第六話 障壁
あのちょっとした手合わせから、二日ほど経った昼。俺は、兄さんにある用事があって、兄のいる部屋の前に来ていた。
「…兄さん」
「お、何だ?三月」
兄さんに自分から話しかけるのは、本当に久しぶりだった。少しだけ、未だに「失礼のないように」とか考えてしまう自分もいるが、きっと兄なら、どんなことを言っても許してくれるだろう。そんな、理由のない自信…はたまた期待が、俺の中にある。
「あの、また、魔力、ほしいんですけど…」
俺がそう言うと、兄さんは笑顔になって、
「おお、いいぞ。いやー、ついに三月もちゃんと要望を言えるようになったか…」
と言って、また俺を抱きしめようとした。…だけど…
「だめだ」
その間に、割って入った人がいた。…父だ。
「だめだ…って、俺の魔力だぞ?」
「だめなものはだめだ。下手に三月に魔力がわたると、当主争いに発展する。…そんなこと、あまりさせたくない。」
父と兄は、そう言って、睨み合っている。
「でも父さんは当主争いなんかなしだったろ!余計なお世話だ!」
兄さんが、そう叫んで、俺と兄さんの間にあった父さんの手を叩き下ろした。
「いっつ…武!お前!父に逆らうのか!」
体がすくみ上がる。頭では、その言葉が兄さんに向けられたものであるとわかっていても、それでも怖いものは怖い。
「ああ!逆らうね!いまなら魔力もある。あんたは家の価値にばっかり目を向けてるからここじゃ魔法を打てないかもしんないけど、俺はここで撃っても別に構わないんだから!」
「…武っ!お前ぇ!」
兄さんは、その右手に電気の弾けるような音を、バリバリ鳴らしている。
そのタイミングだった。
「ごめんくださーい、常夕天音といいますー。お宅の三月さんに伝えたい用件があるのですがー。」
えっ…天音!?どうしてこのタイミングで…
「…天音って言うと…この前の手合わせ相手か?」
兄さんは、そう俺に聞いてきた。
「はい、そうです。…でも、何の用だろう…?」
俺は正直天音の方も気になるが、それ以前にこっちのほうが気になる。…正直、当主である父さんが勝つべき戦いだ。そっちの方がこの乱闘の外聞ももみ消しがきいて、家が不利になることはないのだろう。…しかし、兄にも負けてほしくは、ない。…この感情の、理由はわからないが。
「…天音の方に行きなさい。…おい、クソオヤジ、お前もそれでいいよな?」
「ああ。」
父さんは何も気圧された素振りを見せず、静かに兄さんに同意した。
「…じゃあ、行ってきます。」
第六話 障壁
「あ、来たね。」
下に降りると、天音はそう言って微笑んだ。
「…何の用?今俺の家忙しいことになってるから、できるだけ急ぎ目で用件を伝えてほしい。」
俺がそう言うと、天音はにやりと笑って、
「その用件というのがね…」
と言って溜めた。
「おい、できるだけ早くしてくれ。」
「なんだよもう…せっかく友人が会話の種を持ってきたんだよ?もっとさ、なんか…こう、面白い反応があってもいいと私は思うんだよ。」
「だから早くしてくれって…」
俺がずっと催促すると、天音は呆れた表情とため息を俺に見せた。
「わかったよ…で、用件は、私の父さんが休みの日は、私とあなたが手合わせできるって話になったってこと。」
は?…いや、ちょっと待て。俺と天音が手合わせ?そんな話もともとしてたか?…というか、天音との手合わせってつまりあれだろ?無差別破壊者と戦えって言われてるようなもんだろ?…無理無理無理、あんな命かけた戦い二回もやってられない…
「…。その話は、丁重にお断りするよ…それじゃ」
「待って待って、魔力の件なら問題ない。私の兄さんのを借りればいい。」
「なんで魔力…」
「だってあなた、今魔力ないでしょ?」
…!
「…前も思ったが…なんで、お前には魔力が見えるんだ?」
「生まれつきの体質と…あとは、魔法のおかげ。」
「魔法?」
…これを聞ければ、…そしてもし、その魔法を夜野家の技術とすることができれば…
「そう。もし、私にもう一度勝ったら教えてあげる。」
よし、決まった。
「わかった。じゃあ、今度もう一度戦おう。」
「やったーーーーー!!」
天音は、俺の言葉を聞いた瞬間に飛び上がった。…なんだコイツ。
「私ね、ずっと私と釣り合うやつに会えなくて、ずっとちゃんとした手合わせなんてできてなかったの。」
「でしょうね」
「でもでも、これなら…私はもっと強くなれる。…よし、じゃあ、次の土曜日、また手合わせね!!」
そうして、悪は去った。
家に戻ってみると、未だに二人は睨み合っていた。流石に、茶の間に机を挟んで座っていたが。
「戻ったか。で、何の用事だった?」
兄より先に、父が、そう聞いてきた。
「用事は…手合わせがしたい、とのことでした。」
「手合わせ?またか?」
「ええ。断ろうかとも思いましたが…」
俺がそう言いかけた瞬間に、父は机を強く叩いた。そうして、我が家の机が一つなくなったのを気にもとめずに、父は、
「手合わせを断るなんて名家にとっては一番の恥だ!それをわかっていなかったのか!」
と叫んだ。
「おい、クソ親父。それは無いんじゃないのか?」
「父親に口答えするか?」
「ああ、そうさせてもらおうってところだ。…そもそも、あんたはあの戦いを見てないだろう。」
「それはお前もだろう。…それに、その戦いで三月は善戦こそしたが負けたのだろう?それなら、もう一度勝負を受けて相手を捻り潰すのが名家としての誇りではないか。」
「…もう我慢ならねぇ」
兄は立上がって、右手に風を溜めた。
「三月、俺がこれからやることは、親父に対して敵対することに等しいが…一緒にやってくれるか」
「…!」
兄の、表情は、極めて真剣に見えた。…俺も兄は好きだ。だから、その決意の表情が、とても格好良く見えた。
「お断りします。」
「…は?」
俺の言葉に、兄は驚く。当たり前だろう?俺にとっては、家が一番大事だ。ここまで生きてこられたのは、家のおかげなんだから。
「…なるほどな、そういうことか…忘れてた」
「なんだ?逆らうのをやめるのか?」
父は、依然として兄を睨みつけたままだ。
「…しょうがねぇだろ。…クソが」
兄は、ただ、そこに悔しさだけを込めた背中で、立ち去ろうとした。
「待て。」
「何だよ…これ以上用かよ」
「三月に魔力を渡せ。」
そう、父が言った刹那、父は部屋の隅まで吹き飛んだ。
「…ほんっとクソ親父だなお前は!なんで自分が都合のいいように全てをすすめようとするんだお前は!」
「そんなことを言って…家の恩恵を受けているのはお前らだろうが!」
「俺はそうかもな!だが三月は違うだろうが!」
「何が言いたい!」
「三月はお前にさんざんさんざんボコボコにされて、いいようにされてる、この家の悪い部分の象徴だよ!お前みたいなクソ野郎からさえ生まれなければ、ただただ自分の頭脳を活かした何かしらの一般人になれてた!だが今の扱いはなんだ!家畜か!?犬か!?奴隷か!?…三月がこの扱いに疑問を覚えないのもお前のせいじゃないか!?…もう、クソ野郎だよ…お前…」
「それが何だ?」
「…はぁぁぁああ????」
「三月は名家の血を引いているという名誉を生まれながらにして持った。ならば、それに見合うだけの功績が必要なのは当たり前だろう?」
「同時に魔力を持ってないせいで必要以上に痛めつけられてる。…本来なら、幸福になれていたはずの人間がここで幸福になれていないのが問題だって言ってんだよ!」
「いいや、幸福にはなれない人間だ。こいつは。ここに生まれてきたからな。」
「…ああ言えばこう言いやがって…この旧時代で肥えた豚が…!」
兄さんはそう吐き捨てて、俺に歩み寄った。
「…もう一度、聞くぞ。なあ、三月。絶望に立ち向かいたいとは、思わないか?」
前と同じ質問だ。…もちろん、答えはノーだ。
「いいえ。」
「お前のその「普通」が、あいつの作った建前だと知ってもか?」
「ならば意味があるのでしょう?俺が逆らう理由がない。」
「…ああそうかい。ああそうかい!」
兄さんは、俺を強く抱きしめて、魔力を流し込んだ。
「ちょ、ちょっと。苦しいです、兄さん!」
「…クソが、クソが、クソがよぉ…」
兄は、泣いていた。…肩が湿ったから、間違いない。
なぜ泣いたかは、わからない。…全くもって。
俺に魔力を注ぎ終えたあと、兄はすぐに部屋にもどった。
俺は、首をかしげ、父は、部屋の後始末を俺に命じた。
…今日起こったことは、何だったのだろう。…まあいい。
天音を倒して、夜野家の面子を潰さないようにしなければ。
第六話 終