向こう側で
第一弾の咲良の絵を投稿してから、ちょうど一週間。
夕方までのバイトから帰って、熱を持った体をガンガンに効かせたエアコンで冷ましている。
ベッドに仰向けで横になりスマホを開く。
インスタグラムの通知の数がまた少し増えていた。
「いいね」だけでもすでに三桁を超えていて、フォロワーは九十八人。
たぶん、今日中に百を越える。
その数字よりも驚いたのは、コメント欄の内容だった。
「一目でファンになりました」「なんかいい。とてもいい。色使い、構図」
日本語のコメントは勿論だけど。
「Beautiful work」「Your art is so touching」「I love your colors」
ほとんどが英語。
名前を見ると、海外のアカウントが半分以上。
咲良の絵が、こんなふうに世界のどこかの人にまで届くなんて、正直、最初は想像もしてなかった。
──でも、今は素直に思う。
咲良の描く世界は、本物なんだって。
しかも、タグ付けした、作品を紹介・リポストしてくれるアカウントのいくつかが取り上げてくれていた。
#illustration_daily_daily #japanese_art_official #arts_help #illustrators_on_instagram。
そこのアカウント内でも、多数のコメントが付いていた。
咲良には、まだそれを伝えていない。
インスタのプロフィール欄には、あらかじめ「多忙につきDM、コメントへの返信はできません」と書いておいにもかかわらず、毎日数件ずつコメントは増えている。
俺は通知を確認しながら、せめてもの返事に、グッドボタンを一つずつ押していく。
取り上げてくれたアカウント内のコメントにも同じように。
コメントを読みながら、外国語は翻訳しながら、それだけでも相応の時間を要した。
でも、丁寧に対応したい。
ひとつひとつの言葉が、咲良の絵を見て感動した人からの声だから。
同じ高校生、同年代で趣味でイラストを描いてる女の子からのコメントが一番多いようだった。
そんな、絵からの繋がりかと思えば、本を書いている人や写真を撮っている人といった芸術分野の人達だったり。
もちろん一般の人もいる。
ふと、あるユーザーが気になって、プロフィールを開いた。
名前は英語で「jesus_enrique_artworks」。
フォロー欄には「gallery」「oil paint artist」とある。
投稿されていたのは、どれも本格的な風景画や人物画。
使用しているキャンバスも、明らかにプロのそれだった。
すかさず、ネットで検索を掛けると……。
世界的に有名な正真正銘の画家だった。
ヘスス・エンリケ。年齢は65歳。
その分野では現代の第一人者で、プロフィールの写真はベレー帽に口髭が印象的な上品な感じのお爺さんだった。
「……すげぇ……」
思わず体を起こし呟いた声が、静かな部屋に響いた。
そんな人が、咲良の投稿に「色彩の選び方が美しい。あなたのセンスは素晴らしい。情念が作品全体から感じ取れる。そのまま描き続けてください。遠くスペインから応援しています」ってコメントしてくれてる。
咲良はまだ、自分がどれだけすごいか分かってないかもしれない。
俺自身も。
俺の知ってる咲良は、自分の感情を表に出すのが得意じゃなくて、表情や言葉に乗せたりするのも。
その分、作品には咲良が感じた素直なもの、心の中を表現できているのかもしれない。
絵は咲良の感情を伝える一つのツールなんだと思う。
俺が咲良を応援したいと思って、二人で始めたインスタグラム。
予想を上回る反響。
世界に向けて絵を公開した。
咲良が真摯に絵に取り組む姿勢も見てたから。
戸惑いながらも、インスタグラムを「やってみようかな」と言った、俺はその勇気を、ちゃんと見てたから。
──咲良のこと、やっぱりもっと好きになってしまう。
一人ほくそ笑みながら咲良にメッセージを送る。
「フォロワー、あと少しで100人だよ」
『……ほんとに!? なんか、信じられないな』
「信じていい。咲良の絵は、ちゃんと届いてる」
『……ありがとう。もう一息で完成するんだ、今日もがんばるね』
短いメッセージのやりとり。
文章は短くても、その文字のひとつひとつに、咲良の手が震えてるような空気が宿ってる気がして、俺は何度も読み返してしまう。
今日も会えない。
こうして、やりとりは毎日してる。
おはよう、おやすみ、今日の出来事。
でも、やっぱりどこか、物足りなさはある。
会いたい。
声が聞きたい。
触れたい。
咲良は、大学推薦用の作品制作の真っ只中で、部活も学校の面談もあって、ほとんど時間がない。
今は仕方ないと分かってる。
それに、今回の投稿も、元はといえば、そういう活動の一環として始めたものだ。
だからこそ、俺はやる。
絶対に、咲良の足を引っ張らないように。
でも、どうしても思ってしまう。
次に会えるのは、いつだろう。
ちゃんと顔を見て、「すごいよ」って伝えたい。
ヘスス・エンリケのことも。
できれば、隣に座って、その反応を間近で見たかった。
どんな顔をするんだろう。
照れながら笑うのか、驚いて恥ずかしがるのか。
それまでは、俺にできることをやるだけだ。
お読み頂きありがとうございます_(._.)_。
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