工房の名前
大分寒くなってきた空を飛んで、受付の建物に向かう。
依頼を受けていた道具を作り終わったのでそれを持っていくのと、ついに決めた工房の名前をお知らせに行くのだ。
周りに言われ始めてからひと月半ほどかかったけれど、ようやく決まったので。
ちなみにこの後は町まで行って、看板を作ってもらうために依頼を出す予定になっている。
シンディにも相談した結果決めた名前なので、これで問題ないはずだ。……工房の名前の良し悪しなんて分からないから、多分、と枕詞が付くけれど。
まぁ、いいのだ。決まったから。決まったんだから、それでいいのだ。
というわけで、空を飛んでやってきた受付の建物。
シエルの家と受付の建物、そして大工さんたちの休憩所しかなかったそこには、新しく建物を作る準備が進められている。
今から準備して、春になったらここに新しく宿が作られるらしいのだ。
ここに魔法使いの店が二つあるから、用事がある人が増えてきたけれど、徒歩だと一日で往復するのは大変だから、宿を用意することにしたらしい。
なんとまぁ、本当に村になってきている。
最近は町から食材などの出張営業が来ることもあるらしいので、本当にこのまま村になっていくのだろう。すごいなぁ。
「ホー」
「うん、行ってらっしゃい」
「ホホー」
キヒカはシエルに用事があるらしいので、着地と同時に飛んでいった後姿を見送る。
私は杖を抱えて受付の方に行く。もう既に店を開けている時間のはずだ。
「いらっしゃ……フィフィさんか。どうした?」
「工房の名前を決めたので、お知らせに来ました」
「お。ついに決めたんだな」
店の扉を開けると、カウンターの内側に座って何やら書き物をしていたデリックさんと目が合った。
デリックさん、最初は私の事を「フィフィーリアさん」と呼んでいたのだけれど、王都に居た頃にシンディと知り合いだったからか「フィフィ」の方がなじみがあったらしく、今では混ざってフィフィさんになっていた。
名前が長いからか、呼び方のレパートリーがどんどん増える。ちょっと面白い。
なんて考えつつ、忘れないようにと工房の名前をメモした紙を鞄から引っ張り出す。
看板とかが出来るまで、ここにも一枚置いていくつもりだ。忘れたら困るので。
「魔道具工房・ジリューロ。という名前にしましたので、よろしくお願いします」
「ジリューロ、な。了解した。これ、なんか意味とかあるのか?」
「古い魔法の区分、みたいなものです。今は使われてないですけど」
「なるほどな……」
ジリューロは、道具という意味を持つ。道具作りの魔法使いの古い呼び名みたいなものだ。
工房の名前にするにはそのまますぎるかもしれないけれど、他に思いつかなかったし、今は使われていなくて意味が分かる人も少ないのでこれにした。
どこかに同じ名前の工房があるかもしれないけれど……まぁ、その時はその時だ。少なくとも私が知る範囲では無いので、それでよしとしよう。
「この後町に行って看板を作ってもらうので、完成したら壁か扉にかけておいてもらえますか?」
「おう、了解した」
町に行って作ってもらうものは、看板と魔道具工房・ジリューロのハンコを二つ。
ハンコは似ているけれど別のデザインで作ってもらって、ひとつは私が持っておいて、もう一つはこの受付に置いて使ってもらう予定だ。
そんな話もして、他に何か用事はあっただろうか、と思考を巡らせる。
「……あ、薪割り機、どうですか?」
「使いやすい。あんなの作れるんだな……」
「よかったです。魔力が切れたら言ってください。補充するので」
「悪いな、何から何まで」
「いえ。道具に関しては、好きでやってることなので」
デリックさんに渡した薪割り機は無事使えているようで、活躍しているなら何よりだ、と胸を撫で下ろす。
調整にそこそこ手間がかかったけれど、一度完成してしまえば長く使えるだろうし、その後の調整はそれほど難しくない。
何より作ったものがちゃんと動いているのは嬉しい。
「……あ。そうだ」
「どうした?」
「大工さんの奥様方に頼まれて作った洗濯機、結構使いやすいと評判なんですけど要りますか?」
「……いいのか?」
「はい」
町の奥様方にその後使い心地はどうか、と聞いてみたら、かなりご好評をいただいたのだ。
話がじわじわ広がっているのか他の人も依頼を検討している、なんてことまで言ってもらえたので、その前にデリックさんに一つ渡してもいいかもしれない。
快適に出来る部分はどんどん快適にしていこう。私はデリックさんが受付をやってくれてとても助かっているので、ぜひ今後もお願いしますというその気持ちも込めて道具はどんどん作るつもりだ。
……まぁ、あんまりやるとアデラにバレて怒られるかもしれないけれど。
でも家の快適さを上げるっていうのは別に悪いことではないと思うのだ。一応この家、私の持ち物ということになっているし。
住んでないけど自分の持ち家なら、快適さを上げるのも自由だろう。なんて言い訳がアデラに通じるかは分からないが。
……それにまだ怒られていないし、怒られると決まったわけでもないから、やるなら今のうちだ。