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ただ、君を見ていた。  作者: ぽんこつ


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17/37

釘付け……でしょ

夏らしい青空が、プールサイドに広がっていた。

蝉の声と水のはじける音が、遠くから重なって届く。

日差しは強かったけど、どこか軽やかで、開放感に満ちている。

「暑いね……」

そう言って、咲良が透け感のあるオーバーシャツの前を、指先でそっと摘んだ。

その下には、先日一緒に選んだ――深いネイビーのワンピースタイプの水着。

肩紐と背中に小さなリボン、胸元には控えめな白いレース。

やわらかなフリルがついたスカート部分が、歩くたびにふわりと揺れて。

どこか清楚で、でもさりげなく可愛さがあって、似合っていた。

咲良はオーバーシャツを脱ぎながら、ちらりと俺を見上げた。

「見すぎ。……ばか」

「見ていいって言ったの、咲良だし」

「そうだけど……恥ずかしいのは、別」

目線を逸らして、小さく頬を膨らませる咲良。

けど、耳まで赤く染まってるのは隠せてない。

「……行こっか」

そっと俺の手を引いた咲良は、水際まで並んで歩いて、足を浸す。

「つめたい……でも、気持ちいい」

水に跳ねた陽射しが、咲良の白い肌に踊っていた。

そして、一歩先でしゃがみ込むようにして、水面に手を浸す。

手のひらで水をすくい、ぱしゃっ、ぱしゃっと自分の肩にかけた。

濡れた髪が頬に張りついて、咲良はそれを払いながら立ち上がった。

動いた拍子に、背中のリボンがふわりと揺れて、肌に沿った水滴が、鎖骨のくぼみをつたい、胸元へと滑り落ちる。

――あ、やば。

思わず目をそらそうとして、けど遅れて咲良と視線がぶつかる。

「……何、見てるの?」

「いや、その……つい」

「……もぉ」

ふっと睨まれて、慌てて頭を掻いて誤魔化す。

けど正直、ドキドキが止まらなかった。

――俺の彼女、なんだよな。

バカみたいな独り言を頭の中で呟いた、ふと俺の視野にいいものが入った。

「滑り台、行ってみない?」

「え、あれ……意外と高いよ?」

「咲良、怖い?」

「べ、別に……ちょっとだけ、だけど」

「じゃあ、一緒に滑ろっか」

俺は咲良の手を取って一緒に滑り台の階段を上った。

足を一歩、また一歩踏みしめていくうちに、緊張が少しずつ高まっていく。

順番待ちの間、咲良はつないだ手をギュッとしたまま、髪をしきりに触ったり、落ち着かない様子。

「やっぱり、止めとく?」

咲良は黙って、ぶんぶんと首を振る。

その仕草が無性にかわいくてたまらない。

いよいよ順番が来て、係員が「どうぞ」と合図をすると、ようやく滑り台のてっぺんに立った。

「じゃあ、行こう!」

自然に背中から咲良を抱くようにして、二人で滑る準備を整えた。

「えっ、ま、待って……くっつきすぎ……!」

「離れると怖いでしょ?」

「……それは、そうだけど……」

ぴったりとくっついた状態。

咲良の背中越しに伝わるぬくもりと、抱いている腕に触れる体の柔らかさ、微かに濡れた髪の感触。

首筋から香るシャンプーの匂いが、なんだか俺を落ち着かせるようで、逆に心臓が跳ね上がった。

「じゃ、いくよ!」

「ちょ、ちょっと心の準備――」

滑り台のレーンに水が流れて、ふたり一緒に滑り出す。

ぎゅっと腕に力が込められて、咲良の小さな悲鳴が俺の胸に響いた。

水しぶきと一緒に着水したときには、ふたりともぐっしょりだった。

「うわ、びっしょびしょ……」

髪をかき上げた咲良が、濡れた前髪を耳にかける。

水しぶきがキラリと宙に舞って。

額から伝う水滴を指でぬぐうその姿が、やたらと綺麗で。

手すりにつかまってプールから上がる後姿も、何か色っぽくって。

いつも以上に目が離せない。

「見・す・ぎ。……ほんとに、ばか」

「ごめん……でも、すごく可愛いから」

「……もう」

咲良はじーっと見つめて、その場でくるりと回り、スカートのフリルを小さく揺らした。

「ねえ、楽しんでる?」

「楽しいよ、すごく」

「……私も」

咲良はそっと俺の手を取った。

濡れて冷たいはずのその手は、なぜかすごくあたたかくて。

指先がゆっくり絡む。

照れたように、でも確かに強く握ってくれた咲良の手に、俺はもう、心臓が沸騰寸前だった。

でも、見すぎてるのは俺だじゃなくて、咲良もちゃんとチラッ、チラッと俺の顔や腕を見ていた。

ぺたぺたと足音を揃えて、足跡を残して歩く。

地面の熱さえも心地良くて、完璧に舞い上がっている。

それは、仕方ないでしょ。

初めての彼女と、初めてのプールですよ。

大好きな女の子が水着でいるんですから。

見るなという方が、無理な話。

誰に対する言い訳なのか、自分を慰めているのか。

でも、女の子の体って柔らかいんだ……。

「悠馬くん、あれ」

「ん?」

不意に掛けられた声に我に返る。

咲良が指さした先には流れるプール。

「ああ、いいね」

流れるプールに身を任せる。

水位は俺のお腹辺り、水流は程よく、踏ん張らなければ軽く流される。

咲良は手で水を掻きながら、ぴょんぴょんとプールの底を蹴って流れに乗っている。

「はあ……」

かわいすぎて、ため息が出る始末。

「うわ、ぬるくて気持ちいい……」

「……ちょうどいい感じ」

返す言葉も味気ない。

咲良はちゃぷんと潜ると、俺のそばにきて、パシャッと水面から顔出した。

「ぱあ……」

両手で顔を覆って、すっ、すっと水を拭い、ニコッと笑う。

濡れたままの笑顔が、太陽に照らされて、きらきらと眩しかった。

その姿に見惚れてしまう。

なんか、今日は咲良がとてもリラックスしているように見えて、その逆で俺の方が終始ドキドキしている気がする。

プールの流れに身を任せ、ふたりでゆっくりと進んでいく。

「あっ、あそこにあるの、見て!」

咲良が指差す先には、噴水なのか、放水なのか幾つかの帯状の水しぶきが上がっている。

「行ってみようか?」

「うん!」

笑い合いながら、その近くまでぷかぷかと流されていく。

流れるプールから先に上がった咲良が、

「……あ」

ふと立ち止まって、ちらりと後ろを気にするように振り向いた。

そして、お尻のあたりを小さく直す仕草をした。

目のやり場に困った俺は、慌てて視線を逸らす。

けど、それでも脳裏に焼きついて離れない。

「……何、見たの?」

すぐさま、咲良の視線が飛んでくる。

「な、なんにも……」

「……ばか」

ぽつりと吐かれたその一言に、また顔が熱くなる。

咲良は、肩まで濡れた髪をかき上げて、俺の隣に並んで歩き出す。

その横顔は、照れてるようで、でもどこか嬉しそうだった。

「噴水だ!」

腰辺りまでの浅いプールの中央に設置された噴水から、四方に水が飛び散っている。

ちゃぷとちゃぷと俺の手を引いて進む咲良。

「えいっ」

突然、咲良が手で水をすくって俺の胸にかけてきた。

「うわっ、冷たっ!」

「ふふっ、反応おっきい」

咲良がいたずらっぽく笑ったその顔が可愛くて、俺も仕返しする。

両手でぱしゃっと水をかけると、咲良は「きゃは」と小さな声を上げて、しゃがみ込んだ。

「もう〜、仕返しする〜」

水面から顔だけ出して笑う咲良にキュンと見惚れてしまう。

「えいっ、えいっ」

バシャッ、バシャッとやり返してくる。

もろに顔面に浴び、目に水が入る。

「やったな」

そんなふうに水を掛け合って、無邪気に笑い合ったあと、咲良は少し離れた場所でふうっと息をついた。

しゃがんだ姿勢から立ち上がる。

濡れた髪が頬に張りついて、それを咲良は軽く振って払うようにして——

その仕草が、妙に大人っぽくて、頭の中が咲良一色に染まる。

「ねえ……行こ」

両手を真っ直ぐ差し出して、伏し目がちに俺を見つめる。

その手をそっと握って俺たちは今日という日を堪能する。

そう、こんなにはしゃいでくれているのは俺といるからだと思うと。

この笑顔を守りたい。

いつまでも見ていたい。

ただただ、そう感じた。夏の一日だった。

お読み頂きありがとうございます_(._.)_。

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