表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ただ、君を見ていた。  作者: ぽんこつ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/37

染まって

大きな川沿いの土手を、咲良と手をつないでゆっくり歩く。

暮れゆく空にぽっかりと浮かぶ半月が、我が物顔で夜の支度を始めている。

土手を歩く人々の雑踏の中で、カタ……カタッと響く下駄の音だけが、不思議と耳に心地よく届いてくる。

咲良が一歩ごとに刻むその音が、まるで咲良の心のリズムのように感じられた。

俺の右手の先にあるのは、浴衣に身を包んだ咲良の姿。

淡い青緑色の布地には、白と薄紫の小さな桜の花が静かに舞うように散りばめられていて、光の加減でほんのりと浮かび上がって見える。

帯は深い藍色。凛とした色合いが咲良の背筋の美しさを際立たせていた。

こめかみからふわりと垂れた髪の束が柔らかく頬にかかっていて、少しだけアップにした後ろ髪には、細い金具の髪飾りがさりげなく添えられ、白いうなじに思わず見惚れてしまう――。

「綺麗だね、咲良」

いつもより、ずっと大人びて見えて、今までの咲良とは違う魅力を放っていた。

女の子ってすごいな。

単純にそう思った。

笑った顔ひとつで、胸がいっぱいになる。

ちょっとした仕草。

ふとした表情。

やわらかな声の響き。

紡がれる言葉も。

髪型や服装の違いもあるけど、きっとそこには色んな感情や想いがあって「どう思ってくれるかな」っていう不安とか、「喜んでほしい」っていう願いとか。

そういうのが、きっと一秒一秒、咲良の中で、何かを感じ揺れ動いてる。

それが、俺のためだったりするのが――もう、どうしようもなく、嬉しくて。

一生懸命に考えてくれて。

たくさんの時間を使ってくれて。

そんな想いがちゃんと伝わってくるから。

だからこそ、俺も、ちゃんと応えたいって思った。

言葉に乗せて、自分の気持ちをきちんと伝えたい。

咲良の隣にいる自分が、ただ幸運だっただけじゃないって。

――そう、思えた。

咲良は、ほのかに耳と頬を赤くして、うなじをそっと触る。

「ありがとう……悠真くん」

チラッと俺を見上げて口元が緩む。

儚げな美しさに、自然と心が高鳴っていく。

その瞬間、俺は気づく。

咲良とこうして一緒に過ごせることの喜びが、じわじわと体中に広がっていく。

――でも、未だに、こんなにもドキドキするのは、なんだか恥ずかしい気がしない訳でもない。

咲良の浴衣姿が、予想以上に綺麗で可愛くて、目の前にいることすら不思議なくらいだ。

「ん?」

咲良と並んで歩いていると、ふといつもと違う感覚が胸に広がった。

なんだろう。

繋いだ手はしっかり握られている。

しっかり指を絡めて。

それでも心なしか力がはいっているような、はいっていないような。

視線は伏し目がち。

空いた右手は浴衣の袖を握っている。

でも、何か違う。

その時、咲良は少し頬を膨らませた。

どこか遠くを見つめているような表情をして、わからないくらいの、小さなため息。

でもすぐに、スッと元の表情に戻る。

「咲良?」

思わず声をかけると、咲良はハッとしたように顔を上げた。

そして、ちょっとおぼつかない笑みを浮かべる。

「うん?」

「どうしたの? なんか元気ないみたいだけど」

俺の言葉に、咲良はほんの少し下を向いて歩みを止める。

「あ……」

咲良は口を小さく開けたまま、俺を見つめていた。

そしてホッとしたように肩を撫でおろす。

「元気、ないわけじゃないんだけど……」

咲良が言葉を濁しながら、カタ……カタッと下駄を鳴らしてゆっくりと歩き出す。

その視線はちらちらと揺れている。

何かを言いかけては飲み込んでいるような感じ。

咲良は、自分の気持ちを表現するのは苦手。

それでも、徐々に少しずつ、俺と一緒にいる時は、甘えたり、素直な表情や言葉で表現してくれていた。

けれど、今日はどうしてもその「少し」が見えない。

それがすごく不安で、何か言いたいけれど言えなくなった。

言葉をかけるべきか、それとも沈黙を守るべきか、心の中で何度も葛藤しながら、俺はただ咲良の横顔を見つめた。

「……咲良、何かあったの?」

もう一度、問いかける。

その声に、少し強い思いを込めて。

咲良は再び、俺の視線を避けるように、また一歩、歩を進める。

「……実は、夏休み中はちょっと忙しくなるから、あまり悠真くんと会えないかもって思って」

その言葉に、俺は少し驚いた。

「忙しいって……?」

「うん、大学の推薦のために、準備しなきゃいけないことが多いの。それに、実技も練習しないといけないから、どうしても悠真くんと会う時間が少なくなっちゃう」

咲良の声には、どこか申し訳なさが含まれていて、言葉が少し震えている。

その声に、俺は思わず足を止めた。

咲良が頑張っているのは知ってたし、普段どれだけ努力しているかも理解している。

でも、どうしても寂しさが込み上げてくる。

「そうか……」

その一言だけが、なんだか重たく響く。

咲良は少しだけ顔を上げて、俺の表情を覗き込むように見つめた。

「……ごめんね、悠真くん。私、ちょっと無理言ってるのかも」

唇をギュッと結び、浴衣の袖を引っ張るように握っていた。

俺は咲良の目を見つめて、静かに笑顔を作る。

「そんなことないよ、咲良が頑張っているのは知ってるから。応援するよ」

咲良は黙って、こくん、こくんと頷いた。

「……ありがとう、悠真くん」

咲良の笑顔が戻った。

気がした。

俺は握った手を軽く振りながら歩き出す。

そう、風の噂で聞いたことがあった。

俺達が付き合い始める前のこと。

うちのクラスの美術部員が、咲良が海外の大学進学を目指していると。

会えないのは確かに寂しい、けどそれは咲良も同じはず。

俺だけがわがまま言っていい訳じゃない。

何かできることがあれば、と思わずにはいられなかった。

忙しいことをわかっているけれど、少しでも咲良が楽になれるように、力になりたい。

しばらくして、咲良がふっと息を吐いた。

「……今日、私、ちょっとだけ寂しかったんだ」

きっとその事を俺に伝えるのに、咲良は思いつめていたんだろう。

今の言葉が、俺と同じ気持ちだというのを物語っている。

「俺は、どこにも行きませんから」

咲良は俺の言葉に目を丸くした。

「……うん」

コクリと頷く咲良はそっと髪を撫で、うなじに手を添えた。

カラン、カラン。

少し弾んだ下駄の音。

そして――。

ドンッ!ドンッ!

空に大きな花火が上がり、瞬く間に夜空が色とりどりに染まっていく。

「わあ……きれい」

咲良がは眉を上げて、花火を見つめている。

その横顔を青、紫、金色と次々に染められていく。

「本当にきれいだね……」

「うん」

視線に気づいた咲良が、俺を見上げ、小首を傾げて笑う。

ドンッ!

赤い花火がその頬を優しく染めていた。

お読み頂きありがとうございます_(._.)_。

感想やご意見ありましたら、お気軽にコメントしてください。

また、どこかいいなと感じて頂けたら評価をポチッと押して頂けると、励みになり幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ