春に向けて
騎士団からの依頼は無事に納品までが終わり、久々に私は暇を持て余していた。
テルセロに勢いで連絡を入れたら、隊長さんが早めに受け取りに行ってもいいかと言っている、と返事が来て、それに了承を返したので元々の受け渡し予定日よりも早めに完了したのだ。
受け渡しには私も同席して、意気揚々と作ったものの説明をさせてもらった。逐一頷きながら聞いてくれた隊長さんに感謝だ。
とまぁ、そんなわけで無事に依頼は完了し、ちょっと暇な日を満喫していたのだけれど……
そろそろ冬も半ばを過ぎ去り季節は春に向かっていく、ということで、春に向けての依頼が入ってきた。
何かというと、畑仕事の道具作りだ。冬の間、雪に埋もれて固まった地面を起こして柔らかくする、その作業を楽には出来ないか、という相談である。
私やシエルは魔法でやってしまうけれど、手作業でやるとなると時間もかかるしとても大変だ。
そこで、少しでも楽には出来ないだろうかという相談が来たのである。依頼が纏められた紙には、受け渡し日時は春までならいつでも、と書かれていた。
一応ひと月後には進捗の確認にも来てくれるようなので詳しい日時はその時に話せればいい、といったところだろうか。
「畑か……」
「ホー」
先ほども言ったが、私は基本的に魔法で作業を進めている。
もちろん手作業のところもあるけれど、畑を起こしたりといった作業は全て魔法で終わらせてしまうのだ。
なので実際使われている農具には詳しくなく、どういう物が望ましいかも判断が難しい。
「ホー、ホホー、ホーホー」
「そうだね、行ってみようか」
「ホホ」
そこで、私が畑の相談に乗ってもらっている町の園芸屋さんに相談に行ってみることにした。
ちょうど私も春に向けて畑に植えるものと畑の規模を相談したかったのだ。シエルにも相談には乗ってもらっているけれど、種を買うのはあのお店なのでそこで相談をすることも多かった。
というわけで、明日が大雪なんかでなければ行ってみよう、と決めてその日は作業を終えた。
翌日。夜の間に降った雪が積もってはいたけれど、朝には止んでキラキラと朝日を反射する眩しい光景に目を細めながら杖に跨り地面を蹴った。
眩しい……とぼやぼや言いながら空を飛んで、町の外で地面に降りて、門番さんに会釈をして町へと入った。
今日の目的は園芸店なのでそちらに向かいつつ、どこからか漂ってくる美味しそうな香りの元を探して視線を動かす。
……ご家庭からの香りだろうか。売り物だったら、買って帰りたいのだけれど……
用事が済んだら探してみようと決めて、園芸店の扉を開けた。
「おー。いらっしゃーい。春の相談?」
「それもあるんですが、別件もあって……」
「おっ。長くなる?お茶いる?最近親戚が来て珍しい茶葉くれたんだよね」
迷惑にならないかな、とちょっと不安になりながら来たのだけれど、店長さんはうっきうきで奥にお茶を淹れに行った。
そして、すぐに戻ってきたかと思ったらカウンターの傍にある椅子を勧められたので、座る。
私が座ったのを確認したらそのまま奥に戻っていき、少ししてからティーセットをもって戻ってきた。
「で、どしたん?」
「農具の制作依頼が来たんですが、私普通の農具って使ったことなくて」
「あぁ、なるほど」
出されたお茶は確かに不思議な香りがした。
初めての香りだけれど、嫌な感じはない。いい香りだ。キヒカも興味ありげにしている。
一口飲むと、香りと違わず初めての不思議な風味がする。若干の魔力も感じるから、特別に育てられたものなのかもしれない。
「畑を起こすのに使う道具なんですけど……」
「まぁ、スコップとか鍬でやるから道具は見たことも使ったこともあるんじゃない?」
「そう、ですね。やりやすくってなると、それを改造する方がいいのかな……」
実際このお店で買ったし使ったこともある。畝を作るのなんかは、魔法よりも鍬で手作業の方が楽なのだ。なので使ってはいるけれど……
その作業と畑を起こすのとは、また勝手が違うだろう。
そんな私の疑問を感じ取ったのか、店長さんはうむ、と大きく頷いた。
「今ある形にこだわらんでもいいんじゃない?結局、畑の土が掘り起こされてふかふかになればいいわけだし」
「そうですね。……魔法は、範囲の指定が大変だしなぁ」
「素人に魔法は使わせん方がいいねぇ」
なんて、その後も相談に乗ってもらい、ついでに私の畑についても規模拡張と植えるものを相談して、種を買って帰ることになった。
どんなのが出来たか教えて、と言われたので完成したらお知らせに来ることにして、ひとまず必要になりそうな材料を買うために資材屋さんを目指す。
「石がいいかな……」
「ホー。ホホー、ホー」
「そうだねぇ、木の方が加工は楽だし、強化すればどうにかなるかな」
資材屋さんで材料を見つつキヒカと話し合い、使いそうなものを買ってお店を出る。
その後はいい香りにつられて進んだ先で今日の夕食を入手したり、市場のお姉さんたちから美味しい料理のレシピを貰ったり、燻製でも作ろうかなという思い付きで食材を多めに買ったりして、浮かせた荷物もそこそこの量になったところで帰ることにした。
もう、私が大量の荷物を浮かせて運んでいても誰も驚いたり二度見したりしないのが、この町に随分馴染んだなぁと感じさせる。
まだ一年なのか、もう一年なのかは分からないけれど、一年もあればこの光景は日常の物になるらしい。