余裕が出来た
デリックさんが王都からこちらにやってきて数日は、必要な物の買い出しを手伝ったり、ルルさんやレイラさんに依頼受付が完成したことを伝えたり、そんな風にちょっとしたやる事をこなして過ごしていた。
そしてそれも落ち着いたので、今は家でのんびりパンを捏ねている。
シンディには無事に受付が稼働し始めたと手紙を送ったし、テルセロにも依頼を受けれるようになったと連絡を入れてあるので、本当に今はやる事が決まっていない。
久々に暇になったな……と朝起きて気が付いたので、とりあえずパンを捏ねている。これも久々だ。疲れるけれど、この先に美味しい焼きたてのパンが待っているのである。
私は久々にパンを焼き、焼きたてのパンに卵とハムを挟んで食べるのだ。
それが今日の唯一決まっている絶対の予定なので、その予定に向けてせっせとパンを捏ねる。
「……ふぅ、これでよし」
「ホホー」
捏ね終わったパンを整形して休ませて、その間にお茶を淹れる。
こんな風にのんびりなのは本当に久しぶりだ。王宮魔術師時代のような嫌な忙しさではなかったけれど、最近ずっと忙しかったのは事実。
気付けば季節も秋になり、時折嵐の予感がしてくるような時期になっている。
「……あ、嵐の対策しないと」
「ホー、ホホーホゥ?」
「うん。屋外作業場、魔方陣は仕込んであるけどもう少し、ね」
「ホー」
せっかく作った石窯が崩れるのは嫌なので、もう少し厳重に守れるようにしておこうと思っていたのだ。思い出したのでメモを作っておく。
これでよし、とやる事のメモを纏めてあるところに追加して、パン作りの続きをやっていく。
「……シエル、パンいるかな?」
「ホホー、ホ」
「そうだね、聞いてみようか」
ガス抜きと整形を終わらせて再度生地を休ませつつ、パンを焼いているけれどおすそ分けはいるかと尋ねるメモを作る。
それをキヒカの足に結んで、シエルのところまで行ってきてもらうことにした。
シエルだけでなくデリックさんにも聞いてきてくれるそうなので、より一層気合を入れてパンを焼こう。
飛んでいったキヒカを見送って、石窯に薪を入れて加熱を始めながら、シンディに教えてもらったデリックさんの事情を思い出す。
デリックさんは元々王都で日雇いの仕事をこなしていたらしい。真面目な人だし、しんどい仕事でも淡々とこなすから日雇いではなく定職に就かないかと誘われることも多かったそうだが、それを断っていたんだそうだ。
理由は定職に就くと、急にその日は休むと言いにくいから、らしい。数回ならいいかもしれないけれど、月に何度もあってはいけないだろうから、と。
デリックさんの弟さん、ユージンさんの身体が弱くて、特に具合の悪い日は看病で家に居たいから、それが出来ないのは困るんだそうだ。
日雇いで肉体労働を主にやっていたのは、辛い分だけ稼ぎがいいから。薬代などを稼ぐために、むしろそういう仕事をよく選んでいたらしい。
シンディが誘って頷いてくれたのは、家と店が同じ場所で、何かあれば仕事中でもすぐに様子を見に行けるからだろう。
ユージンさんの希望でベッドは中庭に面した窓の傍におかれているし、そこから様子を見ることも出来るはずだ。
あと、向かいにシエルが居るし。草薬の魔法使いは簡単な診療なら出来るし、シンディは回復魔法も使える。条件としては中々いい感じなはずだ。だからこそ受けてくれたのだろうし。
ともかく、そういう事情があるらしい。
それを聞いた身としては、出来るだけいい環境を整えたいなと思うわけで。お給料は当然として、何か必要な時は遠慮せずに言ってほしいなと思っている。
なので、気軽に何かを頼める関係になるにはどうすればいいか、とキヒカに相談してみた結果、とりあえず仲良くなった方がいいのではという結論に至ったのだ。
なるほど確かに。仕事は仕事として、仲がいいのは悪いことにはならないはずだ。
とはいえ私は人と仲良くなる方法については詳しくない。今まで大体受け身でいたから、どうしたらいいのか分からない。
キヒカは私のそんな不安も分かっていたようで、私の代わりに距離を詰めることにしてくれたようなのだ。人よりフクロウの方が人付き合いが上手いの、なんとなく情けなくなる。
まぁ、キヒカは凄いフクロウなので、全然いいんだけれども。キヒカの方が人付き合いが得意なのは学生時代からそうだし。
これに関しては私が人付き合いが苦手過ぎるのが原因だなぁ、なんて思いつつ、石窯に入れた薪が全て燃えて中が十分温まったことを確認する。
パン生地を入れて焼けるのを待ちつつのんびり空を見ていたらキヒカが帰ってきたので、出迎えて膝の上に乗ったキヒカを撫でる。流石キヒカ、早い。
「ホホー、ホーホー」
「分かった、じゃあ籠に入れておくね」
「ホー」
シエルもデリックさんもパンは欲しいそうなので、籠に入れて布をかけて再びキヒカに運んでもらうことになりそうだ。
キヒカは飛ぶのも好きだから、このくらいの距離の往復なら散歩くらいの感覚で気楽に行ってくれるのである。