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ただ、君を見ていた。  作者: ぽんこつ


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12/37

だって、男ですから

下校時間、校門を出た頃には、空が不穏な色を帯び始めていた。

雲の隙間から微かに光が射していたのに、それが急に鈍い鉛色に変わっていく。

季節外れの冷たい風が、音もなく俺たちを追い越していった。

「春川くん、あれ……」

咲良先輩が空を見上げた、ちょうどその瞬間。

パラパラと降り始めた雨が、数秒後にはバケツをひっくり返したような土砂降りに変わった。

「わっ……!」

「こっち!」

俺は咲良先輩の手を取って、すぐそばにあった小さなバス停の屋根の下へ駆け込んだ。

肩で息をしながら振り返ると、咲良先輩の白いブラウスが雨で肌に張り付いていた。

薄いインナー越しに透けて見える下着の輪郭。

頬を赤くした咲良先輩は小さく息を呑み、すぐに胸元を押さえて体を少し背ける。

「……見た、でしょ……?」

震えるような、でも少し鋭い声。

「い、いえ! 見てないです、見てませんっ!」

声が裏返り、余計に怪しくなり、必死に首を振る。

言えば言うほど嘘くさくなるのは分かっていたけど、それ以外に言葉が出なかった。

……でもね、咲良先輩、気になりますよ、そりゃあ……少しラベンダーグレーっぽい色だったような……

「……だめ、だよ……」

咲良先輩は少しだけ顔を伏せ、小さく震える声でつぶやいた。

その声は、普段の落ち着いたものじゃなくて、どこか脆く、小さかった。

一瞬、心の中を見透かされたのかって思って、変な汗が出た。

咲良先輩は鞄からハンドタオルを出して顔や髪を拭いていた。

俺も同じように拭いてはみたが、すぐに水分を吸ってびちゃびちゃになる。

バーッと雨がバス停の屋根を叩く音が、重く鋭く響いている。

咲良先輩は胸の前で腕を抱いたまま肩をすくめ、下を向いていた。

「……寒くないですか?」

雨音にかき消されそうな声で問いかけると、咲良先輩は小さくうなずいた。震える唇が、何か言いかけて止まる。

そして、そっと俺の腕に体を寄せてきた。腕を抱えたままの指先で俺の袖口をそっと摘む。

「……あんまり、見ないでね」

声がかすれて、小さく震えている。

「……はい」

けど、咲良先輩の髪の先から滴る雫が、俺の腕にぽたりと落ちて、冷たくて、だけどそれ以上に近くに感じる肌の感触が……。

雨は一層激しくなって、排水溝へ流れ込む水の音が、ゴボゴボと鈍く響いていた。

雨の線で視界も悪く。ヒヤリとした風が吹く度に寒さを感じるほどだった。

「雨なんて、天気予報言ってなかったですよね」

「……うん」

「止まないですね……」

「……うん」

咲良先輩は、ただ肯いて返事をするだけ。

ん?

抱えた腕をさする咲良先輩の指先が、そして肩が、わずかに震えている。

「大丈夫ですか?」

「……うん、ちょっとだけ……寒いかも」

だよな……ジャージでもあれば……

「先輩?ジャージ持ってません?」

咲良先輩は小さく首を振る。

大きなタオルでもあれば……

そう考えてる間も、咲良先輩は震えている。

でも寒そう。どうしよう……

よし!

俺は意を決した。ここは男を見せる時。

決して、咲良先輩に抱きつきたいという気持ちだけが理由ではない。

横にいる咲良先輩に向き直り、そっと抱きしめた。

「う……」

咲良先輩の体が小さく跳ねる。

柔らかい感触と、雨で冷たくなった体温が一度に伝わってきた。

咲良先輩は何も言わず、ただ俺に身を預けるようにしてじっとしていた。

俺は小さく震える体を温めたい。

その一心だった。

どれくらい経ったのだろう――

雨脚が弱まった。

「……ありがとう」

咲良先輩のその言葉で、俺の抱擁は解かれた。

けどでも、ずぶ濡れなのは変わらなくて、咲良先輩はまだ腕を組んだまま。

どうしたもんか?

俺はシャツを脱いで、思いっきり絞る。

それを、両手で、扇ぐ様に広げた。

「先輩、じっとしててください」

俺のシャツを咲良先輩に羽織わせた。

咲良先輩は俺のシャツの袖を胸元で軽く縛る。

「……ねえ、見えてないかな」

咲良先輩の不安そうな声に、俺は迷わず首を振った。

「見えないです。大丈夫です」

でも、咲良先輩。

それは見ないと分からないんだけど。

でも、言われたということは、見てもいいんだよね。

さすがに、直視は出来なくて咲良先輩をチラチラとみる。

良い事なのか残念なのか、俺のシャツを羽織った成果が出ていて。

「見えないです」

はっきり答える。

「ん?」

そんな俺を、目を細めてジッと見つめる咲良先輩。

え?見えないですよ。

大丈夫ですよ。

いや、確認して欲しいって言ったのは、咲良先輩ですけど……。

「……ほんとに、見えてません」

「……ありがとう」

そっと右手を差し出すと、咲良先輩は手を添えるように握り返してきた。

まだ冷たい手だった。

そしてゆっくり歩き出す。

びしょ濡れのまま、駅まで並んで歩く帰り道。

咲良先輩は、うつむき気味で口数が少なかったけれど――

つないだ手はしっかり握られていた。

でも、もうすぐ駅が見えてきたころ、小さく息を吐いて――

「……さっきのこと、忘れてね」

か細い声が、雨上がりの空気の中に消えていく。

「……無理です」

そう答えると、咲良先輩は小さく息を呑み、一度だけ俺を見て、頬を赤くした。

俺の手をぎゅうっと握り、もう片方の手でスカートの裾をぎゅっと握りしめる。

それが、雨上がりの一番の“ご褒美”だった。

お読み頂きありがとうございます_(._.)_。

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