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ただ、君を見ていた。  作者: ぽんこつ


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やっぱり

放課後の校舎は、少し静かだった。

推薦を目指す三年生だけが残っているこの時間、教室の灯りはまばらで、廊下の音がやけに響く。

俺は進路調査票の提出を先延ばしにしたまま、昇降口から戻ってきた。

まだ何も書けてない。

カメラを仕事にしたいと思うようになったのは最近だけど、それをどう言葉にしていいのかわからない。

「……悠真くん」

階段の途中で立ち止まっていた俺に、背後から聞き慣れた声が届く。

振り返ると、咲良がいた。

茶封筒を胸に抱えていて、いつもの制服のまま。

シャツの袖を少し折り返して、指先が見えてる。

「志望理由書、出してきた」

そう言って小さく笑う咲良の目元には、うっすらと疲れがにじんでいた。

「そっか。お疲れ」

そう返した俺に、咲良はほんの少し視線を揺らしてから言った。

「……がんばってるふり。できるようになったの、最近」

「ふり?」

「……ちゃんとがんばれてるか、自信ないって意味」

少しだけ俯いた横顔に、言いようのない思いが湧く。

咲良は本当に努力している。

だけど、それを表に出すのが苦手で、こんな風にしか言えない。

「咲良は、すごいと思うよ。俺……正直まだ、何も書けてない」

それが本当の気持ちだった。

「進路調査票、出してないんだ。俺、まだ……何になりたいか、ちゃんと決められてないから」

ふと口にした言葉に、自分でも少し驚いた。

でも、咲良はそれを否定も肯定もせずに、ただじっとこちらを見ていた。

やがて、ふと歩み寄ってきて——

俺の手を、取った。

「……咲良?」

「こっち」

そして。咲良はそっと俺の手を引いた。

戸惑いながらもついていくと、人気のない廊下の奥、窓際にたどり着いた。

「……悠真くんって、そういうとき、すぐ自分のこと下に見るよね」

そう言って、正面に立った咲良が俺の手を離さず見上げる。

俺が視線を合わせようとすると、咲良はほんの一歩だけ近づいて、俺の手を力強く握った。

「……私は、君のこと、ちゃんと見てるよ」

言葉の温度に、思わず息を止めた。

俺が何か言おうとすると、咲良は一瞬だけ躊躇って、けれど続けた。

「——私、悠真くんに言ったでしょ。『君じゃなきゃだめ』って」

静かに、けれど強い声だった。

「カメラのこと、進路のこと、悩んでるのも……でもそれ以上に、私をちゃんと見てくれてるのも、知ってる。私の心まで、すくい上げてくれるような、そんな風に」

咲良の目は、どこか切なげで、それでもまっすぐだった。

「何かをしている悠真くんがほしいんじゃない。……私には、悠真くんがいてくれたら、それだけでいいの。ずっとそこにいてくれるなら、私は前を向けるから」

その言葉は、どんな理屈よりも強く、俺の胸に落ちた。

咲良は俺を“必要”としてくれている。

俺の存在そのものを、心の支えとして。

「……俺、まだはっきり答えは出せないけど」

「うん」

「でも、咲良の隣にいたいって気持ちは、ちゃんとある」

「それで、充分」

咲良が、俺の手をぎゅっと握ったまま、小さく微笑んだ。

しっかりと俺を見つめる。

どこか照れてるような、でも真っ直ぐな微笑みに、思わずドキッとした。

咲良はスッと手を離すと、白い指先が、制服の袖口をぎゅっと握る。

その仕草が、やっぱり、可愛く見えて——

咲良の髪がふわりと揺れて、ほんのり甘い香りを吸い込んだ。

そして、咲良の手が俺の胸に添えられた。

「ありがとう、悠真くん。……きっと、私のこと考えてくれてたんだよね」

聴診器のように、咲良の手には俺の鼓動が届いているはずだ。

「でもね、遠慮しなくていいから、私、悠真くんの彼女だよ」

俺の真下から上目遣いにこっちを見る瞳。

曇りのない大きな瞳、まつ毛が僅かに震えていた。

女の子って、すごいな……

そう思ったときにはもう、鼓動が静かに大きくなっていた。

「……俺さ」

「うん」

「咲良のこと、ちゃんと守れる大人になりたい」

そう口にしたら、咲良はまた少しだけ頬を染める。

恥ずかしそうに一度俺を見つめて、視線を逸らすと、スッと手を引いた。

そして茶封筒を両手で抱える。

──気づけば、夕暮れが差し込んでいた。

廊下のガラス越しに伸びるふたりの影が、ふと重なる。

「……悠真くん」

「ん?」

「私のとなりには、ずっと悠真くんがいてほしい」

そのまま、咲良は小さく背伸びしかけて——

やめた。

照れくさそうに笑った顔が、夕焼けの色に染まっていた。

「ここじゃ、無理、お預けだね」

肩をすぼめてはにかむ咲良。

またひからびたパンになるとこだった。

咲良はちゃんと伝えていてくれたのに、一人で勝手に悩んでいた。

ちゃんと言葉にして伝えないと。

分かっていたのに。

「俺もちゃんと書かないとな……」

「一緒に、考えるよ」

「ああ、ありがとう」

「なんか、今日の私、お姉さんぽいね」

耳に髪をかけながら、すました顔をする咲良のほっぺにそっとキスをした。

「……もう、ずるい」

咲良は唇を噛みしめ、少しだけ笑った。

お読み頂きありがとうございます_(._.)_。

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