春の気配
雪が消えた地面と、伸びた日照時間。そして暖かくなってきた空気。
森には若芽が、地面には柔らかな草がのびのびと成長し始めている。
これはつまり、そういう事だ。
「春だ……!」
「ホー」
確実な春の気配に、私は浮かれて外へ出た。
王都のあれこれから少し経ち、早速シンディと文通したり強めのお守りを作ろうと魔法陣に調整を加えたりしている間に、季節は冬から春へと変化していた。
一応少し前から春の気配は感じていて、この間町に買い物に行った時に靴やら服やらを新しく買ったりはしていたのだけれど、ここまでしっかりとした春の気配には気分が上がる。
「キヒカ、畑予定地を見に行こう」
「ホー」
浮かれた気分のまま秋に目星をつけた畑予定地へと足を向け、小川の音を聞きながら進む。
そう、春が来たのだ。春が来たということは、ついに畑の開墾に手を出す時が来たという事なのだ。
冬の間に荒れ地開墾の本はしっかり読み込んだ。まずは固まっている地面をしっかり掘り起こして、石などを取り除くのが大切らしい。
雑草の根なども出来るだけ取り除きたいと。魔法でやればどうにかなるだろうか、と考えながら過ごしていたので、イメージだけはバッチリだ。
あとは中途半端なままになっている屋根を全て張り替えて、外壁を直すついでにキヒカ用の出入り口を作って、可能ならばパン焼き窯を作る。……作れるんだろうか、王都に行った時に誰かに聞いておけばよかった。
「……おぉ、青々としてる」
「ホー」
「えーっと……この辺だよね」
「ホホー。ホー?」
「うん、川に近すぎると、雨の時に不安だから」
「ホー」
前に目星をつけていた位置に立って、あたりをグルリと見渡してみる。
うん、勾配もそこまでないし、やっぱりここが良いと思う。水捌けとかは分からないので、やりながら考えていこう。
土を作るのは時間が掛かると本にも書いてあったから、気楽にやろう。やってみたいからやるのであって、何か作れなければ飢えるというわけでもないのだ。
「畑、何植えようか」
「ホー」
楽しみだ。育てやすい野菜って何があるんだろうか。
ここも規模を決めたら杭を打って、ロープで囲んでおかないと。
やることがいっぱいだ。全部やりたい事なので楽しいけれど、焦って進めてもいい事はないので一つずつ熟していこう。
まずは、畑よりも家の方だろうか。それとも畑の範囲くらいは先に決めておいた方が良いだろうか。
悩みつつ、杖に跨って空へと上がる。
上から見てみると家ともかなり近いのだ。実際に歩くとお散歩くらいの距離があるけれど。
「どんくらいの規模が良いかな」
「ホー」
「あんまり広いと大変だよね」
「ホー」
杖の先に相乗りしてきたキヒカと一緒に、地面近くまで降りて畑の範囲を考える。
初めてだし、まずは小規模でやるのが良いだろうとは思うのだ。
けれど、最低限の範囲ってどのくらいなのだろうか。そこが分からないので、範囲決めに迷ってしまう。
「とりあえず地面掘ってみる?」
「ホホー」
困ったらやってみる、ということで、とりあえず地面を掘り返してみることにした。
雑草の根で表面は硬くなっているので、その下までしっかり掘り返していく。
魔法でやってしまうので、時間はかからない。手作業でやったら数日はかかるだろうな、なんて考えている間に終わった。
「でっかい石は退かして……根っこ、篩にかける?」
「ホー……ホホー」
「そうだね、手作業は無理だね」
「ホー」
小規模とはいえ、土を手作業でせっせと振うのは中々の無謀だ。
となると魔法でどうにかしたいのだけれど、どうするのが良いだろうか。
考えつつ、掘り返した地面に降りる。おお、ふかふかだ。
「うーん……」
「ホー」
「魔法陣で、土と木をより分けたらどうにか出来るかな?」
「ホーホー」
「そうだね、やってみよう」
やってみないとどうなるかは分からないので、畑は一旦ここまでにして家に戻ることにした。
次町に行ったら、また杭用の木材も買ってこないと。間を繋ぐロープも用意するけれど……ルヒの蔦を探してみてもいいかもしれない。もう春だし。
なんて考えながら家に戻って、この後は屋根の張替えをすることにした。
春だし天気もいいし、今日は屋根張り日和である。
この天気が連日続いてくれれば屋根の張替えはあっと言う間に……終わる、だろうか。まだ割と範囲は残っているので、そんなにすぐには終わらないかもしれない。
でもまぁ、やっていればすぐだ。冬の間出来なかったので、作業へのやる気は満ちている。
「よし、やるぞー」
「ホー」
畑予定地から戻って来て、家の中から屋根の張替え道具一式を持ってくる。
屋根材も買い足さないといけない気がするので、次の買い出しは大荷物になりそうだ。
やっぱり春になると忙しいものらしい。
嫌じゃない忙しさというのは、いいものだ。家を直し始めた頃は何かと忙しかったな、なんて、既にちょっと懐かしく思いつつ、まずは屋根をひっぺがしていく。
痛んでいる木材を入れ替えて、下地を張って屋根を張って……久々の作業に集中していたら、あっと言う間に日が暮れてしまった。明日もまた屋根直しになりそうだ。