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ただ、君を見ていた。  作者: ぽんこつ


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33/37

意外な事実?

クリスマスも近くなったある日の午後。

俺は咲良を連れて、バイト先のカフェに来ていた。

店内はどこも赤や緑の装飾を施され、天井からは金と銀のリボンが揺れている。

カウンターの奥から流れる洋楽は、落ち着いたテンポのクリスマスソング。

ほんのりと甘いシナモンの香りが漂い、静かな午後を包み込んでいた。

客は自分たち以外に数組ほど。

ソファ席で寄り添うカップルや、窓際で読書をする女性。

それぞれが静かな時間を楽しんでいる。

咲良は、東都美術大学――通称、東美とうび/TUA(Tokyo University of Arts & Aesthetics)に無事合格していた。

芸術の分野では全国でも名の知れた大学らしい。

今日の咲良は、青のざっくりとしたタートルセーターに、黒のロングスカート。

髪を後ろで、まとめ上げられている。

そんな咲良は、頬にかかる、ほつれ毛を気にしながらケーキを口に運ぶ。

「おいしいね」

微笑む咲良の声は、ほんの少しだけ甘さが混じっていた。

「咲良のが……」

思わず呟いてしまった言葉。

咲良はキリっと、瞬時に目を細めじーっとこっちを見つめる。

「今、なんて……?」

「え?あ、美味しいねケーキ」

見惚れていたら、思わぬことを口走っていた。

「うん。これで、少しは気も休まるかも」

肩を一回すくめて、はにかみ、咲良がケーキの皿を少し回す。

上手く誤魔化せたようだ。

「でも、すごいな」

「ううん、悠真くんのお陰だよ」

咲良は首を横に振りながら、まっすぐこちらを見て微笑んだ。

「そう?やっぱり」

ちょっと照れ隠しの冗談を混ぜたが、咲良にはあまり響かなかったらしく、引きつった笑みひとつ。

「もう、インスタだよ。インスタやろうっていってくれたでしょ?」

「ああ……」

あれから咲良のインスタは一気に伸びた。

フォロワーはとうとう1000人を超えている。

描いた五つの作品のうち四つを投稿し、残るひとつ――大作はクリスマスにアップする予定だ。

「それをね、大学の先生、知ってたみたい。後から顧問の野木先生に聞いたんだけど」

「そうなの?」

「直接的な影響はなかったかもしれないけど、ヘスス・エンリケや日下雫がフォロワーにいたのは少しは選考に有利に働いたかもって」

「そっか、力になれたのならほんとに嬉しい」

俺は、そっとテーブルの上の咲良の手に自分の手を重ねた。

ひんやりとしたその手が、少しだけ力を入れて握り返してくる。

咲良はくすぐったそうに笑い、目尻をふんわりと下げた。

そのとき――

「おお、いいねー、若者」

バイトの先輩・風夏かなさんが、なぜか隣の椅子を持ってきて堂々と腰を下ろした。

「先輩、バイト中じゃ……」

「こんにちは、咲良さん」

「……あ、はい、こんにちは」

咲良は少し驚きつつも、丁寧に挨拶を返す。

風夏さんは俺には目もくれず、ニコニコと咲良だけを見つめている。

「悠真くんの自慢の彼女に、咲良さんの自慢の彼氏か」

俺と咲良の顔が鏡のように赤くなる。

「チンしすぎたマグカップみたい」

突拍子もない例えが、また出た。

「優しい膜が、悠真くん」

「え?」

俺の思考が停止していると、咲良がふっと笑いながら返す。

何この会話……。

「うんうん、そんな感じ。咲良さんわかるねー」

何が……だろ?

「風夏さんは、どちらの大学ですか?」

「うーん、都の外れの外れ、お絵描き好きが集いし学び舎」

「え?」

俺と咲良の声がぴたりと重なる。

「東美、ですか?」

「ああ、そうともいうかも」

風夏さんは、人差し指を顎に当て首を傾げた。

「あれ?春川くんには言わなかったか?」

「……すみません、忘れてました」

記憶をたぐると、確かに以前にそんな話を聞いた気がする。

でも、すっかり抜けていた。

「うんうん、それでいい、君は咲良さんだけ見とけば、それでいい」

咲良はまたも顔を赤くして、少しだけ俯く。

「私、来年からお世話になるんで……」

「そうなんだー、話し分かるって思ったんよ」

嬉しそうに笑う風夏さん。

カラン、カラン。

入口のドアベルが鳴り、新しい客がひとり入ってくる。

ふと視線を感じて振り返ると、風夏さんがウィンクを投げていた。

俺が戸惑って首を傾げると、咲良もなぜか同じようにウィンクを返してきて、二人してくすくす笑っている。

カウンターのマスターが、何か言いたげに俺を手招きした。

席を立ち、近づくと――

「よろしくー」

俺の胸元に、伝票をぐいっと押しつけてきた。

風夏さんの代わりにオーダーを取れ、ということらしい。

これは時給発生するのだろうか?

そんなことを思いつつ、注文を聞いて戻ると、マスターがちらっと俺を見て小さく顎を引いた。

それは、「こっち来い」という合図だった。

「……風夏なんだが、今年の夏に恋人が事故死してな」

マスターは作業の手を止めず、低い声でぽつりと呟いた。

まるで他愛ない雑談のように。

「え……」

「……久しぶりに見たよ、あんな楽しそうな姿」

「そう、だったんです……か」

夏といえば、俺が咲良と会えず塞ぎ込んでいた頃。

そんな時でも、風夏さんは俺を励ましてくれていた。

自分は恋人と永遠に会えないというのに。

咲良と話す風夏さんの表情は、何かが吹き飛んだみたいな爽やかな秋空のようだった。

そんな、風夏さんの笑顔を見ていたら――

俺たちの小さな今が、誰かの支えにもなってるんだ。

そんな風に思えた。

お読み頂きありがとうございます_(._.)_。

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