第1話 止まった時間が動き出す
「君はここで何をしているの?」
何もかも失って、生きる意味を失っている時に誰かに話しかけられた。
まだ姿を見ていないのだが、その声からして同年代に思える。
「家族を奪われて……どうして俺だけ生きているのかなって、自分を責めてるよ」
「生きている意味ならあるわ。あなたが奪われた家族の分まで生きて戦うの。そして、人間の強さを分からせるのよ」
「戦って強さを? そんなことをしてどうなるのさ」
失意の底にいた俺――黒羽出雲は静かに顔を上げると、目の前にくりっとした碧眼の目を持つ見目麗しい可愛い少女が立っていた。
透き通るような白い肌が白と青を基調としている服を際立たせており、膝上まであるスカートから伸びている細く長い足がスタイルの良さを物語っている。
そして少女が持つ美しい顔と、服の上からでも分かる女性らしい体に目を奪われてしまう。
「そうよ。あなたは家族の分まで生きて戦うの。この壊れた世界で戦って戦って戦って、生き残って、あなたの強さを示しなさい」
「こんな世界でどうやって……俺は無力だったんだ……守れなかったんだぞ……」
顔を上げて周囲を見渡すと、あらゆる家屋が倒壊し、地面が抉れている。
自分の家もそうだ。何かで吹き飛ばされたように倒壊しており、わずかに残った家屋の木材の上に座って絶望をしていた。
「そうよ。生かされた意味よ。君だけが生きているということは、生きてほしいと願われたからじゃない? その思いを、意味を理解するべきよ」
「意味か……そうだよね。俺は親に生かされたんだ。だから、その分まで生きないといけないんだよね」
「うん。それでいいの。戦い続けて、この壊れた世界に意味を示しなさい」
「ありがとう……君は凄いね。俺とそう年齢が変わらなそうなのに……」
出雲の言葉を聞いた少女は途端に笑顔になった。
口調とのギャップが激しいが、笑った顔はさらに可愛いな。でもどうしてこんな場所にいるんだ? 普段は誰も来ないような辺境の村なのに。
「そういえば、どうしてこんな場所に? 特に崩壊している以外は何もないよ」
「最近また『破滅の使徒』が活発的に動いているから、遠征をしているの。困っている人や故郷を失った人がいたら保護をしているのよ」
「保護か。こんな世界なのに凄いね」
少女の口から出た『破滅の使徒』という言葉。
それは十年前に鳴り響く鐘の音と共に現れた、人間に似た姿を持つ生命体のことだ。人類はその『破滅の使徒』に襲われて、多くの生存圏を奪われている。
この村もそうだ。家族や村の人達の命を奪われ、滅ぼされた。
「こんな世界だからよ。誰かやらなきゃいけないし、私は奪われたら奪い返すの。平穏だった世界を取り戻したいのよ」
「もっと早く、二ヶ月前に来てくれていればこんなことにはなっていなかったのに」
「それは申し訳ないわ……情報に齟齬があって……ごめんなさい……」
「いや、謝ることじゃないよ。こちらこそごめん。俺も取り戻したいよ。両親は村を破壊した『破滅の使徒』に殺されてさ、妹の結奈も……」
俺は妹を守れなかった。両親も守れずにただ殺されるのを見ているしかなかった。
無力だ。俺は何のために生きていたんだ――生きていても意味がない。
「死ぬ前に父親が結奈と逃げろって言ってて、俺は手を引いて逃げた。だけど、『破滅の使徒』の攻撃で家の奥にある崖下に落ちそうになったんだ。落ちる前に手を掴めたんだけど引き上げられなくて、ごめんねって言葉と共に結奈が手を放して崖下に流れている川に落ちたんだ」
「そ、そんな……妹さんはどうなったの!?」
「分からない。もう二ヶ月も経過をしているし、生きているか死んでいるかも分からない。あの状態じゃ死んでいる方が確率が高いよ……」
俺の話を聞いた少女は目を見開いて驚いているようだ。
座って俯いていた男が、まさかこんな話しをするとは思っていなかったからだろう。ただ、驚きながらも何か考えているように見える。
その瑞々しい唇を舐めて何か言葉を発しようとしているようで、屈んで視線を合わせて来た。
「君の妹さん――結奈ちゃんは生きていると思うわ」
「どうしてそう思うんだ? 適当なことなら言うのをやめてくれ」
どうせ励まそうと思っただけだろうから、そんなことは俺には効果ないぞ。
こっちに来てと言う少女の後を歩くと、崖だった。そうだ。結奈が落下した崖だ。
「ここがどうしたんだ?」
「結奈ちゃんが落下した崖よね? 下を見てみて」
「下?」
覗くと視線の先には川があった。
少し流れが速いと思える程度で、そこまで激しさは感じられない。これがどうだと言うのだろうか? 何か結奈の生死に関係があるのだろうか?
「この川の下流は遠いけど町に繋がっているわ。そこまで激流ではないから、もしかしたら結奈ちゃんが生きている可能性はあるわ。二ヶ月も前だから既に誰かに助けられているかもしれないし、希望はあるわ! だから諦めないで!」
「どうして……俺のためにそこまで考えてくれるんだ? 見ず知らずの人間だぞ?」
「困っている人を助けたいからよ。私も『破滅の使徒』に多くを奪われたわ――だから、もう奪われたくないのよ。全てを投げ打っても、私は全てを救いたいの」
我儘だ。
とてつもない我儘だけど、こういう人が成し遂げるんだろうな。
俺はここで時間を無駄にしながら自身を責め続けていた。だけど、目の前にいる人はそうじゃなかったんだな。辛さを乗り越えて全てを救うために動いていたんだ。
「君は凄いな。俺とは違うよ」
「そんなことないわ。君もこれから結奈ちゃんを救うために動けばいいの。御両親だって二人の幸せを願っているはずよ?」
「父さんは俺と結奈を逃がすために『破滅の使徒』に立ち向かったんだ。母さんは結奈を守るために体を張って助けたって聞いた。だから、次は俺が結奈を救うために動く番だな」
俺の言葉を聞いた少女は、一緒に戦いましょうと手を差し伸べてくれた。
今の話を聞いてどうしたら一緒に戦うになるか分からない。だけど、一緒にいたら結奈の情報も入るかもしれないし、戦って『破滅の使徒』に復讐を出来るかもしれない。それに俺と同じ人をもう出さないこともできる。なら、答えは一つだ。
「よろしく頼むよ。俺の名前は黒羽出雲だ」
俺は名前を伝えながら差し出された手を握った。
とても小さな柔らかい手だが、人を包み込む優しさで溢れてる気がする。
「さっきまでの死んだ目とは大違いね。そっちの顔の方が格好いいわよ?」
「からかうのはよしてくれ。一緒に行くけど、もし結奈の情報が入ったら優先させてもらうよ」
「ふふっ、ごめんなさい。それでいいわよ。結奈ちゃんの情報は逐一報告するように伝えるわ。あ、まだ言ってなかったわね。私の名前は夕凪美桜よ。これからよろしくね」
美桜は髪を払い、微笑していた。その顔を見た俺は心臓が高鳴ったのを感じる。
雲が晴れた空から一筋の光が美桜を照らし、その空色の髪も相まって女神のようだと錯覚させてくる。とても絵になる美少女が笑顔を向けていた。
「可愛いのに強いね。俺ももっと強くなるよ」
「可愛い!? そんなこと言われたことないわ!」
「そう? 俺と同い年にしては大人びていて、でも可愛さが出てて良いと思うよ」
「わ、私は十六歳だけど……あ、ありがとうね!」
やっぱり俺と同い年だったか。ていうかそっぽを向かれて感謝された。
結奈意外とは女の子と接したことがないから対応が分からないが、どういう感情なんだろうか? 頬が赤いから照れているのかな?
「俺も十六歳だから同じだね。同年代の人とは初めて会うよ」
「そうなの? 騎士をやっていたなら沢山いたんじゃない?」
「俺のいた、小さな町じゃいなかったな。似たような年齢の人達はこんな辺境の地から出て行っちゃうからね」
「そういうものなのね。でも私と会えたことは幸運よ! 似た年齢の人が多いし、この壊された世界で結奈ちゃんを探すのなら私のとこ以外はないわ!」
胸を張って誇っている美桜。
強調された胸元に自然と視線が誘導されてしまうが、バレたら怒られるかもしれないので気持ちを抑えて視線を外した。
「さて、移動をしましょうか。私と一緒に来た二人が村のどこかにいるから紹介をするわ」
「他にも人いるんだね」
「うん。この村に遠征に来たら、一人じゃ『破滅の使徒』と遭遇したら対処しきれないからね」
先を歩く美桜と話しなが村を進む。
二ヶ月ぶりに家から離れたので他がどうなっているのか分からないが、夕凪美桜と出会って失意の底にいた自身に光が差した。
結奈が生きている可能性があること。戦って生き続けること。多くのことをこれからやりながら生きねばらない。二ヶ月の遅れを取り戻すため、全てを取り戻すために黒羽出雲は前を向いて歩くことに決めたのだ。