第21話 週末。
次の日。土曜日の朝。僕は比良川を呼び出した。事件の影響か、街はいつもより静かだった。
「なぁ、比良川。君はいつから、そして、どこまで。知っていたんだ?」
「最初から、そして、彼らの知る全てを」
比良川は僕の目をまっすぐ見て、そう言った。嘘をついているようには、見えなかった。
「最初っていうのは一体?」
「初めて咲瀬と帰った放課後があっただろ。その時には既に、ラスト・クリエイターは存在していた。そしてその存在を俺は知っていたし、咲瀬がその実質的なリーダーであることを、俺は知っていた」
「どう...やって」
「その質問には答えないと言いたいところだが、今日は答えることにする」
「ワールド・アーカイブ。そういうものがこの世界には実在する」
「ワールド・アーカイブ...」
「人間を記録し、取りうる限りの情報を取得して保存する。いわば、この世界に生まれ落ちた人間を記録する組織だ。そして、俺は能力を見込まれ、高校生でその組織に入っていた」
「待てよ、さっき。さっき比良川は咲瀬がラスト・クリエイターの実質的リーダーである事を知っていたと言ったな。それはつまり知っていて咲瀬に近づいたのか」
「その通りだ。あの時、咲瀬の傘を盗んだのは、俺だ」
僕はあまりの事に、何も言えなかった。
「なら、咲瀬が死の映画を計画していることも」
「知っていた」
だから、比良川は、あのクリスマスの日、僕に謝ったのだ。「咲瀬を救えなくて、ごめん」と。その時の僕は、単に友達として言っているのだと思っていた。何もできなかった友達として、何も知らなかったただの友人として、そしてそれが取り返しのつかない結果になってしまったから、そう言っているのだと思っていた。
「止められ、なかったんだな」
「咲瀬美澄は、どうしようもなく頑固なやつだった。特に茂木真が合流してからは、その計画の練度も桁違いになっていった。それでも警察を動かせば、止められたかもしれない」
「つまり比良川は、それを、選ばなかったんだな」
「意図的に、俺は、選ばなかった。まだ組織での俺の立場は末端で、そんな事をすれば、何も変えられずに組織から排除されてしまうことは分かりきっていた。そして、一方で、俺は咲瀬美澄に期待していた」
「期待?」
「翠夜文之を、どう変えるのだろうと。一種の実験と言っても良いかもしれない」
「実に、君らしいよ」
「結果的には、良かったのか、悪かったのか。分からないけれど、それはなかなか興味深い試みだった。咲瀬美澄が死んでからの2年半ほどの翠夜文之。そしてラスト・クリエイターによって誕生日に自殺者を目前にしてから今日までの約1ヶ月。とても面白い変化を遂げた。だから俺はずっと文之の隣にいたんだ。高校生の頃から、こいつはどういう風に変化していくのだろうかと。夏休みに花火大会を開いた時は驚いた。咲瀬と関わるうちに変わっていく姿も興味深いものがあったが、いずれ咲瀬が自殺することを俺は確信していた。あの花火大会の後、俺はひとり考えていた。文之の今後を考えた場合、咲瀬と関わることをやめさせるべきか、それとも文之を放っておくか。結果的に俺は放っておくことを選んだ訳だが正解だった。確かに文之は、どうしようもなく自分の殻に閉じこもるようになったが、3年、いや正確には2年半。2年半かかって、こうして生き生きとしはじめた。とても面白かったよ」
「そう言われるのは不愉快だ。僕の人生は君を面白がらせるためのものじゃない」
「ごめん。でも、俺も普通の人間が出来る以上のサポートはしたつもりだ。それでチャラにしてくれないか?あ、もちろんワールド・アーカイブの事は他言無用で」
「本当に君は、どうしようもないやつだな」
「そうだ、宮乃とは上手くいってるのか。互いに互いを認め合うことができるってのはとても良い関係のように俺は思うのだが」
「余計なお世話だ」
僕はそっぽを向いた。比良川がどうしようもない奴で、でも心に芯を持っている人間で、そして誰よりも努力している人間であることを知っていたから、彼を責める気にはならなかった。僕が止められなかった約60人の自殺を、この男は止めてみせたのだ。それだけで十分だった。僕の人生が彼の観察対象だったとしても、僕は僕の人生を生きてきた事を、それが僕の人生だと思えた。
「君はさ、比良川。実は自殺を止めたい訳じゃなかったんだろう?」
「そうだな」
「それはきっとさ、その人が決める事だと思っているから、だよね」
「ああ。自殺を考えている人間はみんな心の病気、な訳がない。馬鹿らしい。そうやって何も考えずに決めつけていればいい。自殺が悪だって?そんな訳がない。人はさ、本当に死にたいなら死ねば良いんだ。同じようにさ、本当は生きたいなら生きれば良い。それは誰かに決めつけられる事じゃないよ。ゆっくり自分の心に正直になればいい。人を殺したいなら殺したっていいとさえ俺は思うよ。それがその人の正しさなら、ね。俺はそういう人間になら殺されたっていい。俺が悪ならば正義によって殺されても良いんだ」
「比良川の正しさは時々極端なんだよ」
「正しさとは極端なものだ。正しさを貫く事は覚悟そのものなんだから」
「正しさなんて貫かなくていいと僕は思うけれど。時々で立ち止まって考えればいい」
「つまりそれが、文之、君の正しさなんだろ?」
「そう、かもね」
「それでさ、どうして助けようと思ったの」
「生きたい奴がいるかもしれないと思ったからだ。周りに流されて、ただ状況が悪かっただけで死を選ぶのなら、そういう自殺は誰かが止めるべきなんじゃないかと、そして止めることが可能だと、そう思ったからだよ」
僕は比良川のような人間に少しだけ憧れたこともあったけれど、やはり僕が目指す人間は、ひとりで生きない人間だとそう思った。
それは、僕が、この無力に耐えることしか出来なかった苦しみと際限なく繰り返される自己否定によって、そういう風に僕の人生を対価にして導き出した、大切で、とても重い僕の心だったから。
「俺は、今日この街を出ていく。文之はもう大丈夫だと思ったからな。少し世界を見て回ろうかと思っている。文之、俺は俺の道をゆくよ。俺は、この世界に出来る事をする。まずは世界中の生身の人間を知りたいと、そう思っているんだ」
比良川は僕をこの数年間、影からずっと見ていたんだ。ストーカーみたいに。だけど多分、僕が本当にどうしようもなくなった瞬間。昨日のあの時。比良川は僕を助けてくれた。そういう奴なんだ、こいつは。
「僕はさ、君のこと、なんだかもうひとりの僕みたいに思うことがあったよ。なんでも知っていたからかな」
「ははっ。実はさ、俺も。双子の片割れみたいに、思うことがあった。時々だけど」
「この数年間、文之はどうだった?」
「死んでいたね。ずっと死んでいた。でも生きていたんだなって最近は思うようになった。どうしようもなく憂鬱で退屈だったあの時から、少しぐらいは大人になった気がする。少しこの街が、この街に生きる人たちが好きになってきた」
「そうか。俺も少しだけ、この街を離れるのは名残惜しい」
「なら、最後に、この街を見ておかないか?」
僕たちは中途半端な高さのビルの屋上から、この街を見た。僕は比良川と小さく会話を交わし、肩を叩いた。
「また、どこかで会えるよね」
「さあ、会えるかもな」
「比良川。君に言いたい事は、色々ある。言わなくちゃいけない悪口も、伝えなきゃいけない怒りや悲しみも。本当に沢山の悪口を君に言いたくて仕方がない。でも、これだけは確かだ。僕は、君に出会えて良かった。本当に良かったと、心からそう思ってる」
そりゃ良かった、と手を振って比良川は飛行場へと去っていった。もうこの街に比良川が戻る事はないだろう。
ふわりと風に乗って舞い上がってきたレジ袋が目の前に落ちた。
「この街は、ゴミが多いな」
僕はそのレジ袋を拾いあげ、そのまま太陽にそっと手を合わせた。
いつか、また。もっと大人になれたら、この場所に帰ってこよう。そう決めて、僕はそのビルを後にした。
ビルを出ると、宮乃がバイクに跨って僕を待っていた。
「新しいバイク、買ったんだ。カッコいいでしょ」
「うん」
「今度一緒に、海、見に行こうよ」
僕は再度、頷いた。
活動報告にて、ふたりのエゴイスト翠夜と比良川、そしてこの作品のテーマについて書いてみましたので、読んでいただければ幸いです。
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