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第3話 共謀者

「いやぁ、楽しかったね」

比良川は僕の家に着くなり、ニヤニヤと笑い出したので、僕はぶっきらぼうに返した。

「楽しくはなかったけど」


「それはそうと、電話だ、電話」

「分かってるよ」

気が進まない。そもそも女の子と話をするのは苦手なんだ。


「なぁ、比良川」

「なんだ」

「代わりに電話してくれないか?」

「いや、おかしいだろ」

僕もそう思う。でも気を張りすぎて疲れたからか、別にそういうこともあってはいいのではないかと思い始めた。


「比良川、僕は決して電話をかけたくないわけじゃ無いんだ。もう誤解はしていないようだったし、悪い人でもなかったし」

「なら早くかけろ」

「違う違う、よく考えたら何を話せばいいのかよく分からなくなったんだ」

「ビルの上にいたやつを見なかったか、だろ。さっさとしろ」

「そうだそうだ、それが1つ目だな。よしメモをしておこう」

「面倒だなぁ、このモードか...」

比良川がよく分からないことを言ってくるが無視をする。


「で、後はなんだっけ?」

「他の怪しいやつを見なかったか」

「よし、2つ目。他の怪しいやつ。確かこの二つだったよね」


「後は流れだ、流れ。話には流れってものがあるんだ」

「うるさい、流れがわからないからこうやって書いておくんだ」

「あー後は一応、メッセージアプリのアカウントとか知りたい。Talkerとかやってるだろ」

「よし、3つめ。Talkerのアカウント...を聞くのか。嫌だなぁ」


「うっせぇな、早くしろよ!」

比良川がキレた。


仕方なく僕は宮乃さんに電話する。数コールもしないうちに彼女の声が聞こえた。

『はい、宮乃です』

「どうも、昨日出会った翠夜ですが」


比良川が呆れたような顔で僕の方を見た。

「何だよ、その挨拶は。普通すぎるだろ」

挨拶に普通も何もないだろ...。


僕は電話を続けた。

『翠夜さん、先ほどはすみませんでした』

「人間ってのはね、時々間違えるんですよ」

『はぁ...なんですかそれ』

僕の名言は胸に刺さらなかったようだ。まぁ刺さる訳がないけれど。


「いや、挨拶が普通すぎたかなと思って」

『挨拶に普通も何もないでしょ?』

やっぱり僕は間違っていなかったらしい。


『それで、何事もなく家に着きましたか?』

「はい、気にしないでください」


僕が、もっと胸に刺さる名言はないだろうかと考えていると、また比良川が僕の方を向いた。

「せっかく要点をまとめたんだから、さっさと切り出せよ、ノロマ」


うるさいなぁと思いながら、僕は本題に入った。

「それで、えっと、実はお聞きしたいことがありまして」

「謝礼の話ですか?」


僕は要点を書いた紙を見ながら話を続けた。

「いえ...昨日の、あの時のことです」

「...はい」


比良川がうんうんと頷いているのが目に映るので、僕は目を閉じた。

「あの時、あのビルの屋上に、人影が見えたんです」

「屋上、ですか」

「えぇ。ただぼんやりとしか覚えていなくて。もしかしたら宮乃さんも見ていないかなと思いまして」

「あの時...そうですか。私は多分、見ていませんね。というよりあまり、あの瞬間のことを覚えていなくて。いえ、はっきり覚えてはいるんですけど、あの時の自分の様子を覚えていないというか。すみません、何言っているのか分かりづらいですよね」


比良川が僕にだけ聞こえるように耳元で、「さっさと要点だけ話せって言えよ」と囁くが、僕は当然無視をする。


「いえ、僕も同じような状態なので。突然のことに頭の中がパニックになっていた。けれど目から入ってきた情報は鮮明だった。だから確かにあの瞬間をはっきりと目にしたけれど、ぼやけてはっきり覚えていない。こんな感じじゃ無いですか?」

「そうです、そうです」


比良川は僕が相手にしないと分かるや、何やらパソコンで作業を始めたようだ。そう、それでいいんだ。こっちはこっちのペースでやるんだよ。


「分かりました、もし思い出したら連絡いただきたいのですが、電話だと出られない時があるので。メッセージアプリとかって何かやってません?」

「やってますよ、Talkerとか」

「じゃ、僕のID教えるんで試しに何かメッセージ送ってもらえますか?」

「いいですよー」


結構簡単に教えてくれた、まぁ簡単にブロックできるわけだし、人間関係の広い人ならそんなもんなのかもしれない。

「届きました。Kei_xv750sで合ってますよね」

「そうそう。XV750スペシャルがね、良いんですよ。あのフォルム」

よく分からないけれど、バイクの話らしい。


「もう本当、たまんないですよね。まぁ私のバイクは原付ですけど。ハァ乗りたいなぁ。バイク。夕焼けの海岸沿い走ってる時が最高なんです。実は最近あんまり乗れてないんですけど、昨日久しぶりに乗ろうとしたらエンジン掛からなくて。ハァァ修理まだかなぁ。1週間後ってもう。あ、一説によると北◯の拳のバイクのモデルになったとか、ほんとかなぁ。発売がもう数10年前なんですけど、今見てもかっこいいフォルムで、もう本当は当時生きていたかったんですけど、まだ生まれてないし。良いなぁ当時の人は。ハァァ、バイク乗りたいなぁ」

バイクの話がなかなか止まらないので、僕は黙ってうんうん頷いていた。


「いつまで話してんだ、ちょっと代われ」

比良川に電話を取られた。終わりだ、この男に人間関係が築けるはずがない。僕が終始和やかなムード作りに励んだというのに、一瞬でこの男は全てを破壊するんだ。


「電話代わりました、翠夜の友人の比良川です。昨日、あの場所の近くで怪しい人を見ませんでしたか」

「翠夜さんの、ご友人?」


「さっさと話をしてください。昨日、あの場所で、怪しい人を見ませんでしたか?」

「は?もう少し言葉に気をつかったら?」

「うるさいな。さっさと俺の質問に答えろ。昨日、あの場所で、怪しい人を見なかったか?」

「見てない」

「はい、ありがとうございます。翠夜に代わります」


比良川は本当に要点だけ話し終えると、さっさと僕に携帯を差し出した。

「ほら、後は任せた」

「僕が作った流れを...」

「気にするな」


気にするなと言われても、もう話すことは何もないのに戻される僕の気持ちを考えてほしい。

「すみません、僕の友人、いや正確には友人ではないのですけど」

いきなり意味のわからないことを言ってしまった。


「昨日のって、自殺じゃないってこと?」

「えっ?」

「なんか君らって犯人探してる、みたいな感じじゃん。怪しい人がどうこうとか言ってたし。だから私に聞いたんだよね」


比良川のせいで、ぶっちゃけてこうぜみたいな雰囲気になってしまった。いい感じの距離感を築いていたのに。いやまぁ、バイクの話から様子がおかしかった気もするけれど。

「少し気になることがあって」

「実は私も気になることがあったの。昨日の人、知り合いでも何でもないんだけど、よく同じ電車のホームにいたんだ。ひと月ぐらい前だったかなぁ。ある日、赤いブーツを履いてたんだよね」

「えっと、スーツで、ですか?」

「当たり前じゃん?普通の服にブーツ履いていても何も問題ないし。全部言わなきゃ分かんない?馬鹿ですか?っていうか私の話、最後まで聞いてもらえます?」


どうして僕がこんなに責められているのかよくわからない。

「すみません」

そしてなぜ謝ったのかもよく分からない。


「突然、赤いブーツ履いて来たから、なんか心境の変化、的なのがあったのかなとか思ってたの。で、その日の帰り、普段は絶対に会わないのに、偶然帰りも一緒になったわけ。その赤いブーツどうなってたと思う?普通の黒い革靴になってたの。やばくない?」

「...はい」

「聞いてます?私の話。ここからが重要なとこなんだからさ。分かってるのか分かってないのか、よく分かんない返事しないでくれる?」


話を最後まで聞けと言ったり、分かりやすい返事をしろと言ったり、忙しい女の子だ。こっちが素に近い宮乃さんなんだろう。男気に溢れているというか、本当はさっぱりした人のようだ。というか、泣けてきた。僕はなぜこんな話を聞かなければいけないんだろうか。


「ここからが重要なとこ、ですか」

「そう。あの人はきっと間違えて普段履いてる赤いブーツを履いて、会社に行っちゃったわけよ。で、当然恥ずかしい思いをして、それでいつもより早く会社を出たんじゃないかな」


それがどういう意味を持つんだろう、とは思ったがもしかしたら重要な話かもしれない。

「なるほど」

僕はそれなりに相槌を打つ。


「重要な話ってのはここからなの」

ついさっき、ここからが重要なとこだと言ったのに、ここからが重要なとこらしい。


「それ以来、あの人を見なくなったの。どうしてるのかなーと思ってたけど、昨日の夜、家帰って思い出したの。そう言えばって。あの人、絶対に会社辞めちゃったの。でも家に篭ってるうちに、罪悪感感じちゃって。そのまま自殺、みたいな。多分そんな感じだと思う。悲しいけどね」


あれは意図的な自殺だった。だから犯人なんかいない。これを彼女は言いたかったわけだ。

「なるほど。情報ありがとうございます。また思い出したことがあったら連絡ください」

「そうね。なんか思い出したら連絡するわ。結構話しやすいし」


話しやすいも何も、彼女が一方的に話していただけだ。ただ理不尽に罵倒された気もするし。それに彼女の話に価値があるのかどうかは正直分からない。


「まぁ、あの男は普通にその後も仕事していたけどね」

比良川が冷たく突き放す。彼が自信たっぷりにそう言うならば、そうなのだろう。僕もそんな事だろうとは思っていた。


「どうも」と、最後に言って電話を切る。

それでも、僕の脳裏からあの死んだ男の顔が離れないから。あの男について何か知っているのなら、少しでも話を聞かなければいけない、そう思っただけだ。


そんな風に思っている自分がよく分からない。昨日の衝撃がまだ抜けきっていないのもあるが、あの男が僕の目の前で死んだということを、ただ知らない人間が死んだという無味乾燥な言葉でまとめたくなかった。ただ悲しい、という言葉で感情をまとめたりしたくなかった。


あの男は、確かに生きていた。どんな人間だったかは知らない。それでも生身の人間だった。そして僕の目の前で死んだ。それは僕にとってどうしようもなく特別なことだ。とても重要で、絶対に一般化したくない。絶対にこの特別を、疎かに扱わない、僕は理由もわからずそんな意思を抱きはじめていた。


本当にそんな意志を抱いているのかと聞かれたら、それは分からない、と答える程度の小さな意志だった。

---

「比良川、何か分かったか?」

「あの女の名前は宮乃 けい。俺たちと同じ、20歳の大学生だ」

「それが何か?」

「いや、これは重要な情報なのさ」


重要と言われても何が重要なのか分からない。さっさと教えてほしいもんだ。

「そうか、結局有力情報はなし、と」

「それがそうでもない。とある情報筋によると、宮乃はかなり友人関係が広い」

「Talkerのフォロワーが多いって事だろ?」

Talkerの使用者にメッセージだけを使う人はほとんどいない。大抵、様々な交流を図るためにフォロワーになるのだ。つまりフォロワーが多いというのは多くの人と交流している人気者、ということになる。聞いた話、交流と言っても大抵はリアルで会うことはなくオンラインでの交流が多いらしい。


「それだけじゃない。リアルの関わりが多いみたいだ。かなり活発に交友関係を持っていた」

「持っていた?今は違うのか?」

「ここ2ヶ月ほどは、友人と遊びに行っていないようだ。それほど忙しいって訳でもなさそうなのに」

「そういえば最近バイクに乗ってないとか言っていたけど...ちなみにそれは何か問題なのか?」


2ヶ月友人と会わないなんてザラだろう。そもそも僕は友人とどこかに遊びに行ったという経験がないけれども。

「その頃に束縛の強い彼氏ができたと考えていいだろう」

なら、僕は前世から束縛の強い彼女がいるのかもしれない。


「...彼氏。そりゃ交友関係の広い人間には、彼氏もいるだろうね」

「重要なのは宮乃はそれに強いストレスを感じていて、彼氏と別れようとしたと考えられるということだ」

「まぁそういうことはあるだろうけど。でも彼女は偶然出くわしただけだろ。この事件に関係あると思えない個人情報を探っても仕方ないんじゃないか?」

「それがあるんだよ、彼氏の方がな」

自信たっぷりに比良川は言う。


「屋上にいた男とその束縛彼氏に何か、関係がある、ということか?」

「あぁ。SNSは個人情報の宝庫だからな。それぞれの情報の関係性を見ていけば多くのことが推測できる。その束縛彼氏は自殺を計画したのさ」

「別れようと言われて、ということだな?」

「そうだ」

「まぁ確かにありそうな話だけれど。そんな推測に意味があるのか?」

「ちゃんと彼氏の裏アカまで特定した。他の筋からも情報を得たから、事実さ」


怖い世界だ。1つのアカウントを知っただけで比良川は彼氏の裏アカまで特定できるらしい。

「結局、まだ自殺はしていない。ただ、これまでに一度、どうやら宮乃を巻き込んで集団自殺を計画していた」

「とんでもない話だな。好きになった相手のことくらい大切にしてやれよと、僕は思うけれど。恋愛ってのはそう単純でもないって事なのかな」

「実は、恋愛はよく分からん」

「まぁ僕も分からないけど」

僕らは同じ穴のムジナらしい。


「話を戻すぞ。宮乃は今、精神的に追い詰められている可能性が高い」

「まだ、束縛彼氏との関係を切れていないのか」

「束縛彼氏からの一方的な関係だがな。前回の集団自殺を計画していた時、彼氏はある男に出会った。今はそいつと共謀して宮乃を追い込んでいるのさ。最悪なやつだろう?」

「ひどい片思いだ」


「前回は宮乃の友人が一足先に計画に気づき、宮乃は一命をとりとめた。だがもう次は難しいだろう」

「あのさ、その情報ってどこまでが事実で、どこからが推測なの?SNSって確かに情報源として優秀だけど、こんなプライベートな情報、流石にいくらバカでも書きこまない」

僕は素朴な疑問をぶつけた。


「裏付けは全て取れている。大したことじゃない。この街の情報は全て俺のPCに集まってくるのさ。それに友達が多ければ多いほどプライベートな情報は広がってしまう」


「どうやった?」

僕は思いの外、強い口調で問い詰めた。

「知りたいか?」

しかし、相変わらず比良川はニヤニヤと笑ったままだ。


「それなりに」

「まぁ、秘密だ」

「......」

「友達のいない文之が気にすることじゃない。ハハっ」

比良川は何らかの犯罪、に近いグレーラインの行為に手を染めている可能性が高い、そう僕は思った。これほどのプライベートな情報とその事実関係を裏付けられる膨大な情報網。当然それなりの対価が必要になる。


「比良川。僕を共犯者にしようとしていないか」

いや、僕が言いたいのは共犯者ではなく、僕を何らかの犯罪の実行犯に仕立て上げようとしているのではないか。それを聞きたい訳だが、本人に直接聞くなら、これくらいでいい。


「俺は犯罪はしていない。そこだけは安心しろ」

「......」


「話を戻すぞ。俺が気になっているアカウントと、束縛彼氏の共謀者に接点があるのさ」

「そしてその気になっているアカウントというのが、この奇妙な自殺現象の中心に位置している、と」

「いや、中心ではないかもしれない。中心にたどり着くための手がかり。そんなところだ」

「まぁつまり、宮乃の彼氏から、そのアカウントの中身まで辿り着きたい。そういう訳だろ?」

「その通り。だからできるだけ宮乃と仲良くしてプライベートな情報を引き出せ」


つい先程の電話中には要点だけ聞け、さっさと話を済ませろと言っていた癖に、利用できることが分かればこれだ。比良川にとって他人など自分の目的を叶えるための駒なんだろう。


「別に仲良くするのはいいが、その、気になっているアカウントとやらは何なんだよ」

「まだ分からない。それでもこの奇妙な自殺現象にかなり深く関わっているのは確かだ」

「仕方ない。できる限りはやろう」

そしてまた、僕も同じように非情な一面を持っている人間だ。だからこそ、僕と比良川の関係は信頼で結びついた友人や仲間という関係ではない。僕らはただの共謀者だ。


「それで、僕の役目は?」

「ひとりの女の子を救い出す物語のヒーローってところだな」

「ヒーローねぇ」

「これぐらいあっけなくやってもらわないと困る。ヒーローってのは手始めに女の子の運命を変えてしまうものなのさ」

「僕と比良川なら、そのヒーローになれるって?」

「正確には俺の駒として動けば、だな」

「誰かの駒として動くヒーローねぇ」


つまり僕は、"ひとりの女の子を救い出す物語の中で、誰かの駒として動く、そんなヒーロー"らしい。確かに僕がなれるとしたら、その程度のヒーローだろうとそう思った。

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