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「これはこれはこれは、初めまして社長! 映像で見たときも思いましたが、ほんとーーーに可愛らしい方ですね!」
「……ありがとうございます」
昼過ぎのシフトの時間に入り、店長が出勤してきたので、麗は頭を下げた。
パートの石田さんからここの店長はものすごく上におべっかを使う人だと聞いていなければ危なかった。
ニコニコともみ手で腰を低くしてこちらを見てくるおじさんに麗はすっかりひいてしまっていることを何とか隠した。
「これほどまでに可愛らしい方だから須藤百貨店の御曹司もメロメロになったわけですな」
「えっと……」
どう返事したらいいかわからず、口ごもる。
あれから明彦と麗の間には明確な距離が生まれていた。
会話、という点では明彦は変わっていない。
口うるさく麗の世話を焼き、誉め、可愛がる。
でも、絶対、麗に触れないのだ。
「店長! おべっかもその辺にしときー、麗ちゃんこまってるやん、可哀想に」
客入りの悪い店のためさっきまで二人きりでいた石田さんとはもうすっかり打ち解けていた。
「いや、おべっかだなんて、本心からで……」
「はいはいはいはい」
店長に対しふーやれやれと、石田さんがため息を吐いた。
そして、ぱっと麗に向かっていた。
「そういえば、新婚さんなんやってな? 旦那様凄いイケメンやん。本社の友達から隠し撮り送られてきたわ」
「あ、ありがとうございます?」
(堂々と隠し撮り宣言されてしまった……)
「それで、子供はまだなん?」
(来た……!)
これこそがこの店舗の接客態度が悪いと言われる由縁である。
店長はへりくだりすぎ、パートたちは高齢のため、若い客が求めるデリカシーというものを理解していない。
「まだなんです」
「そーなん。はよ産んだほうがええで。育児するのにも体力いるし」
「あはは、はい」
(まずは意識改革からはじめなきゃ……)
閉店作業はおおよそ順調に進んでいた。
しかし、事件というものは必ず起きるのだ。
(何故こんな事になってしまったのだろうか)
レジを必死にさばきながら、麗は後ろにぞろぞろといる会社の偉いおじさん達に姉でもないのに指示を出していた。
今、あの客が全くいなかったころが嘘のように繁盛している。
クリスマスにチキンを売っているかのごとく忙しいのだ。
ことの発端は、勿論明彦だ。
明彦が、突然、連絡もなしに閉店作業の進行確認と接客の手伝いに来たので麗は驚いた。
曰く、普段の現場を知らなければ消費者のニーズも現場のニーズも掴めないとのことだ。
そこに、明彦の動向にビクビクする可哀想な副社長がついてきたのだ。
そのうえ、ロックンローラーの営業部長ものっかり、営業部長が更に三ハゲを連れてきて、三ハゲがローン常務に声をかけ、更に……と、繋がっていったらしい結果、今日、工場長と来客の予定のあった人以外の偉いおじさん達が急遽店に来て、接客をすることになった。
実に日本人らしい団体行動の美学である。
元々は閑散とした店だ。
しかし、従業員のほうが客より多かったのは一瞬だった。
急に、店舗に客が増えだしたのだ。
それはなぜか、麗はすぐに理由に気づいた。
明彦が店頭に立っているからだ。
明彦が動くと、店内の空気が動く。
姪っ子にこのトップスはどうですかね? と大学生っぽい女の子が明彦に話しかけ、勧められるがままそのトップスに合うズボンまで買っていく。
そして、一歩踏み出すと、お姫様ポーズをした少女に試着しているワンピースをこれかわいいでしょ? と聞かれ、明彦が笑って褒めると、高いと渋っていた若い母親が購入を決める。
もう一歩前に出ると、若い女性に生まれたばかりの甥っ子へのプレゼントにロンパースがいいと思うのですが、サイズはどうしたらいいですか? と、相談され、長く使えるからと明彦がロンパースの三倍の値段がする羽織りものを薦め、女性は即決する。
そう、明彦の周りに人集りが出来ているのだ。次から次へと明彦に接客を受けたい女性が突っ込んでいく。
問題は、偉いおじさん達だ。
麗は溜め息をつきたかった。
(このおっさんども、店舗ではほぼ無力どころか邪魔だわ)
麗は石田さんにバックヤードに呼び出され、「あいつらどうにかして」と、頼まれたくらいには役立たずなのだ。
商品の場所を聞かれて答えられないのはまだいい。たまの視察程度ではわからないだろう。
だが、お会計ができないのは痛い。
レジが使えないのは仕方がないとしても、プレゼント需要が高い我が社でラッピングができないのは致命的だ。
ただし、家庭内での地位ゆえか畳むのは皆上手いので、ただひたすらレジをしているパートのお姉さま方の横で商品を畳んでもらっている。
そして、明彦はまだ……、接客をしていた。
いや、接客というよりこれは、バイヤーが薦め、演者がわざとらしく驚き、観客が歓声を上げる、完璧に構成された古き良きテレビショッピングを見ているかのようだ。
そうして、レジを必死にさばきながら三ハゲの一人が、呟いたのだった。
男はやっぱり、髪の毛なんだね、と。
「つ、疲れた……」
麗が明彦の家でソファでぐったりしていると、明彦が机を挟んで反対の床に座った。
「お疲れ」
置いてくれたビールを一口飲む。いつもなら口元まで持ってきてくれるのに、だ。
「どうだ、店は? 上手くやっていけそうか?」
「皆いい人だよ。私にもすごく優しくしてくれる。私も久々の接客、楽しいわ。ただ、やる気はないかな。まあ、仕方ないけど」
麗は少しでもやる気を出してもらおうと接客の基本動画を見せたり、率先して挨拶運動をしているが、みんな仕方なく付き合ってくれているだけで意識を変えるには至らない。
「麗、大切なのは気づきだ。人は他人に教わったことより、自分で気づいたことの方が印象に残るし、簡単には手放せなくなる」
「つまり?」
麗は小首を傾げた。
明彦が麗と目を合わせてきた。
じっと見つめてくるその瞳に麗が写っている。
「教えるんじゃない、自分で気づいてもらえるよう、計画を立てるんだ」




