第三話 天音
兄と別れたあと、もう一度自分の今までを考え直してみた。生まれが生まれな以上、殴られるのは当たり前だと、今も変わらずそう思う、が…
「異常、か…」
殴られてるやつなんて学校にはいないもんな…
それで言ったら生まれのせいだろ?だったら兄だって異常のうちに入るんじゃ…?
そんなことを考えていると、牢の外から父と兄の大声での喧嘩が聞こえてきた。
ああ、兄がまた殴られるのだろうか。はたまた、俺が?
そんなことを心配しながら過ごした残りの春休みは、なぜかいつもより殴られる回数が少なく終わった。
第三話 天音
始業式の日になり、久々の学校にやってきた。骨が折れていたのも、魔力のおかげか結構治ってきたような気もする。だけど、確か本には魔法では体の形を変える「変身」「治癒」の類はできないと書いてあったはずだ。
「魔力、かあ…」
持たざるものからすると、ますます不思議である。
そんなつぶやきを聞いていたのか、俺に対してよく軽く小突いてくる男の子三人程度の集団がやってきた。
「へへ、聞いたか今、こいつ、魔力ねえくせに魔力に恋してるみたいな目してやがる!」
集団の一人がそう言うと、全員がげらげら笑った。まったく、いつも通りうるさいな…
「お前みたいな魔法の授業中に回避すらできないやつ、犯罪者に焼かれてすぐに死んじまうぞ?」
心配してくれているのだろうか。案外優しいやつらだ。
「おい、なんで何も返答しねえんだ?」
一人がそう詰めてきた。
「俺はお前らの微笑ましい会話を聞いてるだけで十分だから。第一、三年か前くらいに返答したらキレたのはそっちじゃないか。」
俺はそう返答する。…実際は覚えていないが、どうせそんなこと一度はあるだろうし、そんな昔にもなれば相手も覚えていない。カマをかけるのなんてこんなもんでいい…
「…ッ!てめぇ!」
どうやら逆鱗に触れてしまったらしい。返答したからだ、まったく…
そいつから放たれる弱々しい右パンチが俺の顔を狙って飛ぶ。俺はとりあえず目を瞑って無抵抗にあたろうとした。
…が、5秒ほど経っても拳は飛んでこなかった。
俺は恐る恐る目を開けた。すると、そこにはこのへんではめったに見ない、赤みがかった夕焼けのようなオレンジ色の髪で、金色の目をした、そんな女の子が、男の子の腕を掴んで立っていた。
「君たち、弱いものいじめはやめなさい!」
彼女はそんなことを言った。
…何を言っているんだ?彼らはいじめなんかしていない。俺に対しての一種のじゃれあいをしただけだ。
それなのに…なぜこの三人は焦っている?
「…なあ、状況がつかめないんだが…別にこいつらは、なれ合いのつもりでこっちにかかってきてただけだと思うぞ?」
俺は、そう言った。
「んなわけないでしょ?」
女の子は、「こいつ何言ってるんだ、意味わからん」という表情でこちらを見た。他三人も、同様だった。
「え?何?違うの?」
俺がそう言った途端、男3人は笑い出した。女の子は、深刻な表情でこちらを見つめる。
「ねえ、あなた、頭大丈夫?」
しまいにはそんなことを言われてしまった。なんて言い方だ。
「大丈夫だけど?」
俺がそういうと、彼女はため息をついて
「今まで人助けのつもりでやってきたことがこんなふうに裏目に出るなんて考えたこともなかったわ…」
と言った。
人助け、ね…媚売りとかでもないなら、俺は絶対にやらないと思うんだが…
「ねえ、あなた。」
「ん?」
あの女の子が話しかけてきた。
「あなた、名前なんて言うの?」
…こういう時毎回言葉に詰まる。夜野の姓が俺についていることは遠からずバレるのは分かっている。でも、こういう時に夜野を名乗るべきなのか、すごく悩むのだ。でも、どうせバレるなら…
「…夜野三月。」
「ふうん、三月ね。私の善意をへし折った人間として、覚えておくね。」
彼女はそう言って足早に教室から出て行った。
「なんだったんだ?あいつ…」
どうやら腕を掴まれたやつもそう思っていたらしい。
ほんと、なんだったんだろうか…
朝学活の時間になって、転校生が来ると知らされた。
転校生…こんな辺鄙なところにくるなんて災難だな…なんてことを思いながら、件の転校生を待つ。
入ってきたのは、先程のオレンジの髪の…
「常夕天音です。よろしく。」
彼女はそれだけ言って、隣の席についた。
「…!隣の席…」
彼女は俺を見るなり、そんな事を言った。
「ん、ああ、よろしく。」
俺がそう言うと、彼女は複雑そうにそっぽをむいた。
隣になるということもあって、俺は授業中の彼女をじっくり観察した。
魔法の腕前は上の上。…兄に引けを取らないレベルの強さを誇っていそうだ…なんなら超えているか?
兄の魔法は誕生日祝いの後、運動課題ついでに外に出たときに覗いてきた。天音と比べると、火力は劣るが一度に打つ量は多い。対して、天音は明らかに火力過多。量は少ないが…まあどう考えても名家の夜野より年下の人間が、夜野を超えている。そんな事実が存在しているのは夜野にとって不都合だろう。
次に勉学…下の下だな。平均を大きく下回る。感覚派の魔法使いってことだろうか?感覚派は後々行き詰まる。…そうだな、そう考えればもう夜野にとって不都合なんてことは一切ないのか…
「何考えてるの、虚ろな目して。」
天音がこちらを覗き込んでいった。
「…別に?俺が何考えていようと勝手だろう?」
「つれないなぁ…?これから隣の席なんだから、仲良くしようなんて思っていたのに…」
彼女はそう言って笑う。
「そうだ。あなた、魔法実技のとき一回も魔法使わなかったよね。」
魔法実技の授業は、隣同士二人一組になって行うものだ。俺は…まあ今は魔力を貸してもらってはいるが、魔法はあまり無駄には撃ちたくない。
「ああ、それがどうかしたか?」
相手からすれば俺は魔法を撃たない異端児だ。…魔力がない者なんて名家でなくてもほぼ前例がない。100億分の1程度、いたかどうかくらいだと知っている。
「打たない理由はないでしょ?あなた、魔力がないわけでもないんだから」
「!?」
俺は天音の言葉を聞いて、思わず顔を上げる。
「魔力がない可能性なんて考えるやつ、今時いたんだ…」
「いいえ?私も、朝あなたに絡んだやつを見るまでは考えもしなかった。あなたに魔力がないって言ってたから。」
もうあのとき既にいたのか…しかし、それなら確かに考慮もするか…
「その通り、俺は魔力がない。だから魔法は撃たない。いや、撃てないんだよ」
俺がそう言うと、彼女は机に前のめりになって、
「嘘つき。あなた、今魔力あるでしょ。」
と言った。
「なんで分かるんだ?いままで、計測装置もなしで、そんな遠目から魔力がわかるやつなんて見たこともない。」
「え…あれ、ああ、みんなわかんないんだった。」
彼女はそう言って笑った。
「お前、魔力が感じられるのか?」
「え、うん。というか、見える。君の量…相当多いけど、本当に魔力なしなの?だとしたらほんとうの意味で私の目を疑うんだけど。」
「…魔力は、もとは本当にない。だけど、今だけ兄からもらった魔力を持ってる。」
「なるほどねぇ…」
彼女はそう言って机から手を離した。
しかし、それを知ったとて彼女は何を思うのか…
「じゃ、今は魔法実技できるってことじゃん?大丈夫、もらった量が多いんだからそう簡単には使い切らないよ。」
付き合ってほしい、ということだろうか。確かに、全部避けられては張り合いがないのだろう…
「…まあ、それもそうか。付き合うよ。」
俺がそう言うと、彼女は満面の笑みを浮かべた。
俺と天音は、校長にグラウンドにでる許可をとった。そうしてグラウンドに出ると、どこからか聞きつけたやつらが、俺と天音の戦いを見ようとしていた。
グラウンドの真ん中に出て、天音が構える。
「それじゃ、いくよ。」
瞬間、俺のすぐ横を火球がかすった。
「え…?」
おかしい。俺が見た魔法とは段違いの速度だ…
「なにぼーっとしてるの?あなたが魔法を使う決断をしたから、手加減しなくて良くなったと思ったのに。」
「…なるほどッ!」
俺は苦笑いしながら、天音の出す大量の火球を走って避ける。
「そっちが全部避けるつもりならこっちだってやり方があるよ!」
クソッ!走る先に置いてきやがった…目が慣れてきてかろうじて見えるが、避けられない…
魔法を使おうにも、一回も使ったことがないから使い方がわからん…天音はそれをわかっているのか!?
「やるしかねぇ…!」
俺は持っている魔力を外に押し出すイメージと、布のように流動的な…そんな結界のイメージ。その2つを思い浮かべる。魔力はここ3日で感じてきた。押し出せる!
「《ヴェール》!」
できた…初めての魔法だ…!
感極まるのもつかの間、天音の驚く顔と、そちらのグラウンドにいくつかばらばらに穴が開いているのが見えた。天音の魔法の跡と同じだ。
「あなた、今、魔法を弾いて…!…いや、いいや。」
天音はそんなことを言って、今度は魔法の種類を増やしてきた。炎、風、水、氷、雷、光、石…流石に全部が全部避けられるわけではない。ところどころ物質化したヴェールを使って魔法をはじく。足は痛むが、俺の身体能力は思ったより高いらしい。
「なんだ!私が本気を出しても全然大丈夫じゃん!」
彼女が楽しそうで何よりなことだが、こっちもこっちで結構疲れる…!
「仕方ない、こっちも出し惜しみはしてられない…!」
できるだけ少なく、そう、少なく…持てる魔力の50分の1、そんなものでいい。
「イメージは、ここらへん全域を破壊し尽くす…それくらい…!」
そのくらいじゃないと多分天音は止まらない!
「ちょっ!三月!何をする気!?」
天音は魔法を撃ちながらもそう叫ぶ。
「くらえ!」
俺は、天音を狙うことはしなかった。絶対に外す自信があったから。
地面を狙って、全力で…!
第三話 終