気が付けばまた
冬の終わりは、慌ただしくていつの間にか過ぎ去っていた。
去年はやる事も少なかったからのんびり編み物に精を出していた気がしたけれど、今年は何かとやる事があって、暖炉の前でのんびり編み物をする時間は去年ほどは取れなかったのだ。
それでもやっては居たけれど。ステラさんにも、また新しく編み物を教わっている。
去年との違いで大きいのは、まず第一に依頼が入るようになった、という事。
冬の間にもちょこちょこ依頼は来ていて、その中でも後半になって数が増えてきたのが畑起こしのための道具だった。
どうやら、園芸店に置いてきたものを見てほしいと思った人がいたようなのだ。それも、私の想像の五倍くらい。
一度完成形まで持って行ってしまえば、残りはそれに合わせて作っていくだけなので最初の一つよりは手がかからない。とはいえ、お守りなんかよりもずっと大きいものなので、相応に時間は掛かる。
というわけでせっせと作っていたらそれなりに忙しかった。
もう一つの要因は、やはりシエルの元に来た子猫だろう。
来たときはまだまだ幼くてひと時も目が離せない、という状況だった子猫だが、今ではすっかり元気になって家の中を凄い速度で駆け回っている。
最初とは別の意味で目が離せない状態になっているわけだ。シエルがよく悲鳴を上げている。
親に捨てられ少し弱っていた子猫が動けるようになったという嬉しい悲鳴だったのは最初だけで、今ではすっかりただの悲鳴になっていた。
楽しそうではあるけれど、大変なのも確か。
ということで、シエルの分の食料までまとめて町に買いに行ったり、家事を手伝ったり子猫侵入防止用の魔道具を依頼されて作ったりしていたら、時間はあっという間だった。
子猫はまだ子猫なので使い魔契約はしていないが、そのうちするんだろうなぁ、なんて話をキヒカともしていた。ちなみにキヒカは子猫が登れない場所から文字通りの高みの見物をしていた。
「……もう春かぁ」
「ホー」
子猫の成長は著しく、会うたびでっかくなっている気がする。なんてのんびり考えながら、私はキヒカと一緒に自分の畑に来ていた。
そう、気付けば季節は変化して、冬は終わって春が来たのだ。雪もすっかり融けて、畑のある草原も新緑で美しく染まっている。
今日は、畑を起こしていく作業をするのである。
去年作ってやっていた分だけでなく、今年から増やす予定の部分も起こして種まきが出来る状態にしてしまう予定だ。
ちなみに新しく作る予定の畑を囲む杭とロープは既に制作済みである。
新しく作る畑は去年からやっている畑よりも大きくするつもりで、必要な物も粗方揃えてある。
というわけで、さっそく杖を両手で持って、少しだけ地面から飛びあがった。
地面に杖を向け、魔法で土を起こしてほぐしていく。畑を起こす道具は作ったけれど、自分でやるなら道具を使うよりも魔法でやってしまった方が早いのだ。
去年からやっていた方の畑は、もう雑草や石の除去は終わっているのでそれほど手間もかからなかった。
去年の秋に収穫した野菜たちの、可食部ではない部分をそのまま畑に放置してひと冬寝かせて肥やしにしたので、それを丁寧に混ぜていくくらいだ。
時間のかからなかった第一畑とは違い、これから手を付ける第二畑はそこそこ時間がかかるだろう。
まずは地面を覆っている草を刈り取り、その草の根で固まっている地面を掘り起こし、根っこを除去して、岩を除去して、肥料を撒いて種まきに備えないといけない。
広さもこちらの方があるので、一気に全てを終わらせるのではなく数日に分けて作業をしようと思っていた。
「ここにも屋根のある休憩所を作った方がいいかもね」
「ホホー」
まずは魔法で草を引っぺがしながら、キヒカとのんびり今後の予定を話し合う。
畑の拡張をすると、単純に畑にいる時間が増えることになる。それ自体は全く苦ではないし、楽しいから面積を増やすのだから問題はないのだが、夏場の作業はやっぱり疲れるのだ。
直射日光を避けられるのならその方がいいし、今は雨ざらしになっているベンチを置くのにも屋根がある場所を作るのは良いかもしれない。
「ホホー、ホーホゥ」
「そうだね、木陰……木が育つのにはそれなりに時間もかかるだろうけど……植えてみても、いいかな」
「ホー」
キヒカも屋根を作るのは賛成らしいが、それよりも木を植えてみたらどうか、と言ってきた。
木陰で休むのも好きだし、それもありだ。今後、私はここに長く住むつもりでいるので、木を植えて育ててみるのもいいかもしれない。
というわけで、簡易的な屋根付きの休憩所を建てることと、木の苗を買ってきて植えるのが今後の予定に加わった。
「とりあえずは、畑を仕上げないとね」
「ホホ」
予定も決まったところで、草のなくなった地面を掘り起こして草の根や石を取り除いていく。
そこまでやったら日が傾き始めたので、今日の作業はここまでにして家に戻ることにした。明日は作業の続きをして、明後日はシエルの家に行く予定だ。
子猫の様子を聞いて、シエルに植える木の相談をして、デリックさんに変わったことはないかを聞いてくるつもりでいる。
その後の予定は詳しく決めていないが、シンディがまた遊びに行ってもいいかと手紙を送ってくれたので、シンディとテルセロの予定が合う日を探して、二人を迎える準備もしたい。
やっぱり春はやる事がいっぱいだ、なんて考えて小さく笑う。
やる事が多いのは、別に嫌いじゃない。予定もすべて嫌な事ではないから、楽しみが増えて嬉しいくらいだった。