第零話 二十七日月
1986年、3/27日のこと。
ある夜更け、産婦人科には、出産を今か今かと落ち着けていない男と、弟というものは聞いていたけれど、未だそれをあまり知らぬ3歳の男の子がいた。
まず、男の名は、夜野守。古くより続く名家、夜野家の現当主であり、勤勉で頑固な人物であった。
そして子の名は、夜野武。夜野家に長男として生を受け、現時点で魔法がある程度使えるなど、その才能は未だ底知れずの子供であった。
まずは、この者たちを主として語ろうと思う。
第零話 二十七日月
「とーさま、おとおとって、まだうまれないのですか?」
無邪気に、武はそう聞いてくる。
「そうだな…流石にそろそろであることは間違いないが…」
俺も、ソワソワソワソワとして仕方がない。妻である幸音を、心配になる気持ちもそうだが,このままでは次期当主が武で確定してしまう。そんな重圧、俺くらいで十分だ。
しかし、当主争いなんかが起きてしまってはそれはそれで嫌だが…
「しかし、今日は月がよく出ているな…美しい。」
「そうですね、おとおとにも、みせてあげたいです」
兄としての自覚が既にあるのか、はたまた友達かのように考えているのかはわからないが、少なくとも武の顔はとても凛々しく見えた。
そういえば、名前の候補を考えていない…どんな名前にしようか。
「とーさまは、おとうとにつよいこにそだってほしいといってましたね」
「ん、おお、そうだな。お前のように、早くから魔法を使えて、夜野の…名家の一つとしての自覚は持っていて欲しいと思っている。」
俺がそう言った瞬間、武の顔が少し暗くなった気がした。
「ん…武、どうかしたか?」
「いえ、なんでもないです。」
その声に被せるように、力強い産声が聞こえてきた。
「お!生まれたか!」
俺はさっさと立ち上がり、幸音の元に走った。
「幸音!生まれたか!?」
出産直後で少し疲れた顔をしている幸音が、そこにいた。
「無事に生まれましたよ、ほら、武。あなたの弟。」
そう言って幸音は、武にその子を見せる。武は、興味津々な顔で、初めての弟を眺めている。
「それで、あなた。この子の名前は?」
「実はまだ考えてなくてだな…武、何か案はないか?」
幼い武に聞いてしまうのはなんだか怖いが…まあ大丈夫だろう。
「えっと…じゃあ、きょうでてる、みかづきからなまえをとるのはどうでしょう?」
ふむ…三日月か。今日出ているのは実は二十七日月なのだが…
「そうだな、そうしよう。この子の名前は、夜野三月だ。」
今語られたのは、第一部の32年も前の話である。そしてこれから語られるのは、二十年前の、神影のことである。
第零話 終