第一話 つまらない人間のくだらない一日
荒れ狂う戦乱の渦。たとえ誰かがこの力を手にしても、それでも止まろうとすら思わない愚民ども。
なぜ人はこういう時に限り冷静さを欠くのだろう。わからないのだろうか、俺が抵抗しているのではなくただストレスをぶつけているだけだということを。
わからないのだろうか。これ以上戦ったとしても俺はこれを手放すことはないと。
もう、俺は疲れたんだ。
第一話 つまらない人間のくだらない一日
名家の生まれと聞いて、皆は何を思うだろう。
お金があって何不自由のない生活を送ることか?勘のいい人だったら、その誇りばかりに囚われて自分らしい生き方をさせてもらえず、ただレールだけを敷かれ続けると思うものもいるだろう。
ただ…俺の場合は、レールすら敷いてもらえなかった。
ただ生きることだけは許された。それだけだ。
昨日殴られた跡がじんじんと痛む。もちろん服で隠せる範囲だけを、殴られ続けている。
肩、腹、腿、背中…
痛いと言ってもやめてくれないのは、俺が5に満たない時からそうだった。
6か7のころ、個室は一応与えられはしたが、個室から出たら殴られるということが見え透いていたから、俺が外に出ようとしなくなったことを受けて、今の俺には個室なんてものもなければ布団なんてものもない。一種の牢のような場所で寝ることを義務付けられた。
そこまでするならずっと牢の中で放置していてほしいものだと思っていたが、義務教育を修了しない分にはそうはいかず、名家の体裁を保つためだけに、俺は決まった時間に学校に行かされる。それは今日だって例外ではない。今はまだこうして寝ていられるが、こんな環境は臭くてたまらないからこそ、朝の5時ほどになってまだ寝ていたなら蹴り起こされ、半強制的に風呂場に入れられ、まだ痛む傷にお湯をかけ、強く擦り…ということをしなくてはならない。
もう慣れたものだと言えばそうなんだが、ただずっとずっとそんな環境に置かれているから、どうにも学校では頭がおかしいと思われているらしい。
持ち物の盗難や軽めの暴力などは日常茶飯事だが、日常すぎてもう慣れてしまった。
持ち物の盗難なんてのはずっと持ち物を持ち運べば防止できるし、暴力も家と比べれば大したことはない。
まあ子供のじゃれ合いなんてこんなもんなんだろう。本なんて読んでたらよくそんなことは書いてある。
勉強だけはそれなりにできるから、周りに教えたりなんてこともたまにはやる。
他は大抵図書室にいるが。
「…そんな癒しの場も今日で一旦終わりか…」
今日は3月25日だから、修了式がある日だ。…よかった、魔法の授業はない。
学校で唯一家に勝る恐怖が、魔法の授業の日だ。
2人一組になって魔法の撃ち合いをするという実戦風な訓練もするし、それが大体体育の代わりになっている。
これの何が怖いかって、別に魔法が当たろうが小学生程度の威力では全くもって痛くないのだが、もし炎魔法が当たってしまった時、他の人は水魔法などを使って衣服への引火を防げるのに、俺はそれができない。魔力がないのだ。それで、服を穴だらけにしては、帰ってきた時に物を大事にしろだのなんだのまた殴られるわけだ。ひどい時なんて足が折れてて避けようがなかった日があったしな…松葉杖なんてものは持ってたら家庭を疑われるからもちろんなし。まあそんなことも数十を超える回数あったからもう気にならない。
2日後に、俺の誕生日があって、それを祝う人がいるかいないかくらいしかもう今更気になることはない。
まあ今年こそは何もないだろう。兄さんとも、父に言われたから言葉を交わせなくなったし、母さんともそうだ。
魔力を持たないものがこの家の人間に関わると人の質が落ちる、だそうだ。
まあ慣れた文句だ。今更何も思わない。俺ももう、11だしな…。
足音がして、俺は折れた足を引きずりながら無理やり起きる。
キィ、と、牢屋の鉄格子が開く音がした。
「おはようございます。」
俺は深々と頭を下げて挨拶をする。
「…起きていたか、つまらん。ほら、さっさと風呂へ行け。」
そう言って、父は立ち去っていった。
階段を上がり、風呂場へ向かう。兄はまだ寝ているようで、起こさないようにそろそろと向かっていく。
服を脱ぎ、さっさと風呂場に入って体を洗い始める。
布団なんてものもなければ不衛生でもあるから、そんなのを洗う風呂場は両親や兄が使っている風呂場よりも小さなものであるらしいが、まあ人が1人はいれば体くらい簡単に洗えるからなんてことはない。
痛む体を片足で支え続けて、数分洗い、そして流す。そして頭も洗って、湯船につかる。
内出血はしてるから普通に痛いは痛いが、慣れたものだ。
「…春休みか…」
涙を流せるのは、湯船に浸かっているときだけだ。
慣れてはいても、辛いものは辛い。当たり前だ。
だけど、名家の生まれにして魔力を持たないで生まれてきた俺の方が悪い。それもまた当たり前のことだ。
だからこの家に泥だけは、塗らないようにしないと。
学校につき、席に座る。また今日も机に落書きをされているが、まだこのクラスの人間には壁に絵を描くような幼児しかいないのだろうか。
春休みが明けたら小6になるのだから、しっかりしてほしいものだ。
俺はアルコールティッシュを取り出し、油性で書かれたそれを消す。
正直何も困らないが、消すのめんどくさいと思って消さなかった日には、先生に呼び出されて、まあそうなるともちろん親に報告されるから、という流れになってしまったことがある。殴られるのだけはゴメンだ。
先生が教壇に立ち、授業開始の号令をかける。
そして挨拶して、授業開始だ。
魔法の授業がないなら、俺は人よりはできるという立ち位置に映る。だが、それをひけらかすのも他人にとっては負のイメージを持たれるということもわかっているから、控えめにしている。テストの時に100点を5回くらい連続でとった時に女子にまた一番になれなかったと泣かれたときから常に80〜90を取るように意識することにしているというのも、そのうちの一つである。
夜野家は勉強でなく魔法の名家であるから、俺に対して勉強でとやかく言ってきたことはない。だから、俺は安心して手を抜ける。
そして別に当てられることもなく次の授業にうつり、そこでも何もなく修了式に移り、家に帰った。
家に帰っても、母さんとも、兄さんとも何も話さず、また牢屋のような場所に戻る。これが日常であり、今更これに対して何か言おうとする気力はない。
2年前に言及して、死ぬほど殴られた時以来は…
少しトイレに行きたいと思って、さっと牢を出て、向かう。トイレの前で何やら兄さんが不自然に立っていて、そして俺と目も合わせずに紙を手渡してきた。俺が受け取ると、兄さんはさっさと行ってしまった。
トイレの中で、その紙を開いてみると、中にはこう書かれていた。
「お前の11の誕生日が2日後にあるわけだが、お前のためにも、家の中で祝うことができないことを、まず俺は残念に思う。さて、それでも兄としてお前を祝いたいという思いはある。では、どうしようかと考えた。記憶では、春休みの宿題として、運動が課せられていたと思うが、そこには外で運動することとの記載もあっただろう?それを口実にして、二日後、裏の山にある千年杉の下で落ち合おう。」
俺は嬉しさを感じた。兄さんが、俺のことを祝おうとしてくれていること。
俺は、二日後への期待を高まらせた。
第一話 終