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第二話 良い涙

俺は父を、殴られながらもなんとかして説得し、外出する権利を得た。これもすべては、3月27日の誕生日のためだ。

俺は嬉しかった。祝ってもらえることだけじゃない。そもそも、俺を覚えていてくれたことが一番うれしかったのだ。

約束の時間は、書き忘れていたのを慌てて足したのか、隅っこにちょこっと、11時とだけ書かれていた。

そろそろ、約束の時間だ。足は相変わらず折れているが、まあこの程度なら間に合うはずだ。

俺は、走って千年杉の下へと向かった…


第二話 良い涙


千年杉の下へと向かうと、もうそこには兄が居た。

ーーーー遅れてしまった。

俺はそう思って、少し震えた。しかし止まるわけにはいかないのでしっかりと歩を進めながらどう言い訳しようかを考える。そうだ、足が折れてるからそれを口実に使って…いや、無理だ、父様なら「そんな程度で遅れるほど弱いのか、魔法が使えるならばその程度関係がなかったのに。これだからお前は…」とでも言いながら殴ってくるはずだ。それなら、下手に言い訳せずに…

「お、三月。もう来たのか。まだ10時45分くらいなのに…」

兄は、腕時計を見ながらそう言った。

「あっ…ええと…」

言葉に詰まる。早く来すぎてしまったみたいだ。…何か、謝らなくては…

「どうした、顔色が悪いぞ。…悪いな、体調が悪いのにこんなところに来させて。」

「い、いえ。僕のせいで苦しんでしまっている父様の前で、幸福なところを見せるわけには行きませんから。」

俺の返答に、兄は絶句する。そして、先程よりも強い口調で、

「あのクソ親父、お前にまだ何か虐待してるのか?」

と言った。…虐待なんて特にされていない。生きることができるだけで、俺はあくまで幸福だ。

「されてないですよ。父様がそんな事するわけないじゃないですか。」

俺はそう、本心を伝えた。

「じゃあ…」

兄は、俺の腕を掴んで服をめくる。

「じゃあ、この体のあざは何なんだ?」

正直、見るに耐えないと、そんなふうに言いたげな表情をしていた。

「…報いですよ、僕が魔力を持っていない、報いです。」

「そんなわけあるか…!お前も、親父も、はっきり言って異常だ…」

兄はそう言って肩を落とす。

「…?何をそんなに落胆する必要があるのです?兄さんは力を持っているのだから…」

「力なんて持って…!」

兄は何か言い返そうとしたが、俺の顔を見て、それを言うのをやめた。

「?僕の顔に何かついてますか?」

兄は黙る。きっと、無表情すぎて驚いたのだろう。…俺は、自分で言うのもなんだが、それなりに聡いつもりだ。でも、それを見せつけたら、また…小3のときのように…

…?なんだ?小3の時って…何かあったか?…思い出せない…

「絶望に立ち向かわないで、負けたままなのは癪だ。」

兄はそっとそう言って、俺の額を触り、そして抱きしめた。

「兄…さん…?」

こんなことは、いつ以来だろう?

だめだ、なんか、思い出そうとすると気分が悪くなる。

「お前に2つ、選ばせてやる。一つは、このまま生きるか。もう一つは、絶望と立ち向かうか。」

兄さんはそんな事を言った。

「絶望…?どんなものなんですか、それは。」

「お前の考え方が、生き方が。どんなに異常かを理解してしまう絶望だ。…お前が望まないなら、与える気は毛頭ない。」

兄の言葉に、少し身震いする。別に、現実を見るとかどうとかいうのは、今まで避けてきた気はない。その程度の絶望は、軽くはねのけられる自信が、俺にはある。…どこから湧いてくるものかも知らないが…

でも…

「…今のままで、いいです。」

今のままで俺は十分満足だ。痛いしやめてほしいことも、人生においてはいくらだって存在する。そこでへこたれていてはだめだと、俺は思うから。

「…そうか。なら、この話は忘れてくれ。」

そう言いながらも、兄はずっと俺の体を抱き寄せて、離そうとしない。

「もともと、今日は俺が誕生日を祝う約束だったはずだ。今から、プレゼントをやる。」

兄はそう言って、俺の体に何かを流し込んできた。

「…?兄さん、これは一体…」

何か暖かくて、そして、少し…本当に少し、怖い。

「魔力だよ。お前に生まれつきなかったものだ。」

そう言った後、兄はようやく俺を離してくれた。

魔力…俺にとってはある意味では因縁のようなものだが…これからは、兄を思い出せるものになりそうだ。

「お前は要領がいいから、俺を簡単に超えられるだろう。魔法書は学校で読み漁れば良い。」

「えっ…」

魔法が打てるレベル…?それに、超えるってことは何発か打てるっていう想定なのか?

「兄さん、僕に一体どれだけの魔力を…!」

「一旦渡せるだけ渡した。本当は、本人の魔力が一発分でも使えれば、魔力がちゃんと作られるようになるんだが…これだけしか渡せなくてゴメンな。」

衝撃だった。…父さん以外は、全員俺に興味がないと思っていたのに。兄は、ちゃんと俺のことを考えてくれていた。…俺の喜ぶものを考えてきてくれてた!

「…ありがとう…ございます…」

「ちょっ…泣くな泣くな!」

ああ、涙の跡なんてつけて帰ったらまた殴られるなあ。

でも、それでもいいやって思えるくらい、この涙は、良い涙だった。


第二話 終

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