我儘な妹に何でも譲ってきたけれど、婚約者だけは譲れない
2つ年下の妹のレベッカは、いつも私のものを欲しがった。
くまのぬいぐるみ、金のリボン、バラの刺繍のハンカチ、アメジストが埋め込まれたブローチ、グランドピアノ。
どれも子爵である父に頼めば手に入るものなのに、新品ではなく、なぜか私の持っているものを欲しがった。
そうしていつしか物に留まらず、専属メイドのマティアや私の友人たちのことまで欲しがった。
我儘な妹だけれど可愛くて、私はこれまでできる限り何でも譲ってきた。
だから少し考えれば、安易に想定できたことかもしれない。
彼女が私の婚約者まで欲しがるということを。
ただ、さすがにこればかりは譲れない。
私の婚約者、伯爵子息のリアム・ミリオン様と私は幼馴染である。
リアム様は世間から見ると、少しだけ変わった方なのかもしれない。彼は幼少のころから、ほぼ人と接触することなく、常に分厚い本を持ち歩き、暇さえあれば本を読んでいた。
時たま本から目を離し、何をしているかといえば、草花をじっと凝視している。
伯爵子息だというのに、自分の外見にも無頓着だった。
私はそんな彼のことが気になり、いつも遠くから見ていた。
初めて話した10歳のあの日、彼はベンチに座っていた。
前髪が長すぎて、本を読むにしても草花を観察するにしても邪魔だろうと思い、私はおずおずと自分が持っていた髪留めを差し出した。
そしたら、勢いよく差し出した手ごと叩かれてしまった。
そして、彼は急に顔を近づけてきた。
「なんだ、君か。ごめん。男子がいたずらで虫を差し出したのかと思った」
「虫? というか、こんな近づかないと見えないの?」
「うん。目が悪くて」
「眼鏡をかけたらどうかしら?」
「眼鏡をかけると酔うから」
「でも、かけたほうがいいと思うわ」
「そうだね。ところで、こんなに近くで君を見たことがなかったけれど、君ってすごく可愛いんだね」
彼は頬を染め、笑った。
そんなことを言われ、単純だけれど『気になる』から、一気に『大好き』になってしまった。
それから7年後、リアム様に婚約してほしいと言われ、私は彼の婚約者となった。
とても嬉しかった。
「レベッカ、ごめんなさい。リアム様だけは絶対に譲れないわ」
私はレベッカの目を見て、きっぱりと言った。
「どうして? 姉様より私の方が伯爵夫人に相応しいし、私の方が可愛いんだから、リアム様だって文句はないはずよ」
「……私、リアム様のことを愛しているのよ。レベッカはリアム様のこと、別に好きなわけではないでしょう?」
「そうね。彼、なんだか暗いし、確かに昔は苦手だったわ。けれど、結婚相手として考えてみたらそう悪くないと思って。結婚しても束縛しないだろうし、何しろ次期伯爵でしょう? 大体、彼に華やかさがないんだから、妻がカバーしないと。だから、姉様よりずっと愛嬌がある私の方が、彼には相応しいって思ったのよ」
レベッカは自分の長い髪を指でくるくると弄りながら、そう答える。
なんだかんだ理由をつけているけれど、彼女はきっとまた、私のものを奪いたいだけなのだ。
「そんなことお父様がお許しにならないわ」
「父様はミリオン家に嫁ぐのは、私でも姉様でもどちらでもいいとおっしゃったわ。だから何も問題はないのよ」
「でも、リアム様は……」
「姉様、諦めが悪いわね。実は私、姉様の知らないところで、彼ともう何度も2人きりでお会いしているのよ。彼は姉様との婚約を破棄して、私と婚約してもいいそうよ」
「そんなのは嘘よ」
「嘘だと思うなら、確かめてみたら?」
レベッカは、私を見下すように冷笑した。
翌日、私はリアム様のお邸を訪ねた。
執事に案内され、中庭に入ると、レベッカとリアム様が親密そうに抱き合っていた。
私は思わず、その場にしゃがみ込む。
先にレベッカが来ていたことも知らなかったし、彼がそんな行いをすることも、到底信じられなかった。
リアム様は私に気づいていないようだ。
声なんてかけられない。
震えながら門まで戻る。
門を出ても、乗ってきた馬車はなかった。
リアム様のお邸に戻って馬車を呼んでもらわないと、帰るに帰れない。
途方に暮れて突っ立っていると、後ろから急に抱きしめられた。
「シェリー、ごめん」
リアム様の声だ。
どうして?
振り返ると、リアム様ではなかった。
語弊がある。リアム様ではあるけれど、いつものリアム様ではなかった。異常なほど、外見が洗練されている。
「さっき、中庭での……見ていたのでしょう?」
私は小さく頷く。
「あれ、俺じゃないから」
「え?」
「俺の従兄だから」
リアム様は優しく笑い、そっと私の手を取った。
「今、夏休暇で従兄のフレドが遊びに来ていて、邸に滞在しているんだ。婚約者がいるのに言い寄られて困ると相談したら、適当にあしらってやるからって。フレドは俺と違って女慣れしてるし、多分面白半分で。確かに俺と彼は似てる。でも、近くで見たら別人だって分かるよ。まあ、元々俺をよく知らない彼女には分からないと思うけど」
「その格好……」
「従兄が普段の俺の格好をしていて、俺が普段の従兄の格好をしているから」
「髪も切ったのね」
前が見えないくらい長かった前髪が、すっきりとしている。
「変かな」
「すごく似合ってるわ」
「ありがとう。それより、君を傷つけて本当にごめん。邸の者たちには、君が来るようなことがあったら気をつけるよう言っておいたんだけど」
私は左右に首を振る。
「俺が好きなのは、シェリー、君だけだよ。俺にはずっと、君だけだ。愛してる」
彼はそう言って私を抱きしめた。
よかった。
本物のリアム様は、いつだって私だけを見てくれている。
数日が経った。
私はリアム様のお邸に呼ばれ、彼のお部屋の窓から中庭を見ていた。
見つからないようカーテンに隠れながら。
例によって、中庭でリアム様の従兄のフレド様とレベッカがお茶を飲んでいる。
「リアム様、覗きみたいでちょっとはしたなくはないかしら?」
「覗きみたいではなく、完全に覗きだね」
「見ていていいの?」
「今日で遊びは終わり。もう夏休暇も終わるし、彼がどう締めるのか見届けないとね」
彼は真剣な表情で、部屋の窓を開け放つ。
中庭から、2人の声が聞こえてきた。
「結婚できない? リアム様、どういうことです? 姉様と婚約破棄して、私と婚約してくださったのですよね?」
レベッカの声は金切り声に近い。
「知らないよ。だって俺はリアムじゃないし、ただの大嘘つきだから」
フレド様が淡々と返す。
「はあ?」
「大体、婚約者のいる男に言い寄るとか、あんたどういう神経してんだよ。しかも実の姉から婚約者を奪い盗ろうとするなんて、性格悪いもいいとこ。そんで性格悪いのが顔にも出てるし。俺は女の子が大好きだけど、あんただけは絶対に勘弁だね」
「し、失礼な」
「あんたみたいな性格も外見も汚い女、嫁の貰い手がないよ」
トドメの一撃だった。
レベッカは崩れた。
そして、子供みたいに大泣きし始めた。
「ああ、レベッカが……」
私はここが2階だと言うことを忘れ、彼女に駆け寄ろうとする。
「甘やかすことないよ。我儘にはいい薬だ」
リアム様は言った。
「そうね。レベッカがあんな性格になってしまったのは、きっとこれまできちんと叱ってこなかった私もいけなかったんだわ」
「俺はその君の優しすぎるところも大好きだけどね」
彼はそう言って、私を自分の肩に抱き寄せる。
「幼少時代、いろいろなものを彼女に取られて、我慢してきた部分もあったんじゃない? 今度は俺が君を嫌っていうくらい甘やかすよ」
「リアム様……」
私は彼に体をもたれる。
ここは、私が世界一安心できる場所だ。
何がどうなったのかわからないけれど、レベッカはあれ以来、フレド様を追いかけ回している。
しかし、フレド様の方はレベッカを全く相手にしていない。
可哀想だけれど、彼女には世の中には自分の思い通りにならないこともあるということを学んでほしい。
そして痛みを知って、いつか本当の愛を見つけてほしい。
2年後、リアム様と私は結婚した。
私たちはとても幸せに暮らしている。
お読みいただきありがとうございました。
評価や感想などいただけましたら、大変嬉しいです。
今後の執筆活動の励みになります。