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【エブリスタ143万PV突破】政略奪結婚  作者: 有栖賀馬頭 (TL名義は朱里雀)
21/35

3-4

 そうして一人になった麗は、折角なので間近で見ようと、当初の目的地である大学のシンボルの時計台へ一人向かっていた。


 姉がくれた昼食代の千円を握りしめながら歩いていると、猫が三匹固まって日向ぼっこをしているのが目に入った。

 近づくと、人馴れしているのか、猫は麗を見るだけで逃げない。

 触ると流石に怒るかなと近くでしゃがみこみニヤニヤと眺める。


「にゃー」

 麗は猫語で挨拶してみた。

 しかし、何も起こらない。

 もう一回。


「にゃー」

 しかし、何も起こらない。


「麗ちゃん??」

 やに下がった顔から真顔になって声の方向を見ると、姉の友人の須藤明彦が立っていた。彼もまたこの大学の学生なのだ。たしか、経済学部だったはず。

 それにしても、女性を10人くらい引き連れている。構内であまり見かけなかった女性たちはここにいたのか。


「須藤先輩、こんにちは」

 モテる事は容易に想像できていたが、それでもクラスメイトがきゃーきゃー言っている流行りのイケメンドラマみたいな普通ならありえない状況に若干引いてしまった事がバレないよう、麗は口角を上げた。


「こんにちは。麗音と待ち合わせかな? 大丈夫? 迷ってない? 麗音のところまで連れていこうか??」

 明彦は麗の事を何歳だと思っているのだろうか。

 視線を合わせるためにちょっと屈んでくれている。

 姉の親友だけあって優しい人なのは確かであるが、完全に子供扱いされている。


 佐橋の家は高校から近く、父はほぼほぼ帰宅してこず、継母もよく家を空けているため、姉の友達グループが時々溜まり場にしていたのだ。

 それで家政婦さんが休みのある日、麗は姉に気が利くと誉められたくて、遊びに来ていた姉の客のためにお茶を用意して持っていった。


 勿論、麗は自分が姉の恥になる存在だとわかっていたので、忍者のごとく、部屋の前に置いてノックだけして去ろうとしていた。

 ところが、去り際に麗は姉に捕まり、明彦や明彦の妹を含む、姉の友達や後輩の前に連れ出された。

 そして姉が『この子は新しくできた妹の麗。可愛がってやって』と言ってくれたのだった。


 何人かは戸惑い、どよめいたが、優秀な彼等は皆、訳アリの子だと察したのだろう、追求してこなかった。

 思えば、あの日から麗も姉の横に座って彼らの遊びに参加させてもらうようになった。

 明彦とはそれからの付き合いではあったが、これまで二人で親しく話したことはなかった気がする。


「ご心配ありがとうございます。でも、姉とはもう会えました。今から帰るところです」

 明彦の後ろで麗をガン見している女性達の視線が刺さってきて痛い。

「一人で帰るの? 麗音は?」

 明彦が訝しげな顔をしていた。

(そうや! 姉さんから須藤先輩は同じサークルに入ったと聞いたことがあるわ。ってことは、この人も日時の変更を知らないのかも)


「えっと、あの、姉が漆黒の闇夜っぽいファッションの人に嫌がらせされているみたいで……。それで、楽しみにしていた会社の人のお話を聞く日の変更を内緒にしてた? 感じで、今かららしいんです!」

 あやふやな情報を基にあやふやな事を伝えたが、どうやら明彦は理解してくれたらしく、頷いた。


「あー、あの人ね。ついに、そんなくだらない事までしたんだ」

 明彦がやれやれとため息を吐いた。

「先輩は行かなくていいんですか?」

「大丈夫。俺は幽霊会員だから。それで、麗ちゃんはサークルに行った麗音に置いてけぼりにされたの?」

 まるで、姉が悪いことをしたみたいな言い方に麗はムッとした。

「私が行ってって言ったんです。姉にはあんな人に負けてほしくありません」

「そっか、いい子だね」


 明彦が笑って、麗の頭をよしよしと撫でてきた。小学生だと思われている気がする。

 完全なる子供扱いに後ろの女性達の視線も優しくなった。


「昼御飯は今からかな? 麗音と食べる予定だったんだよね?」

 明彦は麗が握りしめている千円を見ただけで、姉が昼ご飯代にくれたとわかったらしい。

(やっぱり賢い人は違うなー)

「はい、学食で昼御飯を食べてから帰ります」

「じゃあ、一緒に行こう。学食の場所はわかりにくいし、俺もまだだから」

「そんな、私のことはお気に……」

 麗は断ろうとしたが、最後まで言わせて貰えなかった。


「それでは、先輩方。俺はこの子を案内するので、これで失礼いたします」

 明彦が後ろの女性達に言うや否や、麗を連れて歩きだした。

(何や、女性達から逃げる口実にされただけか。なら、遠慮せんでええか)


「あの、姉はいつも嫌がらせをされているんですか?」

 麗は姉の現状が知りたかった。

 心配なのだ。姉のために麗に出来ることなどたかが知れているだろうが、いざとなったら偉い人の元へ直談判をしに行こうと思っていた。


「うーん、さっき麗ちゃんが言ってた人が、ちょっと嫌味言ったりはしていたけど、今回みたいなのは初めてかな」

「そうですか」

(どうやって復讐しようか。姉さんに嫌がらせするなんて絶対許さない……!)

「大丈夫だから落ち込まないで。麗音は意地になってるけど、あのサークルももう潮時だから、辞めて新しいサークルを作ろうって計画しているんだ」

「そうなんですね!」

 麗がぱっと顔を輝かせるといい子、いい子とまた頭を撫でられた。


「ところで、学食は場所によってメニューが違うんだけど、麗ちゃんは何を食べたい?」

「学食って一個じゃないんですか?」

「生徒数が多いから一ヶ所じゃ賄いきれないんだよ」

 確かに、こんなに大きいのに一つしかなかったら学食の店員はパンクしてしまうだろう。

「そうなんですね。でも、何でも美味しく食べれるので、場所を教えてくださったらそれで大丈夫です」

「わかった、じゃあ一番近いところに行こうか」


 一人で食べれるもん。

と、言外に告げたことは明彦もわかっているはずだが、あくまで麗と一緒にいるつもりらしかった。






 姉のように、おかしいことはおかしいと言える人間になりたいと麗は思ってはいる。


 だが、白い布の上に並べられたカトラリーを前にどこが学食やねん! と、麗はツッコム事ができなかった。

 店内が静かだからである。


「あの……ここって、学食じゃないです、よね?」

 明彦に連れられて来た元々の目的地だった時計台の中は、麗にはどう見ても学食ではなく、お高そうなレストランに見えた。

「大学構内にある食事処だから略して学食だよ」


 おかしい、その理論は絶対におかしい。

 近くのテーブルのご夫婦がシャンパンを飲んでいるのもおかしさに拍車をかけている。

 何からツッコメばいいのかわからないまま時が流れていく。


「私の目にはフレンチレストランに見えるんですけど?」


 この大学は何故、構内にレストランを作ったのだろうか。

 日本で一二を争う難関大学なのに、変な人が多いとは思っていたが、それは大学自体が変だからかもしれない。

 そして、この明彦もまた、この大学に所属しているのだからまともそうに見えて変なところがあってもおかしくはない。


「当たり。サークルのごたごたのせいで予定が潰れた代わりにはならないかもしれないけれど、せめて楽しんでもらおうと思って。一番安いコースでごめんね」

 麗は思った。


 楽しめない、と。

 ナイフとフォークの使い方に自信がなければ、使う順番にも自信がない。

 確かいつか見たテレビ番組で端の方から使っていくと言っていた気がするが、定かではない。

 それに、明彦は奢ろうとしてくれている口ぶりだが、姉の親友であっても、麗は関係ないので、甘えるわけにもいかない。

 さっき、ちらりとメニュー表を見たが、一応、姉から貰った千円とお財布の中身で食事代は支払えるが、姉にお小遣いをもらっている麗にはかなりの出費になる。


 頭の中がぐるぐるしていると、ウェイターがうやうやしく前菜を持ってきて、説明をしてくれたが麗は理解できなかった。

 取り敢えず明彦の真似をしようかと思って顔を上げると、明彦がウェイターに何やら小声で伝えていた。

 それににこやかに頷いたウェイターがお箸を二膳持ってきてくれ、カトラリーの横に並べてくれた。


「日本人ならやっぱり箸でないと」

「すみません、ありがとうございます」

 明彦はお金持ちの家の生まれだと姉から聞いたことがあるが、聞かなくてもその立ち居振舞いを見れば、麗でもわかることだ。

 だから、カトラリーに戸惑う麗のためにお箸を貰ってくれたのだ。

「いただきます」

「あ、私もいただきます」

 一枚の皿に、小さい、芸術品のような料理が美しく配置されている。


 明彦が箸をつけたので、麗も食べてみた。

「美味しい!」

 ナンチャラカンチャラのナンチャラと説明されたナンチャラは、麗がこれまでの人生で食べたことがない味がした。

 そりゃあそうだ。スーパーのお総菜にフランス料理はない。

「良かった」

 明彦が微笑んだ。


 そうだ、楽しまなければ。

 折角連れてきて貰ったのだから美味しく食べないと損だし、失礼だ。

 前菜は量が少ないので麗はパクパクパクっとすぐに食べきってしまった。


「姉さんと一緒で、須藤先輩も今日は午後の授業を入れて無いんですか?」

 フレンチは確かこの後にスープやパンにメインが来てデザートも出るはずだ。クイズ番組でこの前見た。

 しかも、一皿ずつ運ばれてくるので時間がかかってしまうと思われる。明彦はこの後に予定はないのだろうか。

 迷惑をかけていないか、麗は心配になった。


「…………大学生には、面倒な授業はサボダージュしていいっていう特権があるんだよ」

 すーっと、明彦が目を反らした。

「……………そうなんですか」

 サボりだ、サボり魔がいる。しかも、常習性がありそうだ。


「結構、皆サボってるんだよ。授業には出てないのにサークルだけ顔だしている奴とかもいるし」

 大人って汚い、と考えているのがバレたのだろう。

 明彦が赤信号皆で渡れば怖くない理論でない言い訳をしてきた。


「そういえば、新しいサークルを作るって仰ってましたけど、どんなサークルにする予定なんですか?」

 これ以上この話をするのは互いのためにはならないので、麗は話を変えた。

「今所属しているサークルと内容はほとんど一緒の予定だよ」

「内容が被っていてもいいんですか?」

 麗は一つの種目に一つの部がある高校の部活を想定していたので、首を傾げた。


「勿論。テニスサークルなんて、把握しきれないくらいあるよ」

「そうなんですね」

 大学生といえばテニスサークルでウェイウェイしているイメージがあるので、確かにこんなに大きい大学だと一つでは足りないだろう。

「それに、一風変わったサークルも沢山あるから、今更一個増えたところで問題ないよ」

「変わったサークルですか?」

 この変わっている大学にはまだ変わっている所があるのか。

 そろそろ落ち着くべきではないかと麗は思った。


「うん、大学構内にいる猫の健康管理のためのサークルとか、孔雀を育てるサークルとか、褌を普及するサークルとか、構内で自生しているキノコを食べるサークルとか」

「キノコ食べちゃうんですか?」

 猫以外全部ツッコミたかったが、麗は一番気になることから聞いてみた。

「うん、煮たり焼いたりして食べるらしいよ」

「お腹が痛くなったりは?」

「………キノコに詳しい人に鑑定してもらっているらしいし、問題があったって話も聞かないから大丈夫じゃないかな」


 明彦が自信なさげに言うので、麗はつい笑ってしまったのだった。

 

 



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