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【エブリスタ143万PV突破】政略奪結婚  作者: 有栖賀馬頭 (TL名義は朱里雀)
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一章


「明彦と麗が、結婚?」


 アメリカにいる麗音は一人、妹の麗からのメールにスマートフォンを取り落としそうになった。いつものように妹からのメールを後回しにしていたため、今確認したのだ。


 頭が良くない麗からのメールは要領が得ず、おそらく本人も現状がよくわかっていないため意味不明だ。


(どうしてこうなったの?)


 麗は麗音のために、棚橋と結婚させる予定だった。

「許さない」


 それは純粋な怒り。

 麗は麗音の物で、使用人で、奴隷なのに。よりにもよって明彦と結婚? 

「あの子が私を置いて、幸せになんてなっていいわけがないじゃない」





(うん、やっぱり夢じゃなかった)


 結婚式の翌日、麗の目覚めは早かった。

 スイートルームのベッドはふかふかで、広く、何処までも転がれそうでトランポリンのように跳び跳ねたい欲求に駆られるほどの代物だった。


 それでも、今朝ばかりは目が冴えていた。

 隣で明彦が寝ているからだ。

 いつの間にこうなったのか、明彦に腕枕をしてもらってまでいたのだ。

 麗は明彦の腕がしびれていないか心配になりつつ、ゆっくりと体を起こし、目頭を押さえながら洗面所に向かおうと体を起こそうとした。


 すると、眠そうな明彦の瞳が麗を捕らえたので、おはようと声をかけようとすると、明彦の腕が麗に伸びてきた。

 ゆっくりと麗の元へ来る腕を見ていると、腕が背中にまわった。

 そのまま、腕の中に囚われる。


(まじか、え、今から抱かれるの? え? ナウ? 待つ感じやったやん! 待って、前に無駄毛の処理したのいつだっけ? いや一応ドレス着るためにアキ兄ちゃんが用意してくれたブライダルエステで剃ったわ。よし、大丈夫! って、大丈夫じゃないやん!)

と、麗は声に出せずに混乱しているも、いつまでたっても明彦は動かない。


 何事かと、明彦の顔を覗きこむと、スー、スー、スー、規則正しい寝息が聞こえてきたのだ。


 なんだ、寝惚けただけか。

 きっとこれまで明彦のお相手になってきた数々の美女の内の一人と間違えたのだろう。 

 明彦の特別になりたいと、たくさんの女性達がチャレンジしては散っていく姿をずっと見てきた。

 その内の数名、明彦と付き合う美女もいたが、別れるのはいつだって早かった。


 いつも明彦がふられるのだ。

 姉は、よっぽどセックスが下手だったの? と、明彦の元カノになった美女たちに軽口を言っていたが、どうやら違うらしい。

 誰だったろうか、明彦は絶対に自分を特別にしてくれないから振ったのだと言ったのは。でも、そう言ったのは一人じゃなかった。

 彼に好きになってもらえるよう、釣り合うよう必死で努力したし、大切にしてくれて、お金も、時間も、快楽も全部くれたけれど、愛してくれないなら、もういらない、と。


(愛されたい、……か)

 麗にもまた、いずれ、ベッドの上で、この男の背中に手を回す日が来て、そして愛されないことに苦しむ日が来るのだろうか……。


(ないないないない、あほなこと考えたわ)


 明彦に愛されたいと願うだなんてそんな身の程知らずなことありえないと、ふふと、自嘲し、彼の寝ていても綺麗な顔を見た。

 柔らかそうな黒髪。広い肩。背中の筋肉が動いているのが服の上からでもわかる。顔も良ければ、体型にも恵まれているのか。


 昨夜、クッキリ出ていた眉間の皺はほどけ、切れ長の眼は閉じられている。

(睫毛長いなー。羨ましい。男の癖に必要ないでしょ? むしってやろうか。あ、髭生えてきてる)

 等々、酷いことを考えつつ、麗は起こさないように明彦の腕をゆっくりと外そうとした。

(重い。意識のない男の人の腕はこんなに重かったのか。初めて知った)


 何とか抜け出して、そっと布団を明彦にかけ、軽く息をついた。

 これだけで一仕事終わったような感覚である。


 そうして麗は、音をなるべく立てないように身支度をした。仕事に行くためだ。


 解りやすいようにメモをベッド脇のサイドテーブルに置いたが、何だか一夜の関係を結んだ男女がすることのように思え、落ち着かない気分になった。

 だから、明彦のおでこにキョンシーのように貼ってしまおうかという邪な考えが頭をよぎったが、残念なことにテープが手元にない。

 結局、仕方なく、サイドテーブルにメモを置いたのだった。





 

「おはようございまーす」

「おは、えっ?」

 次の朝、麗が所属する営業二課の部屋に入ると、先に席についていた男の同僚の五木が驚いた顔をしていた。

 ここでは、麗は一応社長令嬢である。


 佐橋児童衣料、通称SAHASHIは着ているだけで皆を笑顔にする服を! というコンセプトの子供服のメーカーだ。

 麗は会ったことのない亡き祖母が立ち上げ、全国のデパートに入り、出産祝いには佐橋児童衣料の服を贈れば間違いないと言われるほどに育て上げた。

 佐橋児童衣料の商品には、胸に特徴的な猫のマークがついていることが多く、日本人ならば誰もが知っているブランドの一つである。


 麗は短大を卒業した年に入社し、今も働いている。

 麗は父との関係が悪いので嫌ではあったが、短大時代にそれこそ父のせいで就活ができなくなり、姉が社員枠を確保してくれたのでありがたく就職した。つまり、思いっきりコネ入社だ。


 その上、珍しい名字のせいで、自分から社長の娘だと言わなくても、皆気づいていた。

 会社の業績を悪化させた諸悪の根源たる父との繋がりは恥だが姉との繋がりは恥ではない。むしろ誇りである。


「あれ? え、佐橋さ……須藤さん? になったんで良かったっけ? 今日お休みじゃないの?」

 昨日、結婚式だったんだよね? と言いたげな表情である。

「はい、須藤になりました。今後もよろしくお願いします。今日は、元々出勤の予定でしたから。明日からお休みいただきます。ご迷惑おかけしますがよろしくお願いします」


 話している間にも同僚は増えてきて、皆何か言いたげな顔をしているが、麗は気づかないふりをしてお茶を用意しに給湯室へ向かった。

 麗が営業二課で一番若いので、これも仕事のうちである。


 給湯室の前につくと、中には人の気配があって、事務の女性達が何やら話し込んでいる。


「ねー、昨日でしょ。麗音様の妹の結婚式」

「そうそう、麗音様の婚約者を奪ったんでしょ?」

「あの妹、大人しそうな顔してね。相手は須藤デパートの御曹司でしょ? そりゃあなりふり構わないわけよ……」 

(早速、私の噂話になってるなー。うわー、今後やりづらくなりそう)


 明彦は、正しくは須藤百貨店ではなく親会社の須藤ホールディングスの御曹司である。

 あと、麗が奪った婚約者は棚橋だ。明彦を奪った覚えはない。 


「御曹司? 羨ましっ!」

「御曹司ならなんでもいいわけ? 嫌味ハゲかもしれないじゃん」

(実物は超イケメンなのに、アキ兄ちゃん、嫌味ハゲにされてもうた……)

「嫌味ハゲでも私は金持ちだったらなんでもいーの!」

「馬鹿ねぇ。金を持っているかは大事だけど、もっと大事なのはその金を家族のために使ってくれるかよ?」

(それはほんと、そう)

 父からろくに養育費を貰えなかった麗は強く頷いた。


「そういえば、あの妹って愛人の娘らしいね。社長が事件起こしたときにワイドショーで報道されてたじゃん。だから、玉の輿だって何か裏があるんじゃないの? 御曹司のお相手なら正妻の娘の麗音様が相応しいでしょ?」

「あ! わかった!」

「なになに?」


「親が決めた婚約者同士だった御曹司が妹と浮気して、麗音様は、してもいない苛めの罪で断罪されたの! そして失意の麗音様はアメリカへ出奔。最初はあのクズ社長と妹と御曹司は喜んでいたけれど、麗音様がいなくなって会社はどんどん立ち行かなくなっていって……」


(あー、はいはい、今更帰ってこいって言っても、もう遅い! ってやつね)

 麗は一人あるあるーと頷いた。


「え、じゃあこの会社やばいじゃん」

「いや、この会社がヤバいのは元々だし。転職しなきゃ」

 一人がそうツッコむと、どっと笑った声が聞こえた。 

 そう、この会社はいよいよヤバいのだ。

 なんてったって社長が悪い意味で有名人なのだから。


 子供服の会社の社長だというのに、このご時世に家柄のいい正妻を放置して、あちこちに愛人を囲い、麗という庶子まで作り、ついには年齢が娘と近いくらいの新しい愛人とドライブ中に飲酒運転で捕まった。

 そして俺を誰だと思っている! と、警察官に詰め寄っているところをSNSに拡散された結果、マスコミに喜び勇んで報道され、若い世代の客がさっぱりいなくなった。


 だが、あいつは創業者でもあった母親、つまり麗の祖母から会社の株をたーーーくさん譲ってもらっており、大株主でもあるから、誰もクビにできない。

 そういう状況だった。


 ひとまずこの流れの中給湯室にるのは諦めて、廊下に戻ると副社長が部署の前に来ていた。


「おはようございます。副社長」

「麗君っ。ちょっとええか?」

 慌てた様子で手招きされて、廊下の端へと呼び出される。


「何で出勤してきたん? 結婚休暇制度とってたよね?」

「実は、結婚が急に決まったので引き継ぎしきれなくて、明日からお休みいただくことになっていまして」

 正直、今日は針の筵だとしても仕事をしていたかった。

 兄妹のような関係をやめるという明彦にどんな顔をすればいいのかわからないのだ。

 

「すまないね、社内でも肩身が狭いやろうに」

「大丈夫です」


 初代社長の頃から会社にいてくれている副社長は穏健派で、押しが強くはない。

 補佐として有能で部下にも好かれているが、自分から物事を動かすタイプではない。

 今も会社に残っているのは亡くなった初代社長への忠誠心に他ならない。


 今会社に残っている重役はほとんどが初代社長のシンパだ。

 だからこそ、皆、同じカリスマ性を持った姉が社長の座につくことを楽しみにしていた。

「今日は各店舗に回って新商品の売り場を作りに行くだけのつもりですので、直行直帰で帰らせていただきますね」

「なるべく早く帰るんやで」





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