一話
死を恐れる余り大罪を犯し、人の身でありながら神以上の化け物に成り下がった私は世界に見放された。
時の流れに合わせて私を取り巻く環境は変化していく。数え切れないほどの出会いと別れを繰り返し、そして皆、最終的には土に還っていく。私だけを残して。
あの瞬間に戻れたらとなんど思ったことか。
年をとらないのがどれほど空しいことか。
終わりを迎えられないのがどれほど恐ろしいことか。
それでも私は孤独じゃなかった。
永く昏い永夜の中でも、アイツだけはイヤに眩しく輝いていた。闇の中でも変わらず光り続けていた。
時に美しく
時に禍々しく
善し悪しに関わらず、アイツは常に私の中心にいた。
私と同じく、殺しても死なない不死の存在。
正と死の境界を無くし、不安に押しつぶされかねないこんな私を生きていると再認識させてくれる存在。私の全力を受け止めてくれる存在。初めは敵同士だったのに、いつしか掛けがえのない存在になっていた。
けど
全て勘違いだった。
今はただ、コイツを殺したい。殺しても殺しても殺したりないぐらいにコイツが憎い。
だから
「今日も殺してやるよ!輝夜ァ!!!」
「ふふふ………こちらのセリフよ、妹紅」
千年以上前の出来事だった。
不老不死の肉体を持つ藤原妹紅は、同じく不老不死である蓬莱山輝夜とのジャレ合い、もとい殺し合いの為に、夜の竹林へと出向いていた。
『新月の夜に殺し合うのも悪くない趣向だな。光源の乏しさが緊張感を駆り立ててマンネリ化の解消に一役買ってくれるだろう』
むず痒いような楽しい気分が、彼女の歩行速度を普段以上に速める。
永遠の命を持つが故に永遠の暇を持て余す二人にとって、日々の殺し合いは互いに全力を尽くしあえるゲームなのだ。
自分達のやり取りが常人の尺度から逸脱している事は百も承知だが、そんなことは些細な問題だ。
例えば、美味い料理を食して舌鼓を打つかのように、今宵も程よい刺激と適当な達成感を求めて、妹紅は軽い足取りでいつもの日常を過ごそうとしていた。
しかし、いざ待ち合わせの現場に着いた時に胸に湧き上がった刺激と、己の行動の結果として得た答えは、いつも通りである筈の日常とは全く掛け離れたものだった。
人里離れた竹林の中、月の無い夜を照らすあまりにも頼りない星々の光が僅かに浮き上がらせた二つの人影が妹紅の視界に映り込む。
普段から付き合いが深い為に理屈で理解した部分もあるが、己の全身を駆けずり回る悪寒の嵐が、蓬莱山輝夜であろう人影に胸を貫かれている人物の正体を知らせていた。
次の瞬間、妹紅は無意識のうちに無二の友の名を繰り返し叫んでいた。
「慧音……慧音ッ!!!慧音!!!」
駆け出した妹紅が輝夜を突き飛ばし、力無く崩れ落ちようとする慧音の体を両腕で抱き止めてしゃがみ込む。
「慧音!?慧音!!嘘………なんっ…だよ…なにが………慧音、おい!!嘘だろ!!なんだよこれ!!冗談だろ!?慧音!!返事をしろ慧音!!慧音!!」
両手でガクガクと体を揺さぶるが、左胸と口から夥しい血を垂れ流した慧音は、静かに両目を閉じたままピクリとも反応しない。
「残念だったわね妹紅。慧音はもう死んでるわ」
背後から聞こえる輝夜に思わず慧音から手を離し、反射的に立ち上がって顔を殴りつける。
「なんのつもりだてめぇ!悪趣味が過ぎるぞ!!悪ふざけも大概にしろ!!」
妹紅の怒声とは対照的に、輝夜は優雅さすら感じさせる落ち着いた動きで殴られた頬を小さくさすりながら、信じ難い暴言を吐いた。
「悪ふざけ?私がいつ、これをドッキリだと宣言したの?」
輝夜の言葉に、全身の血の気が一気に引いていく。混乱を極めた脳は言葉すら忘却の彼方へ追いやり、現実逃避の余り死へと向かう思考を引き留めるかのように、既のところで働いた生存本能が辛うじて浅い呼吸を継続させる。
「ねぇ妹紅。なにか勘違いしているみたいだけど、いつから私と貴方は友達になんかなっていたのかしら?」
そこから先は記憶が曖昧だ。
輝夜を焼き払った後、寺子屋の跡地に慧音を埋葬した事以外はほとんど覚えていない。