まどろみのなか
温かなぬくもり。
肌が少し汗ばんでいて、心地いいけど、どこかくすぐったい。
誰かの手が、そっと俺の頬に触れる。
そして――柔らかな感触が、唇に。
「ん……」
夢の中にいるみたいに、とても気分がいい。
できればこのまま、もう少し眠っていたい。
息を吸い込むと、ふわりと鼻先をかすめた、あのシャンプーの匂い。
「……咲良……」
夢なのに、匂いまで感じるなんて、リアルすぎる。
「悠真くん」
耳に届く、小さな優しい声。
まるで、囁くような……温度を帯びた声。
これは、いい夢だ。
「おはよう、悠真くん」
「おはよ……うん……」
「……ねえ、本当は、したかった?」
「んー、何が……」
まだ夢と現実の境目にいるみたいに、ぼんやりしたまま返してしまう。
そのとき、
うっすらとまぶたが開いて、視界がじわっと焦点を結んでいく。
すぐそこにある、咲良の顔。
頬にかかる髪。
昨日そのまま眠ったような、素直な寝ぐせ。
ゆるいパジャマの襟が、肩から少しずれかかっていて、
肌の白さが、ほんのりと朝の光に滲んで見えた。
――ああ、そうだ。
咲良の家に泊まったんだった。
……さっきまでのは夢だったのか?
いや、どこまでが夢で、どこからが現実なのか……
よくわからないくらい、全部が心地よくて、全部が咲良だった。
「……おはよう、ございます」
小さな声で挨拶すると、咲良がまぶしそうに目を細めて、俺の胸元あたりのシャツを両手でそっと握る。
「悠真くん……その……昨日、ほんとは、どうしたかったのかなって……」
「え?」
咲良は、少し唇を結びながら、視線を逸らす。
「変なこと、言ってるよね……ごめん……」
「いや、そんなことないよ」
大きく肩で息をした咲良は、伏し目がちに俺を真っ直ぐ見た。
「……私、悠真くんが止まってくれて、すごく大事にされてるって思ったの。でも……ちょっとだけ……聞きたくなったの」
「……したかったよ。咲良のこと好きだから、男だし。……でも、それ以上に大切にしたかった。それだけ」
その言葉に、咲良はふっと瞳を緩め、頬が淡く染まっていく。
「……うん、知ってた。すごく嬉しかった」
ぽつりとこぼした言葉に、とても嬉しそうな笑顔がついてきた。
「そっか」
咲良の頬にかかる髪を、俺はそっと払う。
「ちょっとずつ……でもいい?」
「もちろん」
より一層、ポッと顔を赤らめて笑う。
寝起きのぼんやりとした咲良の表情が、何だか初めて見るからか色気があって、ドキッとして頭が冴えてくる。
「……起きたくない」
「俺も」
「でも、心臓がどきどきして、変な夢見た気がする……」
「どんな夢?」
「なんか……悠真くんが、シャツのボタン留められなくて、困ってた」
「なんでだよ……」
「……わかんない、でも、なんか可愛かった」
「朝から俺をからかうなよ」
「ふふ……してないよ」
少しだけ身じろぎして、咲良が俺の胸元に顔を寄せてくる。
髪がくすぐったくて、でも嫌じゃない。むしろ――嬉しい。
ゆっくりと伸ばした俺の手に、咲良の指先がふれる。
そっと重なる手のひらと手のひら。
ぴたりと合わさる。
「……なんかね、安心してる。変だね」
「変じゃない。俺も、ずっとこのままでいたいって思ってる」
「……それは無理だよ。今日も時間は進んじゃう」
「進まなきゃいいのにな」
「……でも、進むからまた、会いたくなるのかも」
カーテンの隙間から差し込む朝の光に、まだ消されていない間接照明の淡いオレンジが重なって、少しずつ、ふたりの静かな世界に溶け込んでいく。
ふたりの手は、ぴたりと重なったまま。
まだ早朝。
時計の針は進んでいるのに、この布団の中だけが、時間から取り残されたよう。
静まり返った空間には、微かに聞こえる鳥のさえずりと、二人の息遣いだけ。
「……んー……もーちょっと、こうしてたい……悠真くん。あったかい……好き」
甘えた声で、囁くように言いながら、両腕をふにゃっと俺の背中にまわしてきた。
そんなふうに無防備に甘えてくる咲良の髪をそっと撫でる。
朝だというのに、こっちの心拍数はとっくに限界を越えていた。
しばらく沈黙が続いたあと――
咲良がぽつりと、つぶやいた。
「……ねえ、私のこと……全部知っても、好きでいてくれるかな……?」
その声には、ほんの少しだけ、緊張がにじんでいた。
「え……?」
「……やきもち焼くし、不器用で、意地張っちゃうし……たぶん、これからもっといろんな私、見せちゃうと思う」
俺の胸に顔を押し当てたまま、まるで心に直接語りかけるように咲良は言葉をつづけた。
「全部知っちゃっても、飽きないでいてくれるかなって……そんな私でも……悠真くんの隣にいたいなって……思っちゃうの。わがままかな」
俺は、そっと咲良の髪を撫でる。
「……全部、知りたいです。もっと知って、もっと好きになります」
咲良の肩が小さくすくんで、腕に力が入る。
「……ありがと」
俺はそっと咲良を抱きしめた。
心臓の音が、互いの耳にまで届くほど近い距離。
夏の朝は、まだ始まったばかり。
けれどふたりにとって、この時間が、きっと一生忘れられないものになる――
そんな気がしていた。
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