意外な事実?
クリスマスも近くなったある日の午後。
俺は咲良を連れて、バイト先のカフェに来ていた。
店内はどこも赤や緑の装飾を施され、天井からは金と銀のリボンが揺れている。
カウンターの奥から流れる洋楽は、落ち着いたテンポのクリスマスソング。
ほんのりと甘いシナモンの香りが漂い、静かな午後を包み込んでいた。
客は自分たち以外に数組ほど。
ソファ席で寄り添うカップルや、窓際で読書をする女性。
それぞれが静かな時間を楽しんでいる。
咲良は、東都美術大学――通称、東美/TUA(Tokyo University of Arts & Aesthetics)に無事合格していた。
芸術の分野では全国でも名の知れた大学らしい。
今日の咲良は、青のざっくりとしたタートルセーターに、黒のロングスカート。
髪を後ろで、まとめ上げられている。
そんな咲良は、頬にかかる、ほつれ毛を気にしながらケーキを口に運ぶ。
「おいしいね」
微笑む咲良の声は、ほんの少しだけ甘さが混じっていた。
「咲良のが……」
思わず呟いてしまった言葉。
咲良はキリっと、瞬時に目を細めじーっとこっちを見つめる。
「今、なんて……?」
「え?あ、美味しいねケーキ」
見惚れていたら、思わぬことを口走っていた。
「うん。これで、少しは気も休まるかも」
肩を一回すくめて、はにかみ、咲良がケーキの皿を少し回す。
上手く誤魔化せたようだ。
「でも、すごいな」
「ううん、悠真くんのお陰だよ」
咲良は首を横に振りながら、まっすぐこちらを見て微笑んだ。
「そう?やっぱり」
ちょっと照れ隠しの冗談を混ぜたが、咲良にはあまり響かなかったらしく、引きつった笑みひとつ。
「もう、インスタだよ。インスタやろうっていってくれたでしょ?」
「ああ……」
あれから咲良のインスタは一気に伸びた。
フォロワーはとうとう1000人を超えている。
描いた五つの作品のうち四つを投稿し、残るひとつ――大作はクリスマスにアップする予定だ。
「それをね、大学の先生、知ってたみたい。後から顧問の野木先生に聞いたんだけど」
「そうなの?」
「直接的な影響はなかったかもしれないけど、ヘスス・エンリケや日下雫がフォロワーにいたのは少しは選考に有利に働いたかもって」
「そっか、力になれたのならほんとに嬉しい」
俺は、そっとテーブルの上の咲良の手に自分の手を重ねた。
ひんやりとしたその手が、少しだけ力を入れて握り返してくる。
咲良はくすぐったそうに笑い、目尻をふんわりと下げた。
そのとき――
「おお、いいねー、若者」
バイトの先輩・風夏さんが、なぜか隣の椅子を持ってきて堂々と腰を下ろした。
「先輩、バイト中じゃ……」
「こんにちは、咲良さん」
「……あ、はい、こんにちは」
咲良は少し驚きつつも、丁寧に挨拶を返す。
風夏さんは俺には目もくれず、ニコニコと咲良だけを見つめている。
「悠真くんの自慢の彼女に、咲良さんの自慢の彼氏か」
俺と咲良の顔が鏡のように赤くなる。
「チンしすぎたマグカップみたい」
突拍子もない例えが、また出た。
「優しい膜が、悠真くん」
「え?」
俺の思考が停止していると、咲良がふっと笑いながら返す。
何この会話……。
「うんうん、そんな感じ。咲良さんわかるねー」
何が……だろ?
「風夏さんは、どちらの大学ですか?」
「うーん、都の外れの外れ、お絵描き好きが集いし学び舎」
「え?」
俺と咲良の声がぴたりと重なる。
「東美、ですか?」
「ああ、そうともいうかも」
風夏さんは、人差し指を顎に当て首を傾げた。
「あれ?春川くんには言わなかったか?」
「……すみません、忘れてました」
記憶をたぐると、確かに以前にそんな話を聞いた気がする。
でも、すっかり抜けていた。
「うんうん、それでいい、君は咲良さんだけ見とけば、それでいい」
咲良はまたも顔を赤くして、少しだけ俯く。
「私、来年からお世話になるんで……」
「そうなんだー、話し分かるって思ったんよ」
嬉しそうに笑う風夏さん。
カラン、カラン。
入口のドアベルが鳴り、新しい客がひとり入ってくる。
ふと視線を感じて振り返ると、風夏さんがウィンクを投げていた。
俺が戸惑って首を傾げると、咲良もなぜか同じようにウィンクを返してきて、二人してくすくす笑っている。
カウンターのマスターが、何か言いたげに俺を手招きした。
席を立ち、近づくと――
「よろしくー」
俺の胸元に、伝票をぐいっと押しつけてきた。
風夏さんの代わりにオーダーを取れ、ということらしい。
これは時給発生するのだろうか?
そんなことを思いつつ、注文を聞いて戻ると、マスターがちらっと俺を見て小さく顎を引いた。
それは、「こっち来い」という合図だった。
「……風夏なんだが、今年の夏に恋人が事故死してな」
マスターは作業の手を止めず、低い声でぽつりと呟いた。
まるで他愛ない雑談のように。
「え……」
「……久しぶりに見たよ、あんな楽しそうな姿」
「そう、だったんです……か」
夏といえば、俺が咲良と会えず塞ぎ込んでいた頃。
そんな時でも、風夏さんは俺を励ましてくれていた。
自分は恋人と永遠に会えないというのに。
咲良と話す風夏さんの表情は、何かが吹き飛んだみたいな爽やかな秋空のようだった。
そんな、風夏さんの笑顔を見ていたら――
俺たちの小さな今が、誰かの支えにもなってるんだ。
そんな風に思えた。
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