量子力学より愛をこめて
「兵器転用が容易なレベルまで汎用化した量子コンピューター。所在すら開発主任である貴様しか知らないそうだな」
わたしは革手袋をはめながら言った。
「そろそろ情報を提供する気になったか?」
視線を向けた先には椅子に拘束されてうなだれる精悍な青年がいる。くたびれた白いシャツには血が飛んでいた。
「新手の尋問官か。少しは休ませてほしいものだ」
「こちらは急いでいる。テロリストなどに渡る前に国家で適正に管理する必要があるからな」
「管理?」
開発者の青年は笑って血を床に吐いた。
「こんな粗暴な振る舞いをする連中にできるとは思えないがね」
わたしは黙って青年の顔面を殴りつけ、髪を掴んで顔をこちらに向けた。
「かなり穏当な尋問をしている方だ。かかっているのは世界の存亡だからな。部下達も多少熱が入る点は理解して欲しい」
青年は惚けたようにわたしの顔を見つめ、口を開いた。
「……喋ろう。ただし条件がある」
「ほう、随分と急な心変わりだな。聞こうか」
「僕と結婚して欲しい」
「……ん?」
「まさかこの地獄でこのような女神に巡り会えるとは。美しい、まるで僕の理想そのものの女性だ」
殴られすぎて脳がバグったのかな?
わたしはもう一度青年を殴った。
「……ぐふっ、もはやこの痛みすら愛おしい」
「正気か。この状況のどこに恋愛感情が生まれる余地がある?」
急に開発者が不気味な存在に見えてきた。
「余地? シュレーディンガーの猫を知らないのか。事象は観測されない限り確率で重ね合わせだ。言わば恋心がある状態のないと状態の重なり合い。僕は今、自分の恋心を観測した。ゆえに君が好き」
「……」
「それは君も同じだ。何なのこの気持ち……もしかして、恋? トゥンク……というヤツだよ」
わたしは踏み込んで青年を殴り飛ばした。相手が椅子ごと吹っ飛ぶ。
「……ここまで痛めつけている相手にそのような心の変化が起こる可能性があるとでも?」
顔にかかる長い黒髪を後ろにかきやって言う。
「変化ではなく、重なり合いの確率だ。ひとたび恋心が観測されればすべての可能性はそこへ収束する。苛烈な振る舞いも恋心がそうさせるもの、嫌よ嫌よも好きのうちということだな。コペンハーゲン解釈だよ、君」
床に転がったまま不敵に笑う男。
何だこの男は。
量子力学者とは全員こうなのか(注:個人の感想です)。
かりそめにでも条件をのめば情報は手に入る。
だがそれだけでは済まなそうなこの得体の知れなさは一体何なのだろう。
なろうラジオ大賞4 応募作品です。
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・テーマ:量子力学
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