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仕事やめよう

 ある日、私は思い至った。

 そうだ、仕事、やめよう。そしてどこか、知り合いの居ない田舎にでも行って、スローライフというものをやろう。と。

 思い立ったが吉日、という親友の口癖に従い、その日のうちに仕事を辞めて、私はそのまま王都を出た。



「よし、ここにしよう」

「ホー」


 そうしてお供のフクロウだけを連れて歩く事数日、私は数年前に住む人が居なくなった村に辿り着いていた。

 目の前には、中々マシな廃屋が一軒。見たところそこまで痛んでいないし、ここなら掃除と修理をしっかりやれば住み着くのに問題は無さそうだ。


 村の中を見て回った結果、この家が一番マシな廃屋だった。広さもほどほどで、一人で住むなら丁度いい大きさだ。それほど広くない平屋、スローライフには丁度いい。

 うむ、と一度大きく頷いて、ここまで運んできていた荷物を地面に降ろした。そして早速家の掃除を始めつつ、少し仕事の事を思い出す。


 別に、誰かに嫌なことをされたとか、何か言われたとか、そんなことはない。ただ、疲れた。それだけだ。

 とにかく仕事が多かった。

 私の元職場は王宮の魔術部門だ。学校を卒業してそのまま就いた職だが、卒業前に誘われた時は先生たちから強くオススメされるくらい名誉のある仕事だった。


 まぁ、王宮所属になるのだから周りが強く勧めるのも分かる。

 高給取りだしね。

 ……そう、高給取りだった。それはもう、二年くらいしか働いていないにも関わらずたんまりと貯えさせて貰った。


 けれど、稼いだそれを使う時間が無かった。

 一番下っ端の私ですらその忙しさだったし、先輩たちはもっと暇なく働いていた。

 仕事で分からない所を聞けば皆優しく教えてくれたし、良い人たちだったけれど、あまりにも忙しそうだから話しかける隙すらほとんどないくらいだった。


 そんな日々に疲れてしまって、あの日、ぷつんと何かが切れる音がしたのだ。

 そして今に至る。

 ゆっくりと目を開けると、目の前には魔法で一気に掃除をした家がある。窓という窓を開けて空気を入れ替え、床から壁から天井まで、全てを水拭き空拭きし終えた家は、少しマシな見た目になっていた。


「よし。中に入ろう」

「ホー」


 荷物は一旦そのままに、肩に止まったお供のフクロウを連れて家の中に踏み入れる。多少床がギシギシ鳴る所はあるけれど、歪んだりはしないから床が抜けるような心配はなさそうだ。

 家の中は家具が残されていたので、残っていたそれらは全て家の外に運び出す。手に持った杖を振って風を起こして家具を浮かせ、外に出して適当な所に積んでおく。処理はまた後でにしよう。


 キッチンダイニングと、暖炉のあるリビング。そしてお風呂とトイレがあって、家具を退かした結果出来た空き部屋が二つ。もう一つ小さな空き部屋が出来たけど、あれは部屋には狭いので物置だろう。

 そんなわけで、空き部屋は二つだ。そのうちマシだった方を寝室にすることにして、もう一度部屋の中を拭き掃除しておいた。床は特に念入りに。水拭きした床を風で乾かして、しっかり乾いたらその上に木の板を敷いておいた。全体ではなく、一部だけ。より具体的に言うと、ベッドを置く部分だけ。


 ベッドはここに来るまでに立ち寄った町で買っておいた。そう、しばらく歩いてちょっとだけ冷静になった結果、快適な生活にはふかふかなベッドが必要だと思い至って、買っておいたのだ。貯め込んでいたお金で、良いベッドを買った。

 板を敷いた床の上に新しいベッドを置き、一人満足の息を吐く。やはり睡眠は大事だし、それはつまり寝床は大事だという事だ。そう。睡眠は大事、なによりも。


 なんて一人呟きながら、ベッドと一緒に買ったテントを組み立てていく。これは虫よけ、埃よけの魔道具で、新しく買ったベッドを絶対に汚したくない一心で買っておいた。

 テントを被せたベッドは天蓋付きの物に見えなくもない。三角形のテントだけれど、それがむしろいい味を出している。


「ふふ、新生活の第一歩だね」

「ホー」

「……もう夜か。お風呂の確認もしたかったけど……仕方ない、ご飯食べて、今日はもう寝よう」

「ホー」

「キヒカはどこで寝る?一緒にベッドで寝る?」

「ホー」


 寝ないらしい。まぁ、キヒカはフクロウだし、夜の間は何か別の事をしているつもりなのかもしれない。そもそも普段から一緒に寝ているわけではないので、新たな生活の始まりに浮ついて聞いてみただけのことだ。


 なので特に気にせず、荷物を家の中に運び込んだ。その中から食料を取り出して空腹を満たし、まだ浴室は使えないので水で布を濡らして身体を拭き、ひとまずよしとした。服を着替えてベッドに腰を下ろすと、軽く体が沈んだ後に跳ね返る。

 こだわって選んだだけあって、かなりふかふかないいベッドである。


「おやすみ。キヒカ」

「ホー」


 まだ寝ないらしいお供に声を掛けてから、私はベッドに寝転がった。

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