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第五話 プライド

天音視点

認めざるを得なかった。いや、そんな上から目線ではダメだね。あの魔法はすごかった。

三月…か。初めて魔法を使ったのに、私の最高傑作を防ぎきる実力。何より、私だって負けるつもりはなかったから、『ヴェール』を対策するために…光の帯を霧散させないために、「イスザータ」を選んだのに。

でも、結局弾かれた後の帯は制御が効かなくなっていた。

当然だ。あれは本来、8も積層させて使うものじゃない。威力は確かに上がるけど、制御に欠ける。

結界の点をずらすという小細工程度、+2の時点で十分だったんだ。だから、せめて+2を使っておけば…

後悔してもしょうがないか。負けは負けだ。


第五話 プライド


昔、父から聞いた話だ。

今から四十年も前、この世には魔物と呼ばれるのがうじゃうじゃしていたのだという。

しかし、四十年前に父が起こした、最初で最後の魔物と人間の戦争では、父の陣営が勝利し、魔物はいなくなった。

だが、それでも、私はその頃の名残を受け継ぎたいと思っている。だから、こうして剣を振るい、魔法を鍛えるのだ。

父のように、強い人間になりたい。そのために。


父は素晴らしい人間だ。もう今年で70はとうに超えているらしいが、その体は衰えず、むしろ生き生きとしている。見て取れる年齢は…30ほどだろうか?

昔話されたところによると、父は現人神というものらしい。

人ながらにして神たる力を持つ。すごい人間だ。

そんな父の名前は、常夕暮人。名の通り、そして私たちと同じく、オレンジ色の髪で、かっこいい。

そんなことを考えてニヤニヤしていると、椅子に座っている兄から睨まれる。

兄も…常夕紫音も、昔は父のことを尊敬して、その背中を追っていたが、今は挫折している。

私は彼が嫌いだ。対して努力もしないまま諦めた。神の子にありながら、その誇りも持とうとしない。

茶の間だから、顔を合わせることもある。私が心底嫌そうな顔で睨み返すと、視界の端にいた母が、ため息をついた。


さて、私は今日、負けた。その反省会をしようと思う。と言っても、大半はもうさっき挙げてしまった。整理し直すだけだ。


一、魔力の使いすぎ

奏始《幻想の序曲》『イスザータ+8』

これが私の放った魔法のフルネームだ。これは、私自身が魔力ギリギリまで使い切ることでギリギリ撃てるくらいの魔法だ。今のところ、必要魔力量が、常人の総魔力量を1とすると、積層するごとに2ずつ分増えていく。

元がそもそも3なのだ。大魔法には間違いない。私が放った魔法は、総魔力量19となっている。私は現人神の家系だから扱えてしまったが、むしろギリギリまで魔力を使うと、帯を大きく操作する補助的な役割を持つ魔力の分がなくなってしまう。不利益だった。


二、帯の出し過ぎ

積層を+8まで行ったのなら、帯はおそらく256本になっていたはずだ。帯の質も、積層をすればするほど高まる。それは確かだが、今壊せる限度の物理結界の破壊程度なら、+2でよかった。

どのみち、エネルギー結界、ひいては《ヴェール》も現状簡単には壊せないのだ。相手の高い判断能力を考えれば、

「こう考えているからこうすればよい」

ということを誘発させて裏切るしか、勝つ手段はなかった。

具体的には、エネルギー結界を彼が剥がした瞬間に、想像とかけ離れた軌道で帯を動かせば、当然だが躱せていなかったはずだ。そうすれば勝てた。


…とまあ、この二つだろうか。結局は、積層のさせすぎが問題であった。

「でも、きっと何度も使っていくうちにちゃんと使えるようになるんだろうな…」

三月と何度も模擬戦して切磋琢磨、いいじゃん。

彼だって《ヴェール》をまた宣言したのだ。魔法の名前どうこうの話を聞いた後で。

なら、その魔法を後世に繋いでいくだけの覚悟があるはず…いや、それはなかったとしても、《ヴェール》自体にはある程度のプライドを持ち合わせた、ということだ。

それなら、三月だって私との模擬戦に手を貸してくれる。

根拠は少ないが、でも確信はできる。あの人は魔法が大好きだ。楽しそうだった。

一つ、気になる点はあるが、それは少なくとも今すぐに言うべきじゃないなとなんとなく察していたから、私が学校に慣れたらにしようと思う。

彼の内情を掴むのだ。

「おや、随分と楽しそうじゃないか。学校で何かあったのかい?」

父だ。私の方を見て、微笑んでいる。

「うん!お父さん、あのね、三月って子に会って、その子がなんとね…」

私はここで精一杯溜める。彼の凄さを強調したいのだ。

私は彼には負けていない。いや、負けたけど、次は勝てる。でも、それでも私と彼は互角なんだ。すごいことなんだ。

「うん、その子が?」

父の顔が興味ありげな顔に変わった。私が普段こんなふうに溜めるのは珍しいし、楽しそうに喋るのも珍しいのだろう。

いっつも、あの子はだめだ、弱すぎるとか、そういう話しかしてこなかったから。

でも、今回は違う。どんな顔するかな。

「私の『イスザータ+8』を防いだんだ!」

父は三月に対して称賛するだろうか。娘が本気を出せる相手が見つかってよかったと安堵するだろうか。

しかし、父は私の予想とは全く異なった返しをした。

「お前、本当に『イスザータ+8』を使ったのか?」

父は、私の肩を掴んでそう言った。結構強い力で、ちょっと痛い。

その顔は、怒りか、悲しみか。はたまたその両方か。そして、声音は重く張り詰めていた。

私は黙り込んだ。怖い、父のこんな表情、見たことない…と言えば嘘になるが、本当にこっぴどく叱られる時の表情だ。

だが、私が黙っていても父は何も言わず私を睨み続ける。求められている返事は、イエスかノーだ。

でも、そうなった経緯がある。魔法実技ではいつも通り気を使った。いや、いつも以上に気を使った。魔力がないと聞いて、でも彼には魔力がある。それなら魔法が苦手なのかな、出すスピードが遅かったり威力が低かったりするのかな、と思ったから。…三月は全部避けてたし、反撃してこなかったけど。

そんな態度を取られたら、そりゃあグラウンドに召集をかけてちゃんとやれと言うでしょ、煽ってるのと同じことだもの。かなり恵まれた…私と同等量の魔力を持ちながら、人と真面目に魔法を打ち合わず、避けているだけ。そんなのは許せなかった。

実際、彼は《ヴェール》と名のついた魔法を使った。勘違いだとすぐに分かったけど、それまで私には彼が、才能があるのにそれを隠し通し、心の奥底で周りの人間を嘲笑っている、最低の人間にしか見えなかった。

それから、名のついた魔法を説明すると、今度はあちらから見たいと言われたのだ。見せもする。

そんな理由があることを知らずに、怒られるのは嫌だ。だが、こんな長ったらしい弁明父も聞かないだろう。だから、最後の部分だけかいつまもう。

「見せてって言われたから、使った…」

その瞬間。父が、私の頬を平手で打った。痛い…!

「なんでな」

「お前がそれで人を殺した時、責任は取れるのか!?」

なんで殴るの!?と、言おうとした時だった。

確かに、幻想の序曲自体人が死ぬような魔法だ。私は、強くなりたいという気持ちを優先し続けた結果、人を簡単に殺せる領域へと達していた。

だが…

「別に序曲じゃなくても魔法で人は死ぬじゃんか!」

精一杯本心を言語化したつもりだ。

実は、魔法実技というのは一般的に取り入れられている教科の割には実に危険度の高い教科だ。体育が次点にあたる。

少し考えれば当たり前だ。魔法実技はペアを組んで、魔法をお互いに撃ち合う。

父によると、その目的は元はどんな環境下であっても魔法を使えるようにというもので、半ば軍事教育にも近い。

今の目的は、表面では、魔力を体に溜め込みすぎることによる魔力暴走の防止のための、魔力の発散と、どんな環境下にあっても心を乱さず、心の過剰な乱れによる魔力暴走を防ぐための平静の訓練という二つを受け持つということになっている。

でも、どちらにしろ、炎魔法とか岩の弾丸とかを撃ち合い続けていれば、人は怪我もするし死にもする。序曲と同じだ。

私の反応は当然だと、父もわかってくれるはずだ。

「お前は何も分かっていない」

「え…」

父は、そう言った。涙が溢れる。私が何を分かっていないというのか。

(いや、これはきっとお父さんが出した試練だ。これがわかれば、私はお父さんにまた一歩近づける。)

私の、父に対する不満の感情の中に、ふとそんな感情が浮かんできた。

考えたい。


しばらく、私たちの間に沈黙が流れた。

分からなかった。

私は、三月はイスザータ+8を使っても生き残った。逆に他の人は私が軽く光魔法で撃ち抜くだけで死ぬ。その二つは結果論にすると変わっているかもしれないけど、過程を見るとなんら変わらない。

過程では両方死ぬ可能性があって、結果として、片方は生きて、片方は死んだだけ。お互いちゃんと戦っている前提なら、恨みっこは無しなはずだ。

「分からないか」

父が、言った。私も、素直に分からないと、頷いた。

すると、父はため息もつかず、少し笑って、私の頭を少し撫でた。その顔は、先ほどとは違って、穏やかだ。

「知らないならいい、まだお前にはわからないことは多い。そのことをわざわざ咎めたりしない。だが、これから話すことはしっかり聞きなさい。」

「はい。」

父は、とても優しい声音でそう言って笑った。私も、鼻水を啜って、涙を拭きながら、頷いた。

「可能性って言葉はわかるよな。」

「はい。」

「そりゃ、結果は幾つにも分岐する。今回みたいに無事になる可能性だってあるし、そうでなかった可能性はある。

もし無事でなかった場合、お前は一生後悔することになる。

この世界には、漫画や小説のように、簡単に人を生き返らせたり、はたまた失った部位を取り戻したりするような、魔法は存在しない。お前には、無茶をするな、と同時に何度も言っていることだな。

だから、人殺しをして仕舞えばどうなると思う?」

「警察に、捕まります」

殺人は法律に違反している。周知の事実だ。

「それだけか?」

私は、言葉に詰まる。それだけじゃないのだろうか。父の感覚はわからないが、私には少なくとも、今日時点で三月は別に大切ではなかった。死んでも、別にどうとは思わなかっただろう。

「…それだけです。」

わからない以上、そうとしか言えなかった。

父が、今度はため息をついた。

「まあ、難しいか。正解は、「その感触を、そして重さを一生忘れない、後悔し続けること」だ。人殺しの感覚は、ひどいものだ。その瞬間は分からなくても、生き残った家族から罵られた瞬間、その意味を、その重さを理解する。お前には、そうなってほしくない。」

私は、俯いた。三月の家族から罵られる自分は、きっと誰が見ても、私が望む華やかなものではなくて、惨めなものなんだろう、と想像してしまったのだ。

「…まあ、ここまでが自分本位の考え方。相手方のことを考えたら、いや、社会全体のことを考えたら、倫理とか、そういういろんなのが混ざってくるけど…お前は物理の知識部分以外の勉強、からっきしだし、第一、お前の年齢で人のことを考えろなんていう方が難しいだろう。だから、今の認識は、これでいい。」

やっぱり、父は立派だ。自分なりの答えを持っているのだ、と思った。

同時に、思ったことがある。聞こう。

「でも、序曲を使っちゃいけない理由が、まだよくわかりません」

そういうと、父は何か気づいたような表情をして、私の頭を撫でた。

「そこで最初の可能性の話だ。序曲を使うのと、普通の魔法を使うの、どちらの方が人が死ぬ可能性が高い?」

簡単だ。

「序曲です。」

「そうだよな。俺はお前に人殺しになってほしくない。だから、お前のその行動を叱ったんだ。理解してくれたか?」

「…わかりました。」

それならば、私が今まで頑張ってきたのは一体なんだったんだろう。父のようになりたい。あわよくば、父に追いつきたいと努力していたのに。

兄の方を見ると、心配そうな目でこちらを見ていたが、すぐに目を逸らしてしまった。

彼も、そうだったのだろうか。父の教えで、諦めたのだろうか。なら、私の言うことは一つしかない。

「でも、私は強くなりたい。お父さんのように、強くなりたい。そのためには、相手が必要なんだ。」

私の言葉に、父は驚いていた。もう一度兄の方をチラ見する。兄は、心なしか嬉しそうな表情だった。

「…そうか。正直なことを言おう。俺はお前に強くなってほしくない。」

「なんで…!」

拭い取った涙が、また流れ始める。わかってくれると思っていた。子供の頃からの夢だったのだから。

「だが、娘の行く末を勝手に決めたくない。そうだな、魔法を使ってみたいのならその相手を適当に見繕おう。…と言っても、お前の+8を防げるやつなんていないようなものだから…」

父はそう言って悩む顔をした。

「その、三月くんとやらは本当に防ぎきったのか?」

「うん、《ヴェール》って魔法を使って、私の光の帯を真正面から弾いたんだよ。」

そう私が言うと、父は口角を上げた。

「じゃあ、俺がいるときにでも、うちに呼びなさい。その時は、俺が見守っててやる。三月が危ない時は俺が助けてやるから。もちろん、三月自身と、三月の親の許可は取るんだぞ。」

「ありがとう!お父さん!」

私は、満面の笑みでそう言った。

嬉しかった。やっぱり、父はわかってくれたのだ。

父の予定は把握している。私たちが門限に引っかからずに自由行動できるであろうタイミングで、うちの家に呼ぶには、土曜日が最適だろう。今日は始業式、思い返してみれば火曜日だ。明日、許可を得よう。

私は、今日もいつも通りぐっすり、しかも、いつもより満足した気持ちで眠りにつくことができた。


第五話 終

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