ご主人様は、ひとりでいい。
文化祭まで、あと数日。
放課後の教室は、準備のためにざわざわしていた。
でも、俺と咲良は――
たまたま、いや、咲良が「手伝って」と言ってきたから、二人で美術室の備品を整理することになった。
「こっちの棚、使えるか確認するから、中の紙出してもらえる?」
「はい」
咲良は慣れた感じで、静かに指示を出してくる。
だけど俺にはわかる。
声のトーンがほんの少しやわらかくて、きっとこれも“咲良なりの甘さ”なんだ。
そんなとき――
「これ、サイズ合うかな……」
咲良が、段ボールから取り出したのは――
どう見てもメイド服だった。
「……え?」
「カフェで使うらしい。しかも、“急に来られなくなった子の代わり”にって、担任に言われて」
「咲良が着るの?」
「着たくない。けど……仕方ない」
「……」
「着替える……のぞいちゃダメだから……」
そう言いながら、咲良はちらっと俺の顔を見たあと、静かに服を持って準備室のカーテンの奥へと消えた。
待つ間、心臓の音がうるさすぎる。
メイド服の咲良……想像するだけで、息が止まりそうだ。
数分後――
「……変じゃ、ない?」
カーテンの隙間から、咲良が姿を現した。あの時みたいに直立不動。
俺も……固まった。
黒のフリルと白のエプロン。長い黒髪に、猫耳カチューシャまでついてる!
「……かわいい、似合ってる」
その言葉に、咲良の顔が一気に赤くなる。
じっと見つめてしまう俺の視線を感じたのか。
「……っ、ちょっと」
咲良は慌てたようにスカートの裾を押さえた。
「……ごめん。でもほんとに、すごく綺麗で」
「……バカ」
咲良は顔をそむけながら、ぽつりとこぼす。
髪を耳に掛け、スカートの裾を指でいじっている。
「……変じゃなかったなら、当日も……がんばれるかも」
聞き取れないほどの小さな声。
「えっ?」
「……なんでもない」
その言葉に、なぜか俺の胸がぎゅっとなった。
帰り際、私服に着替えた咲良が、ふいに聞いたきた。
「……ああいう格好、悠真くん、好き?」
「……え?ああ、嫌いじゃないかな」
さっきの姿が頭の中によみがえり、恥ずかしさを誤魔化すために頭の後ろを掻く。
「悠真くんの前でだけなら、いいかも」
また、あの姿が頭の中に浮かぶ。
これが、咲良なりの“ごほうび”だったんだと思う。
俺は言葉にできず、ただ、頷くしかなかった。
キーンコーン、カーンコーン。
チャイムが俺のご褒美を消していった。
文化祭当日――
メイドカフェは大盛況だった。
全校生徒が集まってるんじゃないかと思うほどの賑わい。
どこかのテーマパークのような待ち時間。
みんなの目当ては――
そう、メイド服姿の咲良。
氷の女王と呼ばれていた咲良が猫耳をつけてメイド服。
カフェが始まるやいなや、アッと言う間に拡散してこの人だかりという訳だ。
咲良はひきっつた笑顔で頑張っていた。
かなり、見世物みたいで嫌だったけど。
自分に出来ることは、終わった後に優しくするぐらいしかない。
でも、意地悪じゃなくて、かわいいからもちろん写真は撮ったけど。
昼前には用意していた食材がなくなり。
メイドカフェは店仕舞いとなる。
後片付けを手伝い終えて、人混みから離れるように、美術部の部室に向かった。
「お疲れ様、咲良」
「うん、疲れた。あんなに来るなんて聞いてなかった……」
まあ、そりゃあそうだよね。
みんなの目的は咲良だった訳だから。
でも、隣を歩くメイド服姿の咲良をしっかり目に焼き付けておく。
咲良は思い出したかのように猫耳のカチューシャを外した。
ちょっと残念。
「もう帰りたいな……」
咲良がぽつりとつぶやいたとき、俺は咄嗟に返していた。
「じゃあ、逃げる?」
咲良が、こちらを一瞬だけ見上げて、眉をほんの少しだけ上げる。
「……文化祭、ほったらかして?」
「うん。ちょっとだけ、サボろう」
「……悠真くんがそう言うなら、仕方ないね」
咲良はふっと小さく笑う。
人の気配のない裏庭の方へまわって、誰もいないベンチに並んで座る。
着替える時間もないままの咲良は、まだメイド服姿だった。
さっきより風が強くて、スカートの裾を押さえながら、咲良が肩をすくめる。
「……寒い?」
「少しだけ」
俺は躊躇いながら、ジャージの上着を肩に掛けた。
咲良は拒まなかった。
むしろ、そっとその端を握り、肩をすり寄せてきた。
「今日ね、何回か思ったの。……逃げたいって」
「みんなの目がすごくて、なんか、舞台の上に立たされてるみたいで」
「でも――」
そこで、咲良は少し言葉を止めた。
風が咲良の髪をゆるく撫でていく。
長い髪のあいだから、ちらりと俺の方を見て。
「でも、見てくれてる人が……ひとりだけでいいって、思えた」
「他の誰でもなくて、悠真くんが見ててくれたら、それでいいの」
俺は返す言葉を探したけど、うまく見つからなくて。
代わりに、そっと手を重ねた。
咲良はその手を、ぎゅっと握り返してくれる。
「……私、ああいうの着るの、本当は恥ずかしかった。でも、着てみようって思えたのは……悠真くんがいたから」
「俺のため、なの?」
「うん……見せたかったから」
顔を伏せながら、小さな声でそう言う咲良の耳が、真っ赤になっているのがわかった。
「……めちゃくちゃ嬉しい」
素直に伝えておく。
「あのさ、写真撮ってもいい?」
「え……?いいけど」
そっと猫耳のカチューシャを、咲良は俺に差し出す。
「?」
俺は自分を指さしてみせる。
咲良は唇を噛みしめながら、いたずらっぽく笑う。
俺はそれを受け取り、おそるおそる頭にのせる。
手を伸ばした咲良が、少しだけ近づいて位置を整えてくれる。
「フフ、悠真くん、かわいい」
その一言に、カチューシャの存在以上に、顔が熱くなる。
「……それ、絶対俺の反応わかって言ったでしょ」
「かもね」
にやっと笑った咲良の横で、
「にゃー」
と、いつの間にか現れていた猫が、目の前で長いしっぽを揺らしていた。
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