれない。
カラン、カラン――。
二人で手にした紅白の鈴緒を揺らす。
風に乗って届いた鈴の音は、どこか澄んでいて、空の高さに吸い込まれていくようだった。
パン、パンと拍子も重なり手を合わせる。
これまで真剣に願い事なんてしたことなかったのに、咲良との時間が、幸せがずっと続きますようにって祈ってた。
神様にしたら、“都合いいやつだな”って呆れてるかもしれない。
「悠真くん、おみくじ引きたいな」
吐く息が白く揺れて、冷えた空気の中に淡く滲む。
小ぶりな木箱の中から一枚を引く。
末吉。
“恋愛:方角西。思い人を大切にすれば、やがて縁結ばれる。”
……もう、とっくに隣にいるけどな。
一人ニヤニヤしていると、咲良がおみくじを覗き込んで、意味ありげに横目で見上げてくる。
「咲良は?どんなの?」
「……ひみつ」
「え?俺の覗いたじゃん」
「どうしようかな」
唇だけで微かに笑うような表情を浮かべながら、咲良はいじらしく、俺のコートの胸元を指先でつまむ。
なんで、かわいいんだ。
「……かわいいな、咲良」
ビクッとして肩を弾ませると、咲良はふーっと白い息を吐く。
「……大吉」
そして、おみくじを差し出した。
そこには、恋愛。
こと成就する。結婚もあり。
結婚……。
ずっと一緒にいるという事は、そういう事か。
まだ、学生の身分だから、その言葉は遠い先の未来のように思っていた。
その時。
「咲良」
知らない声が名前を呼んだ。
そこには、韓流アイドル様な色白の顔立ちのイケメンが、穏やかな笑みを浮かべていた。
整えすぎない程度に無造作な髪。
切れ長の目元に穏やかな微笑。
背が高く、ベージュのハーフコートに黒のパンツをさらりと着こなしている。
足元には、ひときわ目立つくすんだ赤のワークブーツ。
ソールと靴紐は黒。
バランスの妙に目が奪われる。
……おしゃれ、だな。
名前を呼ばれた咲良は、ぱっと表情を綻ばせる。
俺の腕を取ってその男性の方へと歩き出した。
「あけましておめでとう、ためちゃん」
ため……ちゃん?
眉間に皺が寄る。
誰だ、こいつは。
咲良が、あんなふうに笑いかける相手――。
しかも、普通に喋れてる。
ためちゃんって。
「あけましておめでとう、咲良」
ためちゃんは、俺を見て軽く頭を下げる。
俺も反射的に会釈を返す。
「えーと、私の……か、彼」
「はじめまして、春川悠真です」
「はじめまして、三宅為晴です」
為ちゃんは、さりげなく右手を差し出して来た。
俺はその手を握る。
見た目よりがっしりとした肉厚な手だった。
為ちゃんは、ニッと白い歯を見せる。
この人モテるんだろうなって――
思う。
男の自分から見ても、かっこいい。
でも、顔に似合ない、為晴って侍のような名前……
笑いそうになるのを必死でこらえる。
「咲良からは聞いているよ。この子のそばにいてくれてありがとう」
「え?ああ……はい!」
俺の腕を掴んでいた咲良の手にギュッと力が入る。
「為ちゃんは、私の従兄なの」
いと……こ?。
「為ちゃん、こっち来てたの?」
「ああ、さっき、叔父さんや叔母さんに挨拶してきたとこ」
「ゆっくりできるの?」
「夜には発たないと。取材があるからね」
「そっか……」
少し口を尖らせた咲良。
自分以外と自然に話す咲良を、見るのは初めてかもしれない。
「為ちゃんは、ライターで旅行や歴史の記事を書いてるの」
「まあ、そんな大したものじゃない。忙しいだけで儲からない」
為ちゃんは、顔の前で手を振ってみせる。
「でも、歴史、好きなんでしょ?小さい頃、お風呂でお話聞かせてくれたもんね」
ん?
さりげなく。
……仰いましたが。
一緒に……
お風呂?
咲良が幼かった頃の話なんだろうけど――
なぜか”今”の咲良のを想像してしまい。
……やばい。顔が熱い。
「これから、平家の落人伝説を知らべに全国飛び回る。この一年はそんな所かな」
柔らかな微笑を浮かべる為ちゃん。
「じゃあ、咲良をよろしく」
為ちゃんはもう一度だけ笑い、拝殿のほうへと歩いて行った。
咲良との思わぬエピソードが頭の中に浸透している。
ブクブクと湯船の底に沈みそうで。
お風呂……。
お土産が並ぶ参道でを冷やかしながら手を繋いで歩く。
「悠兄!」
え?
今度は聞き覚えのある声。
人波の向こうから、出海がポニーテールを揺らし、駆け寄ってくる。
白い息を弾ませ、知らない男の子と手を繋いで。
「はじめまして、咲良さん!」
「はい、はじめまして」
「写真より、ずっときれいで、かわいいな」
咲良を見つめる出海の瞳が、興味津々にきらめいている。
「おい、茶化すなよ」
出海は俺の言葉なんてどこ吹く風。
にぃっと唇を上げて、笑っている。
「この子は、恋人候補の山村壮太くん」
「あ、は、はじめまして山村です」
朴訥とした少年は深々と頭を下げる。
センターパートに分けた髪。
ぱっちりとした二重。
紺のピーコートにジーンズ、白のスニーカー。
なんかさっきの為ちゃんのせいか、素朴に見えて親近感がわく。
「そっか、出海も彼氏が出来たんだ」
一瞬、出海は意地悪気な視線を送り、咲良を見て肩を撫で下ろした。
「まだ、未満。ただ今恋人昇格試験中!」
人差し指を頬に当て首を傾げている。
「試験中?」
「そう、私のことどれだけ思ってるか、大切にしてくれるか」
「なんか、大変そうだね、壮太くん……」
壮太くんは苦笑いをしながら頭を掻いた。
でも、出海を見つめる瞳はものすごくやさしい。
「だって、好きって言ってさ、結局はエッチしたいだけじゃん、男の子って」
出海以外の顔が赤くなったのは、触れないでおこう。
「私は自分が好きで大切にされてるんならしてもいい、好きの気持ちは伝わってくるけど、どれだけ大切に思ってくれてるのは、すぐには分からないから」
「そ……その、頑張れ、壮太くん」
俺の声に顔を真っ赤にしながら、壮太くんは微笑む。
でもしっかり握られた手が答えなような気もする。
「壮太くんは、こう見えて水泳部なんだ」
「へえー、水泳部か。じゃあ、けっこう鍛えてるんだ」
「腹筋は、悠兄よりあるんじゃないかな」
出海はくいっと首を捻り、横目でこっちを見つめている。
「は?」
「昔はぷにぷにだったじゃん、良く一緒にお風呂に入ったもんね」
出海はニコニコ笑っている。
何を言い出すかと思えば……
ほら、案の定、壮太くんの目が泳いでる。
俺の手を握る咲良の手も……
あれ?スッと離れていく。
「じゃあね、悠兄、咲良さん!いいお年を」
出海は壮太くんの手を引っ張ってずんずんと参道を歩いて行った。
俺は、咲良の手を繋ごうとしたら、咲良はひょいと引っ込め胸の前で手を組んだ。
「ごめんね。私、さっき。悠真くんにいやな思いさせちゃった」
「……ああ、お風呂のこと?それはおあいこでしょ」
「そうだけど……」
咲良は髪を耳にかけながら、ふうっと長く息を吐く。
「悠真くん、私のこと大切にしてくれてるのに……」
俺は咲良を抱き寄せた。
参道を行き交う人混みの中、人目なんてどうでもよかった。
「ちょ、ちょっと」
「これからだって、大切にする。いいじゃないか。いろんなかたちがあったって」
「……うん」
俺を見つめる真っ黒な潤んだ瞳が、陽射しを受けてキラッと光る。
「……じゃあ、一緒にお風呂入る?」
「……バカ!」
咲良はげんこつで俺の胸をトンと叩いた。
「でも、あの壮太くん、雰囲気が悠真くんに似てたね」
「え? そうか?」
「うん、似てたよ」
俺が首を傾げていると、咲良が咲良がいたずらっぽく笑って、鼻を摘まんで来た。
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