草薬の後輩
石窯の完成によって料理の幅が広がり、私はウキウキでパンを焼いたりパイを焼いたりしていたわけだけれど、その結果いつもより食料の減りが早かった。
なんでだろうか、美味しいパンが焼けた結果、なんか色々作って食べたからだろうか。
原因なんてそれ以外考えられないので、まぁ食べないよりもいいよねと納得して買い物に行くことにした。
ちょうど買いたいものは色々あるし、畑の植え替えの相談もしたかったし、お守りも結構な量を作ったので何かとちょうどいいタイミングではある。
麦粉をちょっと多めに買って来ようかな、なんて思いつつ空を飛んで、レシピ本を探しに久々に本屋にも行こうと予定を決める。
そうして町まで飛んでいき、いつもの場所に着地して門番さんに会釈をする。
さて、まずは大工さんに玄関扉の交換について相談を……と、歩き出そうとしたところで、キヒカがホーと鳴いて肩から飛んで行った。
どこに行ったんだろうか、と目で追う間もなく、なにやら大きな声が響いて足音がこっちに向かってくるのが聞こえた。
「フィフィーリアせんぱぁい!!」
「わ、あ……シエル?」
「助けてくださいフィフィーリア先輩……!」
ドッと結構な音を立てて私の横腹に刺さるように抱き着いてきた薄紫の綺麗な髪に、見覚えがある。
あと声にも聞き覚えがある。というわけで名前を呼んで確認してみたのだけれど、本人はペソペソと泣いていて返事がない。
抱き着かれた衝撃で倒れそうになったのは、でっかくなったキヒカが支えてくれた。
先に飛び立ったのはこの流れが予想できたかららしい。流石、キヒカは優秀だ。
お礼代わりに軽くくちばしをくすぐって、姿勢を立て直す。私のお腹に腕を回してがっちり抱き着いてきているこの子はまだ動かなさそう。
どうしたの、と声をかけつつ頭を撫でていたら、キヒカが小さくなって肩に戻ってきた。
「シエル、シエル」
「ホー」
「はぁい……」
「どうしたの?」
頭を撫で続けて声を掛けたら、ちょっと落ち着いたのか返事が返ってきた。
うん、確信はもうすでに持っていたけれど、やっぱりシエルだった。
この子は私の学生時代の後輩の、優秀な草薬の魔法使いである。それがどうしてこんなにもペソペソと泣いて助けを求めているんだろうか。
「確か……地元に戻るって、言ってなかった?」
「そうなんです……卒業した後、地元に戻って草薬の魔法使いしてたんですけど、あの……ふえぇ……」
「あぁ、よしよし……」
「ホー」
なにやら辛いことがあったらしいぞ、とキヒカと顔を見合わせて、シエルの頭を撫でる。
シエルの地元は、王都からかなり離れた大きな街だったはずだ。王国内の北の貿易拠点として大分賑わっている場所のはず。
一体何があったのだろうか、と考えていたら、あらあらと穏やかな声が聞こえてきた。
「フィフィーリア?何かあったの?」
「あ、ステラさん。えっと、私じゃなくてこの子に何かがあったらしくて……」
心配そうに声をかけてくれたのはステラさんだった。お買い物をしていたのか、手には鞄を持って日傘をさしている。とても上品だ。
編み物は秋までお休みにしたのだけれど、ステラさんとは時々あってお話をしている。
次の冬に何を編むか、みたいな話も今からしていてとても楽しいのだけれど、今はその話をしている場合ではないだろう。
とりあえず、この子は学生時代の後輩なのだけれど、なぜここにいるのかも分からないのだと説明をする。
どうにか落ち着かせたいけれど、私はそういう対応が苦手だ。どうしたらいいのか分からない。
そんなことを説明すると、ステラさんは頬に手を当てて少しだけ何かを考え、良いことを思いついた、といった表情でポンと手を叩いた。
「それなら、うちにいらっしゃいな。その方が落ち着いて話も出来るでしょう?」
「いいんですか?」
「えぇ。一人でおうちにいるよりも、若い子の話を聞いている方が楽しいわ」
朗らかに笑ったステラさんのお言葉に甘えることにして、シエルの腕を外して手を引いて歩き出す。
キヒカはステラさんの荷物を代わりに持って飛んでおり、道中のんびりと話をしながらステラさんの家まで移動した。
のんびり歩いている間にシエルもだいぶ落ち着いたようで、目元がずいぶん赤くなってしまっているけれど、涙は止まったようだ。
「さ、好きなところに座っていて。お茶を淹れてくるわ」
「ありがとうございます」
「あ、ありがどうございまず」
「声枯れてる……」
「ホー」
ステラさんのおうちの、いつも座っている椅子に腰を掛けて隣に座ったシエルの頭を撫でる。
とりあえず泣き止んでくれてよかった、と思っている間にステラさんがお茶を持って戻ってきて、いつもの椅子に腰を下ろした。
渡されたお茶をお礼を言って受け取り、一口飲んでからシエルに向き直る。
「それで、どうしたの?」
「えっと、私、卒業後地元に戻って草薬の魔法使いやってたんですけど……」
「うん」
「ホー」
「……代替わりした領主が、優秀な魔法使いを生むために魔法使い同士を結婚させるって言い出して……」
「わ、あ……」
「ホー」
「逃げてきました……」
なるほど、なんだか色々、大変だったらしい。
話している間に何か辛いことでも思い出したのか、スンと鼻を鳴らしたシエルの頭を撫でる。キヒカもシエルの膝に乗って、慰めの姿勢を取っていた。
ステラさんも、大変だったのねぇ……とクッキーを差し出している。その後も全員でシエルを慰めつつ、もう少し話を聞くのだった。