釘付け……でしょ
夏らしい青空が、プールサイドに広がっていた。
蝉の声と水のはじける音が、遠くから重なって届く。
日差しは強かったけど、どこか軽やかで、開放感に満ちている。
「暑いね……」
そう言って、咲良が透け感のあるオーバーシャツの前を、指先でそっと摘んだ。
その下には、先日一緒に選んだ――深いネイビーのワンピースタイプの水着。
肩紐と背中に小さなリボン、胸元には控えめな白いレース。
やわらかなフリルがついたスカート部分が、歩くたびにふわりと揺れて。
どこか清楚で、でもさりげなく可愛さがあって、似合っていた。
咲良はオーバーシャツを脱ぎながら、ちらりと俺を見上げた。
「見すぎ。……ばか」
「見ていいって言ったの、咲良だし」
「そうだけど……恥ずかしいのは、別」
目線を逸らして、小さく頬を膨らませる咲良。
けど、耳まで赤く染まってるのは隠せてない。
「……行こっか」
そっと俺の手を引いた咲良は、水際まで並んで歩いて、足を浸す。
「つめたい……でも、気持ちいい」
水に跳ねた陽射しが、咲良の白い肌に踊っていた。
そして、一歩先でしゃがみ込むようにして、水面に手を浸す。
手のひらで水をすくい、ぱしゃっ、ぱしゃっと自分の肩にかけた。
濡れた髪が頬に張りついて、咲良はそれを払いながら立ち上がった。
動いた拍子に、背中のリボンがふわりと揺れて、肌に沿った水滴が、鎖骨のくぼみをつたい、胸元へと滑り落ちる。
――あ、やば。
思わず目をそらそうとして、けど遅れて咲良と視線がぶつかる。
「……何、見てるの?」
「いや、その……つい」
「……もぉ」
ふっと睨まれて、慌てて頭を掻いて誤魔化す。
けど正直、ドキドキが止まらなかった。
――俺の彼女、なんだよな。
バカみたいな独り言を頭の中で呟いた、ふと俺の視野にいいものが入った。
「滑り台、行ってみない?」
「え、あれ……意外と高いよ?」
「咲良、怖い?」
「べ、別に……ちょっとだけ、だけど」
「じゃあ、一緒に滑ろっか」
俺は咲良の手を取って一緒に滑り台の階段を上った。
足を一歩、また一歩踏みしめていくうちに、緊張が少しずつ高まっていく。
順番待ちの間、咲良はつないだ手をギュッとしたまま、髪をしきりに触ったり、落ち着かない様子。
「やっぱり、止めとく?」
咲良は黙って、ぶんぶんと首を振る。
その仕草が無性にかわいくてたまらない。
いよいよ順番が来て、係員が「どうぞ」と合図をすると、ようやく滑り台のてっぺんに立った。
「じゃあ、行こう!」
自然に背中から咲良を抱くようにして、二人で滑る準備を整えた。
「えっ、ま、待って……くっつきすぎ……!」
「離れると怖いでしょ?」
「……それは、そうだけど……」
ぴったりとくっついた状態。
咲良の背中越しに伝わるぬくもりと、抱いている腕に触れる体の柔らかさ、微かに濡れた髪の感触。
首筋から香るシャンプーの匂いが、なんだか俺を落ち着かせるようで、逆に心臓が跳ね上がった。
「じゃ、いくよ!」
「ちょ、ちょっと心の準備――」
滑り台のレーンに水が流れて、ふたり一緒に滑り出す。
ぎゅっと腕に力が込められて、咲良の小さな悲鳴が俺の胸に響いた。
水しぶきと一緒に着水したときには、ふたりともぐっしょりだった。
「うわ、びっしょびしょ……」
髪をかき上げた咲良が、濡れた前髪を耳にかける。
水しぶきがキラリと宙に舞って。
額から伝う水滴を指でぬぐうその姿が、やたらと綺麗で。
手すりにつかまってプールから上がる後姿も、何か色っぽくって。
いつも以上に目が離せない。
「見・す・ぎ。……ほんとに、ばか」
「ごめん……でも、すごく可愛いから」
「……もう」
咲良はじーっと見つめて、その場でくるりと回り、スカートのフリルを小さく揺らした。
「ねえ、楽しんでる?」
「楽しいよ、すごく」
「……私も」
咲良はそっと俺の手を取った。
濡れて冷たいはずのその手は、なぜかすごくあたたかくて。
指先がゆっくり絡む。
照れたように、でも確かに強く握ってくれた咲良の手に、俺はもう、心臓が沸騰寸前だった。
でも、見すぎてるのは俺だじゃなくて、咲良もちゃんとチラッ、チラッと俺の顔や腕を見ていた。
ぺたぺたと足音を揃えて、足跡を残して歩く。
地面の熱さえも心地良くて、完璧に舞い上がっている。
それは、仕方ないでしょ。
初めての彼女と、初めてのプールですよ。
大好きな女の子が水着でいるんですから。
見るなという方が、無理な話。
誰に対する言い訳なのか、自分を慰めているのか。
でも、女の子の体って柔らかいんだ……。
「悠馬くん、あれ」
「ん?」
不意に掛けられた声に我に返る。
咲良が指さした先には流れるプール。
「ああ、いいね」
流れるプールに身を任せる。
水位は俺のお腹辺り、水流は程よく、踏ん張らなければ軽く流される。
咲良は手で水を掻きながら、ぴょんぴょんとプールの底を蹴って流れに乗っている。
「はあ……」
かわいすぎて、ため息が出る始末。
「うわ、ぬるくて気持ちいい……」
「……ちょうどいい感じ」
返す言葉も味気ない。
咲良はちゃぷんと潜ると、俺のそばにきて、パシャッと水面から顔出した。
「ぱあ……」
両手で顔を覆って、すっ、すっと水を拭い、ニコッと笑う。
濡れたままの笑顔が、太陽に照らされて、きらきらと眩しかった。
その姿に見惚れてしまう。
なんか、今日は咲良がとてもリラックスしているように見えて、その逆で俺の方が終始ドキドキしている気がする。
プールの流れに身を任せ、ふたりでゆっくりと進んでいく。
「あっ、あそこにあるの、見て!」
咲良が指差す先には、噴水なのか、放水なのか幾つかの帯状の水しぶきが上がっている。
「行ってみようか?」
「うん!」
笑い合いながら、その近くまでぷかぷかと流されていく。
流れるプールから先に上がった咲良が、
「……あ」
ふと立ち止まって、ちらりと後ろを気にするように振り向いた。
そして、お尻のあたりを小さく直す仕草をした。
目のやり場に困った俺は、慌てて視線を逸らす。
けど、それでも脳裏に焼きついて離れない。
「……何、見たの?」
すぐさま、咲良の視線が飛んでくる。
「な、なんにも……」
「……ばか」
ぽつりと吐かれたその一言に、また顔が熱くなる。
咲良は、肩まで濡れた髪をかき上げて、俺の隣に並んで歩き出す。
その横顔は、照れてるようで、でもどこか嬉しそうだった。
「噴水だ!」
腰辺りまでの浅いプールの中央に設置された噴水から、四方に水が飛び散っている。
ちゃぷとちゃぷと俺の手を引いて進む咲良。
「えいっ」
突然、咲良が手で水をすくって俺の胸にかけてきた。
「うわっ、冷たっ!」
「ふふっ、反応おっきい」
咲良がいたずらっぽく笑ったその顔が可愛くて、俺も仕返しする。
両手でぱしゃっと水をかけると、咲良は「きゃは」と小さな声を上げて、しゃがみ込んだ。
「もう〜、仕返しする〜」
水面から顔だけ出して笑う咲良にキュンと見惚れてしまう。
「えいっ、えいっ」
バシャッ、バシャッとやり返してくる。
もろに顔面に浴び、目に水が入る。
「やったな」
そんなふうに水を掛け合って、無邪気に笑い合ったあと、咲良は少し離れた場所でふうっと息をついた。
しゃがんだ姿勢から立ち上がる。
濡れた髪が頬に張りついて、それを咲良は軽く振って払うようにして——
その仕草が、妙に大人っぽくて、頭の中が咲良一色に染まる。
「ねえ……行こ」
両手を真っ直ぐ差し出して、伏し目がちに俺を見つめる。
その手をそっと握って俺たちは今日という日を堪能する。
そう、こんなにはしゃいでくれているのは俺といるからだと思うと。
この笑顔を守りたい。
いつまでも見ていたい。
ただただ、そう感じた。夏の一日だった。
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