ご挨拶をしよう
シエルが子猫の世話にてんやわんやなので、それを手伝うためにちょくちょくシエルの家に顔を出していたのだけれど、今日は用事があったので町まで買い物に来ていた。
とはいえ、用事は買い物ではない。まず一つ目の用事は畑を起こすための道具が完成したので、それのミニチュアを園芸店の店長さんにお渡ししにきたのだ。
畑を起こす道具は、円柱に突起を複数付けた部分を回してを掘り起こし、それを手で押して移動できるようにした。
前にどこかで見た、牛を使った道具を手押しで使えるように改造したような形だ。
店長さんにも相談に乗って貰ったし、完成したら見せてくれと言われているので動きの確認で作ったミニチュアを持ってきた。
お渡ししたらすごく気に入ってくれたみたいで、大きな枠の中に土を敷いてその上を耕して遊んでいた。私もちゃんと動くのかの確認に同じことをしたので、すごく既視感のある光景だった。
ともかく、気に入って貰えたようなのでミニチュアはそのまま店長さんにお渡しして、次の目的……今回の本命のために、町の静かな一角へと歩いてきた。
「……猫さん、猫さん、いらっしゃいますか?」
小声で小さく呼びかける。話しかけている先は花壇だ。猫さん、植物が好きな様子だったので、こういうところの方が繋がりやすいのでは、と思ったのだ。
会えなくても仕方ないかな、と思ってはいるけれど、それでも会えたらいいなと思って来た。
なのでそのまましばらく待っていると……壁に、蔦が伸び始める。
「ホー」
「うん。……アランネの蔦かな」
伸び始めた蔦は綺麗なアーチを描き、囲った中を埋めていく。
そして隙間が無くなると、花が咲いて空間が開いた。……アーチの中が、通れるようになったようだ。
最初に猫さんにお招きを受けた時も、植物のアーチを潜ったな。
呼びかけは聞こえていて、招待してもらえたみたいだ。
というわけで開いた入口へと足を踏み入れ、奥へと進んでいく。
進むにつれて厳しい冬の寒さは消えて、春のような温かさが周囲を包み始めた。
「こんにちは」
「こんにちは。お招きありがとうございます」
柔らかい日差しの下で美しく花が咲き誇る、心地の良い優しい空間。そんな場所の主である猫さんは、やはりその姿のままで優雅にニコリと笑った。
促されるままに丸太に腰を下ろして、猫さんに向き直る。
「あの、シエルのところに子猫を連れてきたのは、猫さんですか?」
「えぇ。あの、少し傷ついて、それでも優しい柔らかな子。あの子なら、預けられるかしらと思ったの」
「ホー。ホホー?」
「貴方たちの予想通りよ。新月の夜に生まれた子が、魔力を持っていた。親はそれを嫌がって、傍を離れた。だから一度はここに連れてきたのだけれど……出来る事なら、ちゃんと生きていた方がいいもの」
やっぱり猫さんがシエルに預けた子だったようだ。
シエルは猫さんに会ったことがないと言っていたけれど、猫さんはシエルの事もしっかり把握していたのだろう。
納得、と頷きながら、荷物を開けて中に入れていた物を取り出す。
「これ、シエルから猫さんへの贈り物です」
「あらあら、いいの?ありがとう」
取り出したのは、シエルの育てた薬草と魔力の籠った花である。
草薬の魔法使いが丹精込めて育てたものなので、どちらも非常に上質だ。今回の件もあって猫さんにご挨拶がしたい、と言っていたシエルが、とりあえず子猫との縁についてお礼を、と用意したものなのだ。
フィフィーリア先輩なら会えるのでは!と託されたものだったので、渡せてよかった。
「ふふ、嬉しいわ。植物は私の糧にもなるから」
「そうなんですね」
「ホー」
この場所が植物で満ちているのも、それが理由なんだろうか。なんて考えてみるけれど、あまり深く詮索してはいけないだろうから声には出さずに心に留める。
シエルには喜んでいたと伝えておこう、と心に決めつつ、ふと疑問に思ったことを声に出す。
「そういえば……猫さんは、シエルには会ったことがないんですよね?」
「えぇ。植物に繋がる子は、影響が出やすいから。土地に魔力が宿り始めたから、あのあたりにはよく行ってみるけれど、直接は会わないようにしていたの」
「なるほど……」
シエルは草薬の魔法使い。植物に繋がる子、という範囲に確実に入ってきている。
今まで猫さんに会ったことがあるのは私とイリアス先輩だけれど、私は道具作りで先輩は回復の魔法使いだから強く影響が出ないだろう、という判断だったのか。
猫さんは強いからこそ、シエルを気遣って遠くから見ていたのだろう。
やっぱり優しい猫さんだ……と感動していたらキヒカが一声鳴いた。
その声を聞いて、確かにそろそろお暇した方がいいかな、と腰を上げる。
伝えるべきことは伝えられたし、聞きたかったことは聞けた。猫さんの領域で危険な事もないとは思うけれど、人のままで居たいのなら長居しない方がいいのも確かだ。
「そろそろ戻ります。お邪魔しました」
「ふふ、来てくれてありがとう。またね」
「ホー」
来た道を戻って、植物のアーチを通り抜ける。
元の街並みまで戻ってきたところで強風が吹いて、思わず目を閉じた一瞬で猫さんの元へ続く入口は閉じてなくなっていた。
……さて、あとは食料を買い込んで帰ろう。子猫につきっきりで家を離れられないシエルの分まで買い物をして帰らないといけないから、いつもより時間がかかるのだ。