4-6
麗音はベッドの上で社内にいる犬から来たメールを見ていた。
麗が社員の前で自分の出自と麗音を裏切らないと誓った話は社内中に回っているらしい。
位置づけ的には麗音は社外の人間ではあるが、別に駒は麗一人ではない。噂話の一つや二つ簡単に手に入る。
(やっぱり麗は私の物よね)
麗音は自分への愛を誓う可愛い奴隷の名前を指先で撫でた。
明彦が何を言おうが、何をしようが、麗は麗音の物だ。しっかりと調教してある。
麗音のためならば、麗は何でもする。それがあの子の生きる意味。
「麗音さん、何か楽しいことでもあったの?」
「別に、たいしたことじゃないわ」
ベッドに寝転んでいた明彦の弟、義彦に後ろから抱きしめられた。
「たいしたことじゃないなら俺にかまってよ。麗音さんに会いたいがためにアメリカまで来たんだよ」
素肌の首筋に軽く口づけを何度も落とされる。
「よく言うわ。仕事のついででしょ? 離して、私、そろそろ仕事に行くから」
義彦の腕を外し、麗音は朝支度を始めたのだった。
麗が一人、ぐるぐると今日の出来事を反芻していると、すぐに父が入院している病院についた。
「こんにちは」
今日はナースステーションに筋肉ムキムキの看護師がおり、麗を見ると心配そうな顔をした。
前回見た時より、全体的に肌が黒くなっている気がする。大会前にコンディションを整えているのかもしれない。
腕に点滴パック乗せてんのかい! という掛け声で見事な上腕二頭筋を誉めた方がいいだろうか。
「こんにちは、佐橋さんは今寝てまして……」
マッチョとは思えない優しい看護師の声に、麗は我に返った。
現実逃避するのは悪い癖だ。
「問題ないです。今日は荷物を置きにきただけですので、すぐ帰ります」
「わかりました」
病状を聞くべきところなのだろうがそんな気にもなれず、病室へ向かう。
そろりと、ドアをスライドさせ、父のいる個室に入った。
花も何もない。父には見舞い客の一人もいないのだろうか。
結局のところ誰にも必要とされていない。寂しい人。
(それは、姉さんに必要とされたがる私も一緒か)
静かな寝顔だ。
乱雑に置かれた本や衣服を片付け、簡単に掃除をする。どうやらクロスワードパズルは楽しんでいるようだ。パラパラと捲ると所々埋められている。
「百合」
母の名前に麗は顔を上げた。
寝起きでまだ覚醒しきっていない父が麗を見ていた。
母と間違えられる日が来るとは思っていなかった。母と顔は似ていない。麗は父に似たこの顔があまり好きではなかった。
「………麗か。何をしに来た」
いつものように罵られるかと思ったが、どうやらそんな気力はないらしい。
「あんたにこれを渡そうと思って」
持ってきた荷物を机の上に置くと父は訝しげな顔をした。
「何だ、この古くさいノートは?」
「お婆様の日記」
「いらん、そんなもん!」
「じゃあ、捨てれば。好きにし」
ただ、祖母はきっとこの人に読んで欲しかったからあんな場所に隠したのだと麗は思っていた。
ちゃんと仕事をしていれば見つけられたはずの場所だったから。
父に恨みはあるが、遺産で母と麗の生活を支えてくれた祖母に対しての恩返しだと思って、コピーをとって原本を持ってきたのだ。
しかし、父はノートを手に取りもせず、じっと睨んでいる。
それも父の自由だ。父が祖母に対するように、父に対して確執を抱えている麗に強制することは出来ない。
「さてと、帰るわ」
「もう帰るのか……」
父が麗の目を見た。すがるような目をしている気がする。
「何? 何か足りないものでもあるん?」
今からお使いに行くのは勘弁して欲しかった。
「いや」
「そう、じゃあね」
長々と居座って罵られたら余計疲れるので、麗は早々に病室を出た。
これで麗の役目は終わり。
後は忘れるだけだ。祖母に、ましてや父には、間違っても同情などしてはいけない。




