・フィフィーリアについて
騎士団から正式な依頼がされた日から少し経って、デリックの元にはキヒカがやってきていた。
新しい依頼があったかどうかの確認と、騎士団から受けた依頼の進捗報告を兼ねているものだが、キヒカは実のところそこそこの頻度で店まで遊びに来るので、どれが本命の用事だったのかは分からない。
ともかくキヒカがやってきたので戯れていたら、キヒカが飛んでくるのを見ていたらしいシエルも店にやってきた。
日中は受付にいることがほとんどとはいえ、毎日客が来るわけでもない。
なので、というのかは分からないが、シエルが店に遊びに来て雑談に興じることも珍しいことではなかった。現在村になりかけのこの場所には自分たちしか住んでいないから、他に話し相手もいないのだ。
シエルは現在ユージンの主治医と言ってもいい存在なので、そういう意味でもよく家には来ている。
彼女は草薬の魔法使いであって医者ではないが、ユージンは何か持病があるわけではなく、ただ純粋に身体が弱い。
医者が出す薬よりも、薬草などを組み合わせて日常使いする方がユージンには合っていたようで、それが分かってからというもの、複数種類がある薬草をユージンの体調に合わせて調合してくれるシエルは、やはり主治医と言っていい存在なのである。
「……そういえば、シエルさんもフィフィさんの昔からの友人なんだよな?」
「友人……かは分からないですけど、同じ学校行ってましたからね、付き合いはそこそこ長いですよ」
「ホー。ホホー」
今日も雑談からユージンの体調の事など話していたのだが、デリックがふと思い出したことがあったので、話題を変えた。
当然のように相槌を打っているキヒカが実際何を言っているのかは、残念ながら二人には分からない。
ちなみに使い魔だからと言葉が分かるようになるわけではなく、それまでに積み上げたキヒカとフィフィーリアの信頼関係故に分かっているだけらしい。
「この間来た騎士様と、シンディと……あと、王都にいる……アデラさん?から、揃いも揃ってフィフィさんが何か格安で依頼を受けそうになっていたら止めてくれって言われたんだよな」
「あー……そうですねぇ、その三人は学生時代から先輩に適正価格を教えようと頑張ってらっしゃったから……」
「ホー」
「……そんなに安く受けるのか?お人好しだとは思うが、今までそんなところは見た事ないぞ」
なんて、実は王都を出発するときから思っていた疑問を数か月越しに声に出したデリックをよそに、シエルとキヒカは顔を見合わせている。
シンディはフィフィーリアの事になると過剰反応が通常なのでそこまで疑問にも思っていなかったのだが、同じことを二人、三人と言う人が増えていけば気になりもする。
「……うーん……どうでしょうキヒカ。デリックさんは今後も長く関わっていく相手だろうし、話してもいいかなと思うんですけど」
「ホー。ホホー、ホー」
「了承?許可?あ、話していい。なるほど了解、駄目な事言ったら止めてください」
デリックがここに来るまでとここに来た時を思い出して、お人好しなのは絶対そうだよなぁ、なんてしみじみ思っている間に何やら訳知りらしい一人と一匹の話し合いは終わったらしい。
真剣な顔をしてデリックに向き直ったシエルが、お茶を一口飲んでから口を開く。
「デリックさん、イエライ孤児院ってご存じですか?」
「イエライ孤児院……王都の、評判悪い孤児院だよな?何年か前に不正が摘発された……」
「ホー」
急に変わった話題に、戸惑いつつもデリックは答える。
デリックはずっと王都に住んでいたし、様々な仕事を日雇いでやっていたのでそこそこ情報通な方でもある。シンディがいるから凄くかすむが。
そうでなくても話題に出た孤児院は悪い意味で有名なので、知っている人も多いだろう。
「フィフィーリア先輩は、そのイエライ孤児院の出身なんです」
「……不正が摘発される前の世代か」
「はい。王都の学校に入学するまで、先輩は劣悪な環境で育ってるんです。学校に入学してからは寮で同室だったシンディ先輩が色々と整えたり教えたりして、今ではあんな感じなんですけど……あれでも、表情豊かになった方なんですよ、フィフィーリア先輩」
そう言われて、デリックは脳内にフィフィーリアの顔を思い浮かべる。
無表情、鉄仮面。そうとしか言いようがないくらいに、彼女の表情は動かない。淡々としていて、キヒカと戯れている時は少し緩んで見える程度だ。
あれで、改善した方らしい。にわかには信じがたい。が、確かに雰囲気でなんとなく喜怒哀楽は分かるのも確かだ。それが分かるだけ、改善されたのかもしれない。
「先輩たちが一から、フィフィーリア先輩の自己肯定感というか、そういう物を育てたらしいんですけど……それでもフィフィーリア先輩、どこか自分程度に出来ることはみんな出来ることだ、って思ってる節があるんですよね。だから、先輩にしか作れないものでも安請け合いしちゃうんです」
「ホー」
「……なるほど、な」
こくりと頷いたキヒカを見て、デリックは思わず眉間を揉んだ。
なんというか、納得してしまった。デリックがユージンと話していると妙に眩しい物を見るような顔をしている時があった。思い返せば、あれは憧れているものを見るような、そんな目だ。
思い当ってしまって、頭を抱えたい気持ちになる。道理で周りが過保護な訳だ。それまで、庇護を受けるべき時に受けられなかった結果、自分をちゃんと守る事を知らないから、周りが守るしかないのだろう。
「はぁー……なるほどなぁ……」
「ホー。ホーホホゥ」
キヒカの言葉は分からないが、この時ばかりは「お前もこれでこちら側だ」と言われた気がして、デリックはもう一度ため息を吐いた。
こうなってはもう駄目だ。今までのように「強くて優秀な魔法使い、雇い主」とだけ見れる気がしない。守るべきもの、具体的に言うとユージンと同じ枠に、フィフィーリアが入ってしまった気がしていた。