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ただ、君を見ていた。  作者: ぽんこつ


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32/37

ご主人様は、ひとりでいい。

文化祭まで、あと数日。

放課後の教室は、準備のためにざわざわしていた。

でも、俺と咲良は――

たまたま、いや、咲良が「手伝って」と言ってきたから、二人で美術室の備品を整理することになった。

「こっちの棚、使えるか確認するから、中の紙出してもらえる?」

「はい」

咲良は慣れた感じで、静かに指示を出してくる。

だけど俺にはわかる。

声のトーンがほんの少しやわらかくて、きっとこれも“咲良なりの甘さ”なんだ。

そんなとき――

「これ、サイズ合うかな……」

咲良が、段ボールから取り出したのは――

どう見てもメイド服だった。

「……え?」

「カフェで使うらしい。しかも、“急に来られなくなった子の代わり”にって、担任に言われて」

「咲良が着るの?」

「着たくない。けど……仕方ない」

「……」

「着替える……のぞいちゃダメだから……」

そう言いながら、咲良はちらっと俺の顔を見たあと、静かに服を持って準備室のカーテンの奥へと消えた。

待つ間、心臓の音がうるさすぎる。

メイド服の咲良……想像するだけで、息が止まりそうだ。

数分後――

「……変じゃ、ない?」

カーテンの隙間から、咲良が姿を現した。あの時みたいに直立不動。

俺も……固まった。

黒のフリルと白のエプロン。長い黒髪に、猫耳カチューシャまでついてる!

「……かわいい、似合ってる」

その言葉に、咲良の顔が一気に赤くなる。

じっと見つめてしまう俺の視線を感じたのか。

「……っ、ちょっと」

咲良は慌てたようにスカートの裾を押さえた。

「……ごめん。でもほんとに、すごく綺麗で」

「……バカ」

咲良は顔をそむけながら、ぽつりとこぼす。

髪を耳に掛け、スカートの裾を指でいじっている。

「……変じゃなかったなら、当日も……がんばれるかも」

聞き取れないほどの小さな声。

「えっ?」

「……なんでもない」

その言葉に、なぜか俺の胸がぎゅっとなった。

帰り際、私服に着替えた咲良が、ふいに聞いたきた。

「……ああいう格好、悠真くん、好き?」

「……え?ああ、嫌いじゃないかな」

さっきの姿が頭の中によみがえり、恥ずかしさを誤魔化すために頭の後ろを掻く。

「悠真くんの前でだけなら、いいかも」

また、あの姿が頭の中に浮かぶ。

これが、咲良なりの“ごほうび”だったんだと思う。

俺は言葉にできず、ただ、頷くしかなかった。

キーンコーン、カーンコーン。

チャイムが俺のご褒美を消していった。


文化祭当日――

メイドカフェは大盛況だった。

全校生徒が集まってるんじゃないかと思うほどの賑わい。

どこかのテーマパークのような待ち時間。

みんなの目当ては――

そう、メイド服姿の咲良。

氷の女王と呼ばれていた咲良が猫耳をつけてメイド服。

カフェが始まるやいなや、アッと言う間に拡散してこの人だかりという訳だ。

咲良はひきっつた笑顔で頑張っていた。

かなり、見世物みたいで嫌だったけど。

自分に出来ることは、終わった後に優しくするぐらいしかない。

でも、意地悪じゃなくて、かわいいからもちろん写真は撮ったけど。

昼前には用意していた食材がなくなり。

メイドカフェは店仕舞いとなる。

後片付けを手伝い終えて、人混みから離れるように、美術部の部室に向かった。

「お疲れ様、咲良」

「うん、疲れた。あんなに来るなんて聞いてなかった……」

まあ、そりゃあそうだよね。

みんなの目的は咲良だった訳だから。

でも、隣を歩くメイド服姿の咲良をしっかり目に焼き付けておく。

咲良は思い出したかのように猫耳のカチューシャを外した。

ちょっと残念。

「もう帰りたいな……」

咲良がぽつりとつぶやいたとき、俺は咄嗟に返していた。

「じゃあ、逃げる?」

咲良が、こちらを一瞬だけ見上げて、眉をほんの少しだけ上げる。

「……文化祭、ほったらかして?」

「うん。ちょっとだけ、サボろう」

「……悠真くんがそう言うなら、仕方ないね」

咲良はふっと小さく笑う。

人の気配のない裏庭の方へまわって、誰もいないベンチに並んで座る。

着替える時間もないままの咲良は、まだメイド服姿だった。

さっきより風が強くて、スカートの裾を押さえながら、咲良が肩をすくめる。

「……寒い?」

「少しだけ」

俺は躊躇いながら、ジャージの上着を肩に掛けた。

咲良は拒まなかった。

むしろ、そっとその端を握り、肩をすり寄せてきた。

「今日ね、何回か思ったの。……逃げたいって」

「みんなの目がすごくて、なんか、舞台の上に立たされてるみたいで」

「でも――」

そこで、咲良は少し言葉を止めた。

風が咲良の髪をゆるく撫でていく。

長い髪のあいだから、ちらりと俺の方を見て。

「でも、見てくれてる人が……ひとりだけでいいって、思えた」

「他の誰でもなくて、悠真くんが見ててくれたら、それでいいの」

俺は返す言葉を探したけど、うまく見つからなくて。

代わりに、そっと手を重ねた。

咲良はその手を、ぎゅっと握り返してくれる。

「……私、ああいうの着るの、本当は恥ずかしかった。でも、着てみようって思えたのは……悠真くんがいたから」

「俺のため、なの?」

「うん……見せたかったから」

顔を伏せながら、小さな声でそう言う咲良の耳が、真っ赤になっているのがわかった。

「……めちゃくちゃ嬉しい」

素直に伝えておく。

「あのさ、写真撮ってもいい?」

「え……?いいけど」

そっと猫耳のカチューシャを、咲良は俺に差し出す。

「?」

俺は自分を指さしてみせる。

咲良は唇を噛みしめながら、いたずらっぽく笑う。

俺はそれを受け取り、おそるおそる頭にのせる。

手を伸ばした咲良が、少しだけ近づいて位置を整えてくれる。

「フフ、悠真くん、かわいい」

その一言に、カチューシャの存在以上に、顔が熱くなる。

「……それ、絶対俺の反応わかって言ったでしょ」

「かもね」

にやっと笑った咲良の横で、

「にゃー」

と、いつの間にか現れていた猫が、目の前で長いしっぽを揺らしていた。

お読み頂きありがとうございます_(._.)_。

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