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【エブリスタ143万PV突破】政略奪結婚  作者: 有栖賀馬頭 (TL名義は朱里雀)
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2-2

「いやいやいやいや、冗談やんね? ムリムリムリムリ。え、私、愛人の娘やで! 姉さんは? だって、あいつ追い出したんやったら姉さん帰ってこれるんやろ! えっ、えっ! あ、姉さんと言い間違えた?」


 麗は無茶苦茶焦っていた。 

 無理に決まっている。リーダー経験なんて押し付けられた高校の学級委員くらいなのだ。


「あの、須藤さん。その……私も麗ちゃんには無理かと。麗ちゃんは確かに営業成績もよく、店舗での評判もわるくないですが、まだ、主任ですし……若すぎるのでは?」

 そっと手を上げた副社長に麗はうんうんと強く頷いた。


「それなら、副社長に社長になってもらったほうが……」

 専務の言葉に麗はまた強く頷いた。

「そうそうそうそう!」

「いやいやいや、私は無理。常務、どうです?」


 副社長がぎょっと目を見開き、己を落ち着かせようと震える手でお茶を湯呑を持った。

 嘘のように手が震えていて、どんどん零れていしまっているが、飲む分は残っているだろうか。


「いやいやいやいや、副社長を差し置くなんて」

 副社長と常務が全力で手を相手に向け合っている。

 彼らはあくまで補佐官として能力を発揮するタイプで野心もあまりない。

 そもそも、野心があったり、リーダーシップを取れる者は軒並み父と会社を早々に見限って転職してしまったのだ。


「現状、あくまで佐橋衣料品の株の過半数を所有しているのは佐橋前社長です。そして、麗さんを社長に据えるのが退任の交換条件でした」

 明彦の言葉に、シンと会議室が静まり返る。


「え、なんで? あいつ、姉さんのことを嫌ってたけど。私のことだって嫌ってたはず……」

 どうして嫌いな娘に会社を譲ろうとするのか理解できない。


「最後の嫌がらせ、かぁ」

 専務が肩を落とした。

「自分を追い出した会社への最後の置き土産として麗ちゃんを指名したんやろうな」

 ふーーー、と副社長がため息を付いた。


「私、どうしたら?」

 麗はすがるように明彦を見た。


「麗さん、佐橋前社長は正直、もう長くないはずですよね?」

「それは、はい。あ、でも本人には告知してなくて……」


 別に麗にとっても、継母にとっても、姉にとってもあいつが生きようが死のうがどうでもいいのだ。

 それに付随する相続は会社のこととかあるが、やつの命については心配していない。

 だから、倒れたときに本人に告知するかと聞かれ、継母は断っていた。

 暴れられたり悲観されたりしても、相手してられないからだ。


「これはオフレコでお願いしますが、今回、私が取得した株はたしかに過半数には届きません。しかし」

「しかし?」


「現在、麗音さんが私の購入分を順次、買い戻しているところです。そして、佐橋社長が亡くなった時点で株は麗さんが相続するよう佐橋前社長には確約させた遺言状もあります。佐橋前社長にはそれを須藤グループへの子会社化だと匂わせましたが……」

「それって!」


 よっしゃぁぁぁ! と重役達がにわかに拳を上げ、喜び出す。


「麗音が帰ってき次第退任していい。だから麗、サポートは俺がする。それまで社長、頑張ろうな」

 いい笑顔の明彦に、嫌、とは言えなかった。 


「では次にあなた方、役職付きの社員の給与と賞与についてですが、この難局を乗りきるまでは一律2割カットでよろしいですね?」

 明彦の言葉は確認形式だったが、返事を求めていない。

 麗の今の給与から2割も減らされたら労基署に駆け込めば勝てる額になりそうだが、元が麗より高いほかの人達はクビよりましなのだろう。


 皆、ほっとして深く息を吐いた。


「さて、今後の事業展開についてです。現在、この会社の商品は、高級ラインと廉価ラインの二本でやっておりますが、廉価ラインは撤退していただきます」


 驚きでザワッと声が上がる。

 廉価ラインの販売は父である前社長の数少ない成功だった。

 日本の自社工場で手作業で作られている高級ラインと違い、隣国の他社工場に依頼し、ブランド名にぷち、という文字が足された高級ラインの半額ほどで販売している廉価ラインは、若い世代がブランド名目当てに買っていき、父の不倫警官詰め寄りショックの後も売り上げは減ったが好調ではあった。


 何故廉価ラインを止めるのか、皆、誰か質問をしろと視線で押し付けあっている。

 そして、最終的に、全員の視線が麗に向き、押し付けられた。


「あの、須藤さん?」

「君も須藤なんですがね」

 なんと呼べばいいのかと麗は悩んだ。


(彼ピッピ? いや、夫だし。旦那様? あなた? 我が愛し背の君? そうか、ダーリンだ。ダーリン、何で廉価ラインやめるっちゃ? と、虎柄のビキニを着て聞くのね。うん、絶対違う) 


「明彦さん? 何故、廉価ラインをなくすんですか? 売上的には問題がないと思うんですが……」

 フワッとした質問になったが、フワッとしか会社の状況を知らない人間に質問を任せたのが悪いと麗は開き直る。


「廉価ラインを止めるのは、ブランドイメージを守るためです。廉価ラインの先月の不良品率がお客様からの返品及び店舗からの返品を含め3%、対して高級ラインの不良品率は0.1%以下。これだけでも廉価ラインは売る価値がないでしょう」

「かの国で作っているのですから、そんなものかと」

 専務がぼそぼそと、口を挟む。


「今、廉価ラインを買うのは、自分の子供のためか、友人や家族の子供へのお祝いで買う若い層です。その層が将来的に金銭的に余裕ができて、孫のために高級ラインを買ってくれるようにならなければこの会社に未来はありません。今の廉価ラインにそれが可能でしょうか?」

 明彦の言葉は正しい。正しいのだが……


「しかし、ぷち、いや廉価ラインを急に止めるのは……。仰ることは勿論、皆わかってはいるのですが、今、売れなければ将来もないですし……。わが社には今を乗り切れる企業体力がもう尽きかけているわけで」

 副社長が汗をハンカチで拭いている。

 しかし、ハンカチ如きでは、拭いきれないくらいの滝のような汗で、麗はリングの外から白いタオルを投げてあげたくなった。


「私はイケメンに賛成するわ」

 ここにきて、今までずっと静かに成り行きを見守っていた大御所、工場長が口を開いた。

 彼女は初代社長の時代に工場のパートとして入社し、契約社員、社員、そして工場長まで登り詰めた正に工場の主だ。


「そもそも、私はぷちが気に入らへんねん。こっちがどんなにいい商品を作ったって勝手にブランドの評判を下げるんやから。大体、私達がどれほど丁寧な仕事してるか店舗の人間はホンマに理解してるんかっちゅーねん。POPやちっちゃいタグつけたところで何人がわざわざ見てくれるん。お客様の目ぇ見て口で伝えな意味ないわ。このイケメンみたいに全員分の手土産持って学ぶ姿勢で工場見学に来いって、いっつも思っとんねん」

 明彦が工場を視察していただなんて、麗は知らなかった。

 誘ってくれたらよかったのに、と一瞬考えたが、お遊びじゃないんだからと反省する。


「工場長」

「正枝って呼んで」

 明彦に対して工場長は語尾にハートが着きそうなくらい高い声を出した。

「正枝さん、お願いしていた件はいかがでしょうか」

 明彦は表情を崩すことなく正枝と呼ぶので、麗は尊敬した。


「皆、恥ずかしいけどイケメンのお願いだから仕方ないってOKしてくれたわ」

(恥ずかしいって何をお願いしたんやろう? チャリティーで募金を募る海外の消防士のように工場のおばちゃんカレンダーでも発売する気かな)

「ありがとうございます。では、一般向けと従業員向けのの工場の見学会の手配をさせていただきます。また、作業の様子の動画も撮らせていただいて、ホームページや将来的にはCMなどに掲載させていただきます」

「りょーかい。また来てくれるのを皆待ってるわ」

 うふと、笑う工場長に明彦は頷いた。


「近いうちにまたおうかがいします。さて、話にも出ましたが、次は店舗で接客をしている従業員についてです。今一度接客技能と商品知識の再教育を全店舗で行います」

 廉価ラインの撤退を反対する話を明彦は流し、次の話題へ移った。


「全店舗は要らないのでは? 半年に一回、覆面調査員を各店舗に派遣していますがほとんどの店舗が問題なく合格しています」

 人事部長がお金も掛かりますしと、明彦の提案をそっと拒否する。

 客のふりをして店舗にくるおじさんなら麗が店舗研修を受けていた時にも来た。

 懐かしい。

 パートのお姉さまにあの人の接客は丁寧にやりなさいと教えていただいた覚えがある。


「こないだ店に覆面調査員来たんだけど、バレバレでマジうける。スーツ着たおっさんが昼間っから店に来て、面倒臭いこといちいち聞いて買わずに出てって、外でてすぐメモしてるから正体丸わかりだっての。上層部バカじゃね? 以上、これは接客担当の従業員のSNSのプライベートアカウントから抜粋したものです」

 明彦が、ギャル口調の文章を平坦に読み上げたので、麗は逆に笑いそうになった。


「事前連絡もせず勝手ではありますが、こちらで覆面調査員を雇いました。その結果も合わせてご覧ください」

 明彦が配ってきた資料は、従業員の接客が悪いと示していることは、数字が苦手な麗でもなんとなくわかった。

「それでは、後で各自に個別でお話しすることはありますが、現在早急に取り組む課題は基本を忠実に、以上です」

「えっ?」

 麗は思わず声をあげてしまった。


「いかがしましたか? 社長」

 明彦の瞳が麗を捕らえるが、麗はこんなことを言ったら駄目かなと口ごもる。

「いや、あの、何て言うか、その……。結構、普通の当たり前のことばっかりだなって思っちゃって。明彦さんの事だからなんかこう、ドーンとおっきいアイデアがあるんかなとかちょっと考えてたりしてたから。ほら、明彦さん大学生のときになんか色々やって儲けてたし……」

 失礼なことを口に出すなと副社長が目を見開いて麗を見ている。


「短期的にブームを作ることは簡単ですが、その代わりすぐに終わる。長期的に会社を存続させるには、当たり前のことを当たり前にすることが最も重要です。大切なことは従業員一人一人の気づき。会社への帰属意識を持って働いてもらうことです」

 一呼吸置き、明彦は麗を見つめた。

「そのために、重要なのは徹底的な無駄の排除。縦方向だけでなく、商品知識やお客様の声などを共有し、横の繋がりを増やすこと。そして、企業理念に沿った行動をすること。勿論、広告代理店を雇い、イメージの回復は図るだけでなく、デザイナーも新たに雇います。ですが、イメージが回復してお客様が来たところで、商品や接客が悪ければ、またお客様は離れていく。まずは手近なところから着実にやっていくことが重要です」


「……余計なことを言ってごめんなさい」

「謝らなくていい。わからないことがあれば必ず聞いてください。あなたは社長なんですから」

「……はい」

 麗は一生使うことがないだろうと考えていた言葉、善きに計らえ、を使いたくなった。




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