作るの楽しい
騎士団から依頼を受けたお守り作りは順調に進んでいる。
魔方陣の試作と試運転も終わり、無事に発動の確認も出来た。
キヒカに思い切り飛んでもらって、そこそこ離れたところで魔方陣を発動させてもらったのだけれど、その発動はしっかりと手元の試作機に伝達された。
性能に問題ないことが確認できたので魔方陣を決定して、あとはそれを必要な分だけ書き込むだけだ。
今回は魔方陣に使う紙もインクも、しっかり効果を高めるものを選んでおいた。なかったら注文して届くのを待たないといけないな、と思っていたのだけれど、ヒヴィカのインクに置いてあったのだ。
棚には並んでいなかったから注文をお願いしようと店長さんに声を掛けたら、奥から出てきたのである。
なんでも、しょっちゅう売れるものではないから棚には並べずに、店の奥で劣化しないよう保管しているのだとか。
そういっていた通りに紙は全て状態がよく、それをそのまま買わせてもらった。
何か特別なものを作るのか、と聞かれたので騎士団からお守りの依頼が来たのだと答えたら、なんでか笑っていたのだけれど、なんでだろう。
ともかく材料は確保できたので、全て同じサイズに切っておいた紙に、丁寧に魔方陣を書き込んでいく。
インクもいつもより強い物だし、筆も新しい物にした。そろそろ変えようと思っていたから、ちょうどいいタイミングだったのだ。
そんなわけで新しい筆は、使う前にしっかり洗って何度か試し書きもしてあるので準備は万端。
いつもよりも集中して、細かな乱れも起こらぬように、丁寧に丁寧に魔方陣を書き上げていく。
ルルさんのお店に置いてもらっているものなら四十個だろうが連続で書いてしまえるが、今回は流石にそんなに一気には進められない。
五枚ほど書いたところで筆をおいて、書き上げた魔方陣を乗せた棚板を乾燥棚にセットしに行って、そのまま少し休憩することにした。
「魔方陣は、まぁちょっと失敗しても余裕はあるけど……」
「ホー」
「問題は入れ物の方だね」
「ホホー」
リビングに戻ってきてソファに腰を下ろし、暖炉の火をぽけーっと眺めながらキヒカと話す。
魔方陣の紙はそこそこ余裕があるので、書き損じが発生しても問題はない。なんなら元々、四十枚よりも多めに書いて、乱れのあるものははじくつもりで居た。
問題なのは、それらを入れる入れ物の方だ。
これも当然、いい素材を選んで無事に確保はしているのだけれど……四十個作るには、ちょっとぎりぎりになりそうな感じがしているのだ。
今回選んだのは対魔法性能の高い魔物の皮。細かな鱗がしなやかに動き、隙間を埋めるように動くので魔法での損傷に強い。
耐火性能もあるし、撥水もする。斬撃も……まぁ、そこそこ止めてくれるはずだ。とりあえず、簡単に傷がつくものではない。
そんな感じの皮が、二種類手元にある。
最初は一種類で作るつもりだったのだけれど、性能的に納得のいく素材がどうしても少なく、数を作るには足りなくなりそうだったので二種類買ってきて前後で色が変わる感じにしよう、ということになったのだ。
今回のお守りは全て差が無いようにしたいので、全て二色に彩られたお守りになることが確定した。
他にも色々素材は用意したが、今回の仕事で一番量がぎりぎりなのがこの皮である。なにせ、足りないから二種類に増やしたわけだから。それでも結構ぎりぎりなのだ。
「試作はしたし、予備も一つか二つは作れるだろうけど……」
「ホー。ホホー、ホー」
「うん。これはまた、しっかり時間をかけてやろうね」
「ホー」
今回一番失敗出来ないのがここなので、他よりも気合を入れないといけない。
なので、今のようなほけーっとした状態では手を付けられないのだ。魔方陣の準備と魔方陣の起動を知らせる装置、そしてその他装飾部分。そこを作り上げてからやるか、どこか気合の入ったタイミングでやるかまでは決めて居ないが、一日で終わらないだろうな、という事だけは確かである。
「……ふふ、楽しい」
「ホー」
既に若干の疲れはあるが、それでも楽しい。
こんなにもしっかり気合を入れて物を作るのは久しぶりだ。普段は結構気軽にあれこれ作っているから。
それでも、この独特の緊張感は身体に馴染む。決して嫌いではない。
「よし、魔方陣の続き、書こう」
「ホー」
ソファから立ち上がって、再び作業台に向かう。
リビングに置いてある作業台は、そのままそこに置いてある。寝室の横の部屋を作業部屋にはしたが、あちらにはここまで大きな机は置けないのだ。
他の動かせない道具を置いている場所なので、もう既に場所がない。なので、書き物はいまだにここでやっているのである。
「……あ、ソズショエの蒸留液も作らないと……」
「ホー。ホホー、ホー」
「そうだね、魔方陣の準備が終わったらやろうか」
「ホー」
材料はあるが、そこから作らなければいけないものはまだまだある。
けれど、時間も十分にあるので焦らずに一つずつやっていく。そうやって予定を考えるのも、また楽しいのだ。
私はどこまでも、道具作りの魔法使いなのだなぁ、なんてしみじみ考えながら、紙と筆を手に取った。何はともあれ、まずは魔方陣を書ききらなければ。