一緒に帰りましょう♪
陽が落ちるのも早くなってきて、西の空は柔らかな黄色に染まっていた。
部活が終わる時間には少し早く、でも咲良のことだから、美術室にはもういないだろうと思っていた。
『……今、大丈夫?』
それだけの短いメッセージ。
「大丈夫、どこにいる?」
『見晴らしの、良いところ』
なぞかけのような返信に、少し頬をあげる。
下駄箱で靴に履き替えて、場所の指定もないまま、俺はふと駅の方角へ歩き出す。
なんとなく、どこにいるか分かる気がしていた。
そういう勘だけは、不思議と外れない。
通学路から逸れて、坂をのぼった先にある小さな公園。
咲良の姿を見つけると、それだけで笑顔になる。
ベンチの端に、脚を揃えて、バッグを抱え、背中を少し丸めて座る咲良。
その視線は、静かに空を仰いでいた。
夕焼けは、まだ残っていたけど、もう肌寒い。
「……咲良」
俺が声をかけると、ゆっくりとこちらを振り返って、小さく笑った。
「来てくれて、ありがとう」
どこか、いつもと違う咲良だった。
笑ってるけど、その目の奥がほんのり赤い。
俺は隣に座ると、少しだけ距離を詰めた。
「発表、今日だったよね?……あのコンクール……YOUTH ART PRIZE」
咲良は、指を組んだまま、小さくうなずいた。
「……どう、だった?」
風に舞った落ち葉が、カサカサと足元を横切っていく。
「……優秀賞、だった」
少し間をあけて、言葉が届く。
「すごい!……咲良、本当に……」
言葉が追いつかないくらい、嬉しかった。
あれだけ頑張って、描いて、仕上げて、出して。
それがちゃんと、届いたんだ。
「……ありがとう」
咲良は、俺の手の甲にそっと自分の手を乗せてきた。
その指先は、いつもよりほんの少しだけ震えていた。
「絵ってね……光と影でできてるの」
「だから、光に近づこうとすればするほど、自分の中の影の部分がはっきりするの」
咲良の声は穏やかだった。
「それでも描きたかった。ちゃんと影も、自分のものとして描けるようになりたかった」
「悠真くんが、ずっと……ちゃんと見てくれてたから、怖くなかった」
言葉のひとつひとつが、まるで描線みたいに、俺の中に静かに染みてくる。
心がゆっくり満たされていくような気がした。
俺は、咲良の手を包むように握り返す。
その手のひらの温度と、指先の繊細な感触が、なによりもまっすぐに伝わってくる。
「……咲良の絵がすごかったから、ちゃんと届いたんだよ。それと俺がいるからでしょ?」
ほんの少しだけ、咲良が息を飲む音が聞こえた。
「もう……」
そして、声に出しながら笑う。
「……そういうとこ、ずるいよ」
目を伏せて、でも顔は少し赤くなってて。
咲良は、ほんのちょっとだけ、首を傾げて。
「――ありがとう」
やさしい声だった。
夕焼けが、ふたりの影を、長く長く伸ばしていた。
ベンチの背にもたれて、咲良は小さく息をついた。
ふと、肩が触れる。
咲良が、俺の方に寄りかかるように体を預けてきていた。
いつもなら、きっと戸惑ってしまう距離。
でも今は、自然だった。
「……こうしてるとね、落ち着くの」
かすかに聞こえた声。
「今日一日、どこかふわふわしてて……でも、悠真くんの隣にいると、ちゃんと“今”に戻れる気がする」
俺は答えの代わりに、そっと咲良の肩を引き寄せた。
黙って身を預ける、咲良の髪が風に吹かれて頬にかかる。
それを払うように横を向くと、目の前に、咲良の横顔があった。
長いまつげ、少し赤く染まった頬。
そして、言葉の名残を残す唇に、思わず目が止まる。
咲良が、こちらを見上げた。
その目が、俺をまっすぐに捉えて――。
……もう少しだけ、近づいたら。
きっと、触れてしまう。
「……え、っと」
咲良が、視線を泳がせながら、そっと指先で髪を耳に流す。
……照れてる。
俺もだけど……。
でも、繋いでいた手は離さなかった。
咲良が目を閉じる。
触れ合うだけのキス。
満たされていく感覚。
これが幸せなのだろうか。
咲良の指が、俺の指を、きゅっと握り返してくれる。
キスが終わる。
息がかかるほどの距離。
「……今日は、もう少しだけ、一緒にいてもいい?」
「うん」
「帰り道、ちょっと遠回りしても……怒らない?」
「怒るわけ、ないだろ」
そうだ、こういう時の為にバイトしてるんじゃないか!
「じゃあ、咲良が優秀賞を取ったお祝い、しよう!」
「お祝いって?」
「御馳走する」
「え、悪いよ……」
「任せて」
俺はポンと胸を叩いて見せる。
「じゃあ、悠真くん何食べたい?」
「いやいや、主役は俺じゃないよ」
「でも……」
「じゃあ、せーので言ってみよう食べたいもの」
「……うん」
「いくよ、せーの」
「お寿司」
「焼肉!」
一瞬の沈黙のあと、顔を見合わせて、ふたりで笑った。
カアカカと、カラスが赤く染まった空を横切っていった。
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