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ただ、君を見ていた。  作者: ぽんこつ


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手の中で想うこと

学校を後にした俺たちは、駅の反対側にあるファミレスに向かった。

一番二人で会っている場所。

一番奥の窓際の席。

昼食も兼ねて二人の時間を味わう。

デザートを食べ終えた頃を見計らって。

スマホの画面にインスタグラムを映し出す。

初投稿からもう少しで2週間。

作品を紹介・リポストしてくれるアカウントが取り上げてくれたのが影響したのかフォロワーは200人を超えた。

「咲良、インスタ見てみな、忙しくてのぞけてないんでしょ?」

「うん」

咲良は両手でそっとスマホを受け取ると、目と口を丸くした。

「え?こんなに増えてるの?」

「ああ、なんか投稿を紹介してくれるアカウントがあってね、そこで取り上げられるとより多くの人の目に届くみたい」

「へー。コメントもたくさんだね、ありがとうだね」

「うん、一応、俺の方で全部にグッドボタンは押してるけど、咲良に余裕が出来たら、コメント返したらいいよ」

「全部に返せるかな」

「いやいや全部じゃなくていいんだよ、気になるコメントだけで」

「そうなの?」

「うん、全然いいと思う、それが仕事じゃないし、全部に返してたら何も出来なくなっちゃうよ」

「そうだね」

「咲良、コメントの最初の方、見て」

「?」

咲良はスマホの画面の上を人差し指を滑らせスクロールさせる。

ピタッと指が止まった。

ああ、やっぱり分かるんだ。

知ってるんだ。

画面を凝視して固まっている。

それもそれで、かわいいからずっと見ていたくなる。

カチャ。

グラスの中の氷の音。

咲良はぴくっと体が小さく跳ねて俺の方を見た。

俺はゆっくりと頷く。

「本物……だよね?」

「うん、ヘスス・エンリケ本人だよ」

「信じられない……」

「俺は、今回初めて知ったけど、驚いたよ、だから彼を知ってる咲良の驚きがどれほどのものか想像くらいはできる」

「……これも悠真くんのお陰だね」

「いやいや、咲良の絵があってこそだろ」

「コメント返してもいいかな?」

「いいと思う」

咲良は宝物でも持ってるかのように、スマホを両手で包み込みながらコメントを打ち始めた。

そんな様子を眺めているだけで、幸せに思える俺は、じじくさいのだろうか。

「ふうー」

声に出して息を吐いた咲良はスマホを俺に返そうとする。

それを俺は両手を前に出して遮る。

不思議そうに小首を傾げる咲良。

「DM見てみて、全部じゃなくていいから、咲良なら分かるから」

さらに首を傾げながらも、咲良はスマホを操作する。

人差し指が跳ね、やがてピタリと止まる。

片手が自然と口に元に添えられる。

瞳が動く、文字を追っているのが分かる。

『初めまして。

日下雫と申します。

あなたの作品、じっと見ていました。

たった一枚しかないのに、目を離せなかった。

描くために沈黙してきた時間が、きっとたくさんあったんだろうと思います。

勝手ながら、この絵の前で、少しのあいだ立ち止まりたくなりました。

また描いたら、見せてくれませんか。

言葉も、絵も、あなたの中に宿っているのがわかるから。

迷惑だったら、どうか気にしないでくださいね。

       日下雫』

「どうしよう……」

手が小刻みに震えている。

この期に至って、動揺する咲良すら、もうかわいいくて仕方ない。

「返信しな、咲良が思った言葉でいいと思う」

「……ああ、そうか」

気を取り直したのか、体を揺すって座り直すと、咲良は目を閉じて片手を胸に添える。

何回か深呼吸を繰り返し。

ゆっくりと目を開けた。

そして、指を動かす。

キャンバスに向かって筆を走らせてる時のように迷いのない動きだった。

「見て」

「え?いいの?」

「うん」

『日下雫様。

初めまして、美波咲良です。

突然のメッセージ、本当にありがとうございます。

信じられなくて、何度も読み返してしまいました。

私は、日下さんの絵も、詩も、ずっと憧れでした。

高校に入ってから、何度も作品集を開いてきました。

私の絵のために立ち止まる時間をくださったこと、

また、という機会を投げかけてくださったこと、

ありがとうございます。

見つけてもらえて、本当に光栄です。

次の作品も、また、見ていただけたら嬉しいです。

      美波咲良』

「咲良らしくていいと思う」

「ありがとう」

咲良は差し出したスマホを両手で押し頂くように受け取る。

そして、唇を嚙みながら俺を見て微笑むと、ポンと人差し指で画面をタップする。

「ありがとう。悠真くん」

「よかったね、咲良」

咲良はそっとスマホを俺の前に置いた。

「なんか、嘘みたいだね」

テーブルの上の咲良の指が目的もなく彷徨う。

「すごいよ、咲良」

俺はその手を両手で包み込む。

咲良の人生の中で、こんなにも特別な瞬間に、俺がそばにいる。

それだけで、胸が熱くなる。

こんなふうに、これからも隣にいたいと思った。

窓から差し込む光が、二人の手を淡く照らす。

俺は——

咲良のそばにいて、手を握って、こうして笑い合っている。

それだけで、幸せで、誇らしくて……でも。

「俺は……これから、どうしたいんだろう」

ふと、そんな言葉が頭の片隅で、静かに湧き上がっていた。

嬉しそうに、伏し目がちに俺を見つめる咲良の笑顔。

普段と変わらない、むしろそれ以上のほほ笑みなのに。

俺の中に突如として現れた自問の余波が、少しだけほんの少しだけ、咲良の笑顔を霞ませていた。

お読み頂きありがとうございます_(._.)_。

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