大事な事
イリアス先輩による回復魔法の授業は、今日一日、夕方までの予定になっている。
なのでお昼休憩を挟んで、午後も噴水広間で授業は続く。
私とキヒカは見ているだけなのだけれど、回復魔法の心得というか、意識すべきところというのをしっかり聞くのは初めてなのでこれが中々楽しい。
まぁ、覚えたところで使えはしないのだけれど。こればっかりは、努力でどうにかなるものでもないので仕方ない。
私は回復をやりたいのなら魔法薬を作るしかない人間だ。
魔法薬作りもそこまで得意ではないので、あまりやりたくはない。道具作りに似ているところもあるけれど、結局は別物なので。
なんて考えながら、魔力の操作がひと段落して呪文を覚えるところまで進んだ授業を眺める。
これまで真面目にやっていただけあって、アルパが細かい操作のコツを覚えるのは早かった。
一度覚えてしまえは後は集中してどこまで細かく出来るか、というのが重要になるだろうから、そこは先輩が帰った後に自分で頑張るべきところである。
「回復の呪文は、回復」
「ユベダ」
「そう。フィフィーリアから魔法を教わった時、意識するべきことは教わった?」
「えっと、言葉の意味をちゃんと理解するようにって」
アルパの言葉に頷いて、先輩はこっちを向いた。
何かと思ったら、にっこり笑ってアルパの方に向き直る。
……ちゃんと教えてて偉いね、の微笑みだろうか。そう思っていいんだろうか。
「魔法を使うときは、呪文の意味まで理解するのがすごく大切なんだ。多分、それはもう分かっているよね」
「はい。光の強さが全然違いました」
「それと同じくらい、回復魔法では大事な事がある」
先輩の言葉に、一旦微笑みの意味を考えるのをやめて耳を澄ませる。
回復魔法の本職、それもかなり上位の人が教えてくれる大事な事。これはもう、使えなくたって聞いて覚えておくべきだろう。
「治したい、良くなってほしい、ってちゃんと心を籠める事。その人の事をちゃんと思う事。それが出来ないと、回復魔法はちゃんと発動しない」
「こころをこめる……」
「そう。回復魔法は、祈りだからね。人のためにどれだけ本気で祈れるか。それが何よりも大事」
キヒカが小さくホーと鳴いてすり寄ってくる。それを撫でながら、そういえば回復魔法の魔法使いたちの中には、それまで全く訓練していなかったのに突如回復魔法を使うことに成功した、という人もいるんだったかと思い出す。
つまりはあれが強い祈りの力って事なんだろう。足りない他の全てを補えるほどに強く祈れば、回復魔法は発動すると。
そう考えると、やっぱり回復魔法は特別だ。
そして道具作りの魔法使いの対極だと言ってもいい。魔力の適性的に回復と対極なのは狩猟の魔法使いだろうけれど、多分あり方としては道具作りが対局にいるだろう。
道具作りは、なんであれ正確に行えば発動する。見よう見まねで書いた魔方陣でも、それが正確に書けているなら発動するのだ。
「どう思う?キヒカ」
「ホー」
キヒカとしてはどれも大して差はないらしい。認識の違いだ。
これは人によってどう感じるか変わりそうな事だなぁ、とのんびり考えながらキヒカを撫でる。
私は道具作りの魔法使いで、回復への適性が一切ないから、余計に回復魔法は道具作りの対極に感じるのはあるだろうし。
なんて、ぼんやり考えごとをしながらアルパとイリアス先輩の回復魔法授業を見守って、気付けば時間は夕方になっていた。
予定通りここまでにして、おじいさんと帰っていくアルパを見守る。
まだまだやりたいこともあるようでちょっとごねていたけれど、最終的には素直に帰っていくのだからいい子だ。
「そういえば、フィフィーリアはこの町で魔道具を売っているのかい?」
「はい。お店に置いてもらって、ちょっとだけ」
「なるほどね。主に何を?」
「お守りです。一回限り、使いきりの」
夕日に照らされる噴水を眺めながら、解散前に少しだけ話をする。
先輩はこの後宿を取りに行かないといけないし、私はここから飛んで帰らないといけないので少しだけだ。まぁ、お互い遅くなっても困らなくはあるので、多少長引いてもいいけれど。
「あと、昨日からマニキュアも」
「マニキュア……あぁ、あれか。どこで売ってるの?」
「いりますか?一個手元にあるので、よろしければ」
「ありがとう。シャロンへのお土産にするよ」
だろうと思った。学生時代、先輩はシャロンは魔力まで綺麗だ、とよく言っていたから。
なのでこれは、もしよろしければと渡そうと思っていたのだ。ちょっと、うっかり忘れかけていたけれど。思い出せたから良しとしよう。
なんて思っていたら、噴水の縁を歩いてくる猫がいた。
「……あ、猫さん。こんにちは」
「おや……こんにちはレディ。はじめまして」
外だからか声は出さずににっこり笑っている猫さんに、先輩が丁寧に挨拶と自己紹介をしている。
他の人たちは気付いていないようだけれど、やっぱり魔力の強さ的に普通の猫じゃないのは、魔法使いからすると分かりやすいことだ。
というか、多分猫さんが隠す気がないから、知らせるように発してくれているのだろう。
そんなわけで猫さんに挨拶をして、去っていった猫さんを見送る。
そして、なんとなく話も区切りがついたので解散することにした。
「また何かあったら連絡しておいで。この町くらいになら来れるだろうから」
「ありがとうございます。シャロン先輩にも、今度何かお礼を送ると伝えていただけると」
「うん。伝えておくよ」
門の前で挨拶をして、門番さんに会釈をして門を出る。
さて、もうすでに夕方だから、家に着く頃にはすっかり夜になっているだろう。
それならそれでかまわないけれど、ちょっとだけ急いで帰ろう。ということで、杖に跨り地面を蹴って、いつもよりちょっとだけ急ぎ目で空を進んで帰路についた。