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東方永夜消~浄罪の雫~  作者: バナナ焼き
3/5

三話

数えきれないほど繰り返した殺し合い。


慧音が死んでからは千年以上もの間、一日も欠かさずに殺し合っていた。だが、ここ一週間はお互いに休戦状態だ。


一週間前に輝夜の奴から手紙が届いた。


【単刀直入に書き記す。永琳が蓬莱人を殺す方法を確立した。次の新月の夜に最後の決戦を行う。今の内に身辺整理を済ませておくといい】


概ねこのような内容の手紙だった。

どこまで本気なのかは判断しかねるが、永琳なら本当に蓬莱人を殺す方法を見つけかねないので、手紙に書かれた通り、住み慣れた幻想郷の知人達ひとりひとりに挨拶して回った。外の世界から流れ着いた兵器のせいで見知った顔は随分と減ってしまった。一週間もあれば充分な余裕を持って挨拶を終えることができた。


そして今、私は最後の決戦とやらを迎えようとしている。

新月の夜。あの時と同じように、怨敵である輝夜と睨み合っている。


「逃げずに来たようね妹紅。身辺整理は済ませたの?」

「ああ、今からお前を痛めつけて蓬莱人を殺す方法とやらを吐かせてトドメを刺してやる。今夜はマジで殺してやるよ。輝夜ぁ」

「吠えるわね妹紅。貴方にそれができるかしら」


剥き出しの殺意が輝夜の心を抉る。

冷たい炎を湛える憎悪の瞳。慧音を殺して以来、千年以上も向けられ続けた蔑む視線には諦めにも似た慣れを感じていた。


しかし、千年ぶりに再開した永琳が、改めて温もりを思い出させてくれた為に、妹紅から向けられる視線の恐ろしさは殊更際立っていた。

咄嗟に視線を逸らしたくなるが、グッとその衝動を堪える。どんなに恐ろしくとも受け止めなければならない。彼女の気持ちに、彼女達の覚悟に本気で応えるためだ。自分だけ都合良く逃げてしまっては、妹紅や慧音と並び立つ事はできず、永琳に合わせる顔がなくなってしまう。ここで視線を逸らし、自らの矜持を壊すような愚行を犯す訳にはいかないのだ。


「始めましょう妹紅。永きに渡る因縁に決着をつけるのよ」

「望むところだ!火の鳥・鳳翼天翔!」


巨大な鳥の姿を象った炎が輝夜の全身を焼き尽くすが、火の鳥が霧散した直後に、宙空に光が収束して、高速で輝夜の人体が構築されていく。


「悠長に回復できると思うなよ!フジヤマヴォルケイノ!」


天まで登る業火が再び輝夜を消し飛ばす。


怒涛の猛襲によって幾度となく輝夜の体が破壊されるが、攻撃を繰り返す内に、妹紅が輝夜の異変を感じ取った。


「なんのつもりだ。輝夜」


攻撃の手を止めた妹紅が、再生の完了した輝夜に質問を投げ掛ける。

「なんのつもり、とは?」

「とぼけんじゃねぇ!なんでさっきから攻めて来ない!やる気あんのかてめぇ!」

「心配しなくともやる気なら腐るほど有るわよ。言ったでしょう。最後の決着を付けに来たって」

「ッ!人を馬鹿にするのも大概にしろよ!」


苛立ち、歯軋りをさせながら妹紅が叫ぶ。


「死ね!輝夜!パゼストバイフェニックス!」


赤黒い光体の鳥が輝夜の体を包み込み、魔法陣の浮かび上がる両翼から超密度の弾幕を放つ。鳥の内側からは夥しい鮮血が吹き出し、肉と骨が爆ぜて周囲を飛び交う。


どれほどの時間が経過しただろうか。

漸く妹紅が攻撃の手を止めると、姿を消した鳥の中から、地面に両膝を突いて激しく息を切らす輝夜の姿が見えた。

不老不死の蓬莱人と言えど、精神力まで無尽蔵ではないのだ。何度も全身を破壊される激痛を受けた輝夜は憔悴しきっていた。


「はぁ………はぁ……ゲホッ………どうしたの妹紅……も……もうお終いかしら……」


数多の権力者を手玉に取った美貌を微かに歪め、輝夜がわざとらしく底意地の悪い笑みを浮かべる。


「教えてもらおうか。どうすれば蓬莱人を殺すことができる?」


輝夜の様子から徒ならぬ事情を感じ取った妹紅が、諭すような口調で語り掛ける。


「言われなくとも教えてあげるわよ。散々殺られたんだし、今度は私の番。永遠亭に案内させてもらうわ。付いてきて」


怨敵との決戦を途中で切り上げる訳にはいかない。輝夜の案内に敢えて従い、妹紅は大人しく後に付いていく。


道中での会話は皆無だった。

凍てつく季節の夜空の下では虫の気配すら感じられない。

竹林の中を歩く際にササを踏みならす小気味良い音と、吹き抜ける冷たい風だけが、ただ時折耳を打つ。


慧音が死んで以来、顔を合わせている間の二人はずっと殺し合っていた。

輝夜と妹紅の間に、久しく訪れていなかった静かな時間が流れる。



しばらく歩いて永遠亭に辿り着くと、玄関口の前に立っていた永琳が二人を出迎えた。


「お帰りなさい輝夜。それと……しばらくぶりね、妹紅」


話し掛けた永琳を妹紅が無言で睨み付ける。今と昔では状況が違う。愛想を振りまく必要は無いし、そんな気分にもならなかった。


「まぁ上がりなさい。客室に案内するわ」


永琳に連れられて、輝夜と妹紅は客室へと上がり込んだ。


畳みが敷き詰められた客室の中央には、上質な木を使用した机が配置されており、机の上には透明な液体が入った湯呑みがひとつ、湯気の立ち昇る薄緑のお茶がふたつと、申し訳程度な量のお茶菓子が広げられていた。


輝夜が机の前に敷いていた座布団に座り込み、対面に座るように促された妹紅は、慣れない道具に座り心地の悪さを覚えたため、座布団を手の甲で、地面を滑らせるように払いのけてから腰を据えた。


「私は退室させてもらうわよ。なにかあれば呼んでちょうだい」


二人が座り込んだところで、永琳が踵を返し、障子に手を掛ける。


「それじゃあ輝夜、また後でね」

「えぇ。また後でね、永琳」


カタカタと小さな音を立てながら永琳が障子を閉じる。


「八雲藍に頼み込んで特別に最高級の玉露を譲って貰ったのよ。庶民には縁の無い味だから、今のうちに味わっておくと良いわ」


怪訝な表情のまま、妹紅は無言で湯呑みを手に取り、暑い液体を少しだけ喉に流し込む。


「気取った味だ。普段飲んでいるお茶の方が遥かにうまい」


「でしょうね。私も同意見よ。水清ければ魚棲まず。時には雑味も必要。大切なのはバランスよ」


輝夜が口元を袖で隠しながら、くすくすと上品に笑う。


「バランスという意味では、生と死の境界を失った私達は最悪の存在。不死とは絶望への一方通行に他ならない。この身に内包した罪により、裁きの炎で絶え間なく身を焦がされ続ける。されど、炎はあくまで身を焦がすだけであり、完全に焼き尽くしてはくれない。私はもう、これ以上の責め苦は勘弁願いたいの。だから永琳にお願いして、裁きの炎を鎮火する方法を発見してもらった」


「それが……この液体だというのか…?」


妹紅の視線が、机の中央に置かれている湯呑みへと移動する。


「察しが良いわね。これこそが不老不死を殺す唯一の液体。浄罪の雫よ」


「浄罪の…雫」


噛み締めるように、妹紅が輝夜の言葉を反芻する。


「喜びなさい妹紅。貴方の分もちゃんと用意してあるわよ」


「ッ!何の為にだ?」



質問する妹紅の様子は驚きを隠し切れていなかった。


「決まっているでしょう。貴方を殺す為よ」


輝夜の返答に妹紅は顔を真っ青にさせた。信じられない推測が頭の中で産声を上げ、その声は段々と大きくなり続けている。


「まて…輝夜……まさか……お前が慧音を殺したのは……」

『恐ろしい。恐ろしい恐ろしい。嘘だ。これは何かの間違いだ。悪い夢だ。自分はいま悪夢を見ているんだ。覚めろ。早く覚めてくれ。頼む輝夜。違うと言ってくれ』


「貴方の考えている通りよ妹紅。浄罪の雫を作る為には、上白沢慧音の心臓が必要だった」


輝夜の言葉を聞いた瞬間、妹紅の混乱は収まった。混乱と入れ替わって姿を現した激情は、慟哭となって両目と喉の奥から溢れ出ていた。



「………………………………………………何故だ」


長い沈黙を破り、机に顔を埋めたまま、妹紅が言葉を漏らした。


「…………どこから話したものかしらね…」


バツが悪そうに輝夜は口を開いた。


「千五百年ぐらい前だったかしら…外の世界から流れ着いた兵器によって、幻想郷が壊滅的な被害を受けたのは貴方も覚えているわよね」


「……………あぁ」


「身知った顔や、住み慣れた土地が破壊されたあの瞬間、不老不死の恐ろしさを改めて思い知らされたのは貴方も同じでしょう?」


「……あぁ」


「私は、そして永琳は、不老不死のこの身でも死ねる方法を模索した。困難を極めた捜査も、四百年間近くたったところでようやく解決の糸口が見えた。解決に導く存在が慧音だった。半人半妖である慧音は、人間の時は歴史を隠す能力を保有し、妖怪の時は歴史を創る能力を保有する。ここまでは良いわね?」


「話を続けてくれ」


「慧音の妖怪としての力が満月の夜に最も高くなる。それと同様、半人半妖の慧音が最も純粋な人間に近づく周期が存在する。満月とは真逆の性質を持つ新月の夜に、慧音の歴史を隠す能力は最も強くなる事実に永琳が気づいた。慧音の能力は新月の夜にだけ、認識を誤魔化すような幻術の類から、過去の改変という事象を操る性質へ変化する」


「待て、私はそんな話し初耳だぞ」


「当然よ。貴方どころか慧音本人ですら気が付いていなかった。永琳だけがその事実を突き詰めた。しかし、事象干渉の能力は完璧では無かった。人間の身では限界があるために、慧音自身のそれ以上の能力の底上げは叶わなかった。慧音の協力を得て永琳はあらゆる研究を尽くしたけど、最善と言える結果は得られなかった。妥協策を見つけるのがやっとだったわ。それが、慧音の能力の源、慧音の命そのものである心臓を材料とした薬の作成」


いつのまにか机に伏せっぱなしだった顔を上げていた妹紅が、ゴクリと固唾を飲む。


「当然だけど、私達が行動を開始したのは慧音本人の承諾を得てからだったわ。知っての通り、あの夜、私はこの手で慧音を殺した。歴史を隠す能力が最も強まる新月の夜に抜き取った慧音の心臓には永遠を操る私の能力で半永久的な保存を施し、永琳が薬の作成を開始した。永琳の知識と技術を持ってしても蓬莱の呪いを打ち消す薬の作成には膨大な時間が掛かった。ようやく完成した薬も完璧な出来とは言えず、新月の夜にしか効果を発揮しない。しかし、条件さえ整えば確実に蓬莱人を殺しうる事実は永琳のお墨付き。この薬を飲めば、私達の因縁に終止符が打たれ、安らかな眠りが訪れる」



「私達の罪を払う為、慧音は犠牲になったと………?」


「尊い犠牲だったわ。本当に…感謝してもしきれない」


「慧音は何故、私に相談してくれなかったんだ」


「彼女からそんな話しを聞けば、貴方は間違いなく断っていたでしょう」


「それは…………」


「貴方に黙っていたのは謝るわ。許してくれとも言わない。けど敢えて聞くわよ妹紅。貴方は、私を殺してくれるかしら?」


「どっちの意味でだ」


伏せ気味になっていた二人の視線が交差する。まるで磁石が吸い付くかのように。運命の糸が絡み合うかのように。


「こんな私に救われる資格があるのかと問うている」


「…………悪いが…全てを納得した訳じゃない。私は………快くお前を許してやる事ができない」


「痛いほど分かるわ妹紅。私が貴方の立場でも同じ気持ちだったでしょう。けれど、それでは答えになっていないわ。結局のところ、貴方は私をどうしたい?」

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